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百鬼清風
863
#イケメン
高遠すばる
1,329
#初小説
鬼卍。
70
王宮の広間で、私はヘンリー国王の隣に立つお兄様を見つめていた。
白い上着の襟と袖には金糸の刺繍、肩から濃紺のマントを掛けている。お兄様の為に用意された、王太子としての衣装だ。黒髪にも、青灰色の瞳にもよく似合っていた。私が選んだ服ではないことが、少し寂しかった。
「アーサーを、我が国の新たな王太子とする」
ヘンリーの宣言に、広間中から拍手が起こった。
お兄様が一礼する。すぐ前では宰相のリチャード・ヨーク公爵が拍手を送り、その近くに近衛騎士団長のガレス・ヘイルと、レオポルド様の父であるヴィクター・ハワード侯爵がいた。
私も手を叩いた。お祝いするために来たのだから、笑っていなければ。
お兄様が立つ壇の前には、大勢の貴族が並んでいる。これから一人ずつ挨拶をするのだ。家で顔を合わせる時なら、私がお兄様と呼べばすぐに振り向いてくれる。けれど、今ここで呼びかけることはできなかった。
私以外にも、お兄様と話したい方が大勢いる。
これからは、そういう人がもっと増えるのだろう。
「マチルダ。苦しくはない?」
隣のマリアンヌが尋ねた。私を養女として迎え、育ててくれた母だ。ドレスの腰を気にしているらしく、私は白いスカートに触れてから首を横に振った。
「大丈夫です、お母様。少し、緊張してしまって」
「無理をして笑わなくてもいいのよ」
そう言われると、かえってうまく笑えなくなった。
マリアンヌの向こうでは、セドリックが訪れた貴族へ挨拶を返していた。アシュフォード男爵として、お兄様を育てた父として、今夜は何度も祝いを述べられている。
私はお兄様を見た。
国王の横にいるお兄様は、私が誇りに思ってきたとおりの方だった。それなのに、遠い。近づこうとすればすぐに行ける距離なのに、いつものように隣へ立ってはいけない気がした。
「お嬢様、リボンが少し」
入口近くに控えていたクララが来て、私の髪の淡青色のリボンを結び直してくれた。
いつの間にか、自分で触って緩めてしまっていたらしい。
「ありがとう、クララ」
「皆様へのご挨拶が終われば、アーサー様もこちらへいらっしゃいます」
「ええ。分かっています」
分かっているのに、待つのがつらい。
お兄様は、もう私だけのお兄様ではなくなった。国中の人に求められて、やがてはふさわしい姫君を妻に迎えるのかもしれない。そうなっても私は妹なのだから、祝福しなければならない。
妹なら、それができるはずだった。
私はクララに礼を言って、広間の端へ歩いた。
途中で、学園長のベアトリス・ウィクリフに会った。銀縁の眼鏡も、はっきりとした話し方も、学園でお会いする時と変わらない。隣には剣術教官のトバイアス・グラントもいた。
「マチルダさん。よい夜になりましたね」
「ありがとうございます、学園長」
「今日のお祝いは、遠慮せず楽しんでください」
トバイアスも頷いた。いつもの木剣を持っていない教官を見るのは、不思議な感じがした。
二人にお辞儀をして先へ進むと、窓の近くにマーガレットがいた。父のオズモンド・ブラウン公爵の隣で、こちらを見ている。少し離れたところには、同じ一年生のドロシー・ムーアもいた。
マーガレットと目が合い、私は会釈した。彼女もお辞儀を返したが、お互いに近寄ることはなかった。
挨拶を終えたお兄様が、国王の横を離れた。
楽団がダンスのための曲を奏でる準備を始める。私は踊る人達の邪魔にならないよう、壁際へ寄った。
私が壁際で待っている間に、お兄様の姿は集まった令嬢達に隠れてしまった。
国内の貴族の娘だけではない。遠方の国から祝いに訪れた姫君達もいる。長い裾を引くドレスや宝石の髪飾りが重なり、誰もが少しでも近くでお兄様と話そうとしていた。
「殿下は、どのような曲がお好きですか?」
「我が国では、今夜のような宴には必ずこのダンスを踊りますの」
返事が終わるのを待たずに、別の方が話しかける。
まだ誰も誘われていない。だから、皆様が待っているのだ。新しい王太子が最初に誰と踊るのか、私も気になって仕方がなかった。
「そんな端にいたら、見つけにくいでしょ」
アリス様が私の横へ来た。ジュリアン会長とレオポルド様も一緒だ。生徒会の皆と会えたことにほっとしたのに、お兄様を見ていたのが分かったと思うと、少し恥ずかしい。
「アリス様。皆様が踊られるので、私は」
「あなたも踊るでしょう?」
「お相手がいれば」
「いるじゃない」
アリス様は、令嬢達に囲まれたお兄様を見た。
簡単に言わないでほしい。今夜からお兄様は王太子なのだ。私が妹だからと近づいていったら、あの方達はどう思うだろう。
「皆様、お兄様からのお誘いをお待ちですから」
「マチルダは待っていないの?」
返事ができなかった。
誘ってほしい。ここへ来てほしい。どうして私だけは、何も望んでいないようにしていなければならないのだろう。
コメント
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みぅです🖤 お兄様が王太子になって、マチルダが「妹」という立場に押し込められていく切なさが胸に沁みた…。クララがリボンを直してくれるシーン、さりげない優しさなのに、無意識に緩めてたっていう心情描写がすごく響いたよ。アリス様の「待っていないの?」って言葉が鋭くて、本当は誘ってほしいのに素直になれないマチルダをもどかしく思う…。百鬼清風さん、この繊細な心情の描き方、本当に素敵です🌙