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数日後、エドワード王太子はヘンリー国王からの呼び出しを受け、王宮の一室を訪れた。
扉を開けて入った途端、窓際に立つアーサーが見えた。思わず足を止めると、彼は笑顔で一礼した。
「お待ちしておりました、殿下」
アーサーとヘンリー国王だけではない。アリスの父である宰相のリチャード・ヨーク、アーサーの父セドリック・アシュフォード男爵、近衛騎士団長ガレス・ヘイルまでいる。
その隣にいるヴィクター・ハワード侯爵は、元北部方面軍司令官で、レオポルドの父親だ。その息子が自分から離れたことを思い出し、エドワードは挨拶をしかけたまま黙った。
リチャードの隣には、マーガレットの父親であるオズモンド・ブラウン公爵もいた。エドワードが助けを求めるように見ても、オズモンドは微笑むばかりだった。
全員が、笑顔でこちらを迎えていた。
叱責のために呼ばれたのなら分かる。だが、これだけの顔ぶれが揃い、誰一人として険しい顔をしていないことが、かえって気味悪かった。
「来たか、エドワード。素晴らしく栄誉ある計画が決まったぞ」
ヘンリーが部屋の中央へ来るように促した。エドワードは父の前まで進み、背筋を伸ばした。
「計画、と申しますと」
「お前を竜帝国へ留学させる。その代わり、帝国の第一王女を我が国へ迎えることになった」
エドワードは、父の顔を見たまま動けなくなった。
竜帝国。今、確かにそう言った。
「交換留学でございます、殿下」
リチャードがにこやかに続けた。
「両国の将来を担うお二人が、互いの国で学ばれる。実に喜ばしいことです」
「帝国の第一王女が、こちらへ来るのですか」
「そうだ。お前には王国を代表して行ってもらう」
ヘンリーは、褒美でも与えるように言った。
エドワードは何とか返事をしようとしたが、すぐには言葉が出なかった。帝国へ渡るつもりではあった。マーガレットを連れ、この国を見限って、自分の意思で出ていくはずだったのだ。
父に送り出される留学生になってしまえば、亡命を持ちかけることさえできない。
「いつまで、ですか」
「期間はまだ決めていない」
父はためらいもせずに答えた。
エドワードは、近くにいるセドリックを見た。その向こうではガレスが微笑み、ヴィクターも黙って頷いている。最後にアーサーを見ると、彼もやはり笑顔だった。
エドワードは一瞬で悟った。知られている。
帝国へ逃げるつもりだったことも、アーサーの秘密を持ち出して自分の身を守ろうとしていたことも。自分だけが計画を隠しているつもりだったが、いつの間にか、ここにいる者達に全て先回りされていたのだ。竜帝国とも、全て話がついているのだろう。
「父上。私は王太子です。いつ戻るとも分からない留学など」
「王太子だからこそだ。帝国も第一王女を寄越すのだぞ」
王家と帝国が、互いの子供を相手の国に送る。
学ぶという名目で、勝手に帰ることもできない身になるのだ。これは人質交換だった。しかも自分には、帰国する期日さえ用意されていない。おそらく、このまま一生飼い殺しになる。
「しかし、私には、この国で果たすべき務めが」
「そのお務めを、竜帝国で果たしていただくのです」
リチャードの口調は変わらなかった。異を唱える者は一人もいない。エドワードは一歩下がりかけ、踏みとどまった。
アシュフォード家の二人も、近衛騎士団長も、軍務を知る侯爵も、この場で決定を聞かされた様子ではなかった。
これは、追放だ。
栄誉などという言葉を付けて、王国から自分を遠ざける。父は息子を守るためにアシュフォード家へ頭を下げたはずではなかったのか。
オズモンド・ブラウン公爵がいるということは、おそらくマーガレットが口を割ったに違いない。
『あの女め!!』
エドワードは、心の中で言ったが、その言葉を伝えることは、もう出来ない。
「エドワード。王国のため、引き受けてくれるな」
ヘンリーが返事を待っていた。
断ったところで、父が翻意するとは思えなかった。アーサーの前で亡命のことまで問いただされたら、今度は留学ですら済まないかもしれない。
「……承知、いたしました」
エドワードは、どうにか答えた。
「うむ。期待している」
父の満足そうな返答を聞き、エドワードは退出の礼をしようとした。これ以上、彼らの笑顔を見ていたくなかった。
その時、アーサーが一歩前へ出た。
突然、全身が重くなった。
踏ん張ろうとしても耐えられず、エドワードは両膝を絨毯についた。前へ倒れかけて両手をつくと、今度は上体を起こせなくなった。
「な、何をする……!」
父から聞いた魔法だった。重力を操作し、相手を地面へ押し潰す。周囲の者達は平然と立っているのに、自分だけが床へ押さえつけられていた。
エドワードは歯を食いしばってアーサーを見上げた。ほんの少し顔を上げるだけで、腕が震える。
「妹への婚約破棄を、これほど丁寧に詫びてくださるとは。光栄です、殿下」
アーサーは笑顔で言った。
違う。詫びようとしたのではない。そう叫びたかったのに、重みが増し、エドワードは額を絨毯へ押し付けられた。
両膝をつき、両手を前に置いて、深々と頭を下げている。彼は、土下座のような格好にさせられていた。
「見事な心がけだ。自ら過ちを認められるとは」
ヘンリーの声に、エドワードは顔を上げようとした。父なら止めてくれる。国王である父なら、この男に命じられるはずだ。
だが、聞こえてきたのはヘンリー国王の拍手だった。
「娘のために、ありがとうございます」
セドリックが礼を言った。リチャードも「まことに立派なお姿です」と褒め、拍手を送っている。
エドワードは首に力を込め、絨毯からわずかに額を離した。父も、ガレスも、ヴィクターも手を叩いていた。オズモンドも笑顔で拍手を送っている。アーサーまで、目の前で拍手をしている。
誰もが笑顔だった。しかし、自分を見る目は冷ややかで、助けようとする者は一人もいなかった。
「父上……」
許しを求める声は、情けないほど震えた。
もう一度、上から押さえられた。エドワードは両手を突っ張ったが、頭を上げていられず、額を絨毯へ伏せた。
涙で濡れた頬に、毛足が触れる。まだ拍手は続いていた。
エドワードは泣きながら、絨毯に額を擦り付けるしかなかった。
コメント
1件
読み終わりました。いやあ、エドワード、完全に包囲されてましたね……。自分から帝国へ逃げようとしていたのに、父王たちに先回りされて「栄誉ある交換留学」として送り出される皮肉。そしてアーサーの重力魔法で無理やり土下座させられ、周囲の大人たちが全員拍手している光景が怖かったです。助けを求める声が震えるほど情けなく響くラスト、屈辱の描き方が鮮やかでした。続きが気になります。
自転車和尚
1,410
#イケメン
高遠すばる
1,329
#初小説
鬼卍。
70