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それから少しして。いくらか落ち着いた|烈々子《れつこ》と共に、私は皆が集まっている指揮台の方へと移動した。
台の上には、チーム分けの時に使用したタブレット端末が立てかけられており、画面には【Congratulation!!】という文字がでかでかと表示されている。
現在、この場に残っているのは、私を含めて――九人。
相変わらず、|梯宮《うてなみや》は私たちから少し離れた壁際にもたれこちらを睨みつけるように伺っている。その足元には、地雷系のファッションに身を包んだ女性、たしか名前は|罪深《つみか》さん。
彼女は梯宮の前に跪き、素手でゴシゴシと靴を磨かされていた。
はぁ…相変わらずの”ゲス野郎”ここに極まれりである。
梯宮は自分のことを独裁者か悪役令嬢か、あるいはどこぞの女王様か何かと勘違いしているのだろうか。
恐らく罪深さんは、何らかの”弱み”を握られている。
だから仕方なく、あんな屈辱的な真似をさせられているのだろう。そう考えると、途端にいたたまれない気持ちになる。
本当なら、私が今すぐ駆け寄って『やめろ、悪人め!罪深さんを離すんだ!』などとヒーローめいた登場を決めたくなる気持ちはある。
あるにはあるのだが。
そんなことをしたところで、『アンタには関係ない』と突き放される未来は想像に難くない。
むしろ、こちらが下手に口を挟めば、梯宮を刺激して罪深さんの立場をさらに悪くしてしまう可能性すらある。
正義感だけで突っ込めばいい場面ではない。
そう分かっているからこそ、私は何も言えず、ただ歯がゆい思いでその光景を見つめることしかできなかった。
……どこかで罪深さんが一人きりになる場面があったら、その時にちゃんと聞いてみよう。今は悔しいけれど『見』に徹するしかできない。そう自分に言い聞かせ、私は一度視線を外そうとした。
その時だった。
ふと、梯宮の額にかけられている”ある物”が目に留まる。
私はソレに、強烈な見覚えがあった。
――黒縁で少し大きめのサングラス。
それはまさしく、一時間程まで|菖蒲原《あやめばら》がかけていたサングラスだった。
✳︎ ✳︎ ✳︎
「おかえり瑠璃ちゃん。これで恐らく――全員揃ったかな」
|百千切《ちぎり》は、辺りを一通り見回すと、指揮台の上に置かれたタブレットへ視線を向けた。
「それじゃ、あらためて本題に移ろう」
そう言うと、百千切は画面を指さした。
「ここに表示されている通り、今回の脱落者は二人。|煙団太《えんでんた》くんと|菖蒲原《あやめばら》くん。これは、僕も実際に現場を確認してきたから、間違いない」
「カッツォ!(訳:ちくしょう!)」
「えーー!しんじゃったの?」
「……ッ!?」
百千切から告げられたその一言に、周囲にいる全員が驚愕と落胆の表情を浮かべた。
ある者は、その場に膝から崩れ落ち。
ある者は、目を伏せ俯いたまま押し黙る。
この場に二人がいない。その時点で、よほど察しが悪くない限り、最悪の想像はできていた。
それでも、想像していたことを、実際に現実として突きつけられることはまた違う。
二人は死んだ。その残酷な事実を、私たちはすぐに飲み込むことができなかった。
「うぅ……煙団太、さん……あ、菖蒲原さんっ……!!」
膝をつき、ぼろぼろと涙を流しながら何度も彼らの名を呼び続けている人物。彼の名前は抽選の時に目にしている。
|駒琴《まこと》くんだったか。そういえば彼は、|第二試練《ここ》に向かう途中、煙団太に担がれ菖蒲原と共に”特別強化メニュー”なるものを受けさせられていたうちの一人だ。
あの時は正直、ただ巻き込まれているだけの可哀想な人に見えたけど。思い返せば、彼はそれよりも前から、煙団太のことを名前で呼んでいた気がする。
もしかすると、私が思っていた以上に、二人の間には何かしらの繋がりがあったのかもしれない。
「駒琴さん」
「うぅ……は、はい……」
「突然ごめんなさい。今こんなことを聞くのは失礼かもしれないですけど……駒琴さんと煙団太さんは、前から知り合いだったんですか?」
「ひぐっ……いえ多分……知り合ったのは、ここに来てからだと思います」
駒琴は涙を拭いながら、震える声で続ける。
「でも……ここにいる全員が疑心暗鬼になっていた中で、煙団太さんは真っ先に僕に話しかけてくれたんです」
途切れ途切れの言葉。
それでも駒琴は、必死に続けた。
「毒ガスが発生した時も……僕や、近くにいた人たちの上に覆いかぶさって……守ってくれて……本当にっ……ひぐっ……!頼りになる……素敵な人でしたっ……!」
言い終えた瞬間、こらえきれなくなったように、彼はまた瞳から大粒の涙をこぼした。
……だめだ、直視できない。
向き合えば向き合おうとするほど、こっちまでつられて涙しそうになる。煙団太。そして菖蒲原。
今更『もっと話しておけばよかった』なんて考えたところで、もう遅い。何故ならその機会は、永遠に失われてしまったのだから。
なぜ彼らは命を落とさなければならなかったのか。
ここに来る以前、全員が死罪に値するほどの悪行を重ねていたとは思えない。それに仮に、この|試練《ゲーム》を生き抜いたとしても。私たちには、その対価となるような巨額の賞金や景品が用意されているわけでもない。
伴う|代償《リスク》が、あまりにも割に合っていないように感じる。
これから先、このイカれた|試練《ゲーム》を、あといくつ乗り越えれば私たちは解放されるのか。
それとも、全員が死ぬまで繰り返されるのか。
分からない。
何もかも情報が少なすぎる。
ピッピロリ–ン‼︎
ピロリロリロリーーーン‼︎
その時だった。
突如として、指揮台に置かれたタブレット端末から、軽快な電子音が鳴り響く。この雰囲気にはあまりにも相応しくない、どこまでもふざけた通知音。
「おや、画面が切り替わったようだよ」
百千切が、タブレットを覗き込む。
つられるようにして、私たちも画面へ視線を向けた。
そこに表示されていたのは――以前にも見たことのあるものだった。
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けっかはっぴょう〜なかよし ♡あっちゅあちゅ♡ の試練”〜
難易度:★★☆☆☆
だつらく者:ふたり
えむぶいぴー:ぼっち・ざ・るり!
残り人数:きゅうにん
行動ろぐ:これまたぶっそうな奴が紛れこんでやがるぜ……!
総合ひょうか:まぁまぁ
ねくすと:|搬葬送《はんそうそう》の|試練《ゲーム》
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「相変わらず、どこまでもふざけたリザルト画面だね」
百千切は表示された画面を眺めながら、顎に手を当てて考え込むような仕草を見せる。
「これで”難易度2”か。はぁ〜先が思いやられるなぁ」
二人の命という、あまりにも尊い犠牲を払った。
それなのに、あちら側が設定した今回の難易度はたったの2。
つまりこの|試練《ゲーム》は、奴らの基準ではまだ簡単な部類に入るということだ。
そう考えた瞬間、胃の奥がきゅっと締めつけられる。
この先に待っているものを想像するだけで、全身から血の気が引いていくようだった。
「ねーねー、おにしゃん」
その時だった。
不意に、百千切の白衣の裾が背後からくいっと引っ張られる。
「ん?なんだい――って君は……」
振り返るとそこにいたのは、少し大きめでサイズの合っていない巫女服を纏った、小柄な少女だった。
少女は終始ニコニコと無邪気に笑いながら、百千切の白衣を引っ張っている。
「あたちはまじゅま!|小鳥遊《たかなし》まじゅまっていうの!」
「あ~、キミがまじゅまちゃんか。こうしてまともに話すのは初めてだよね」
百千切はしゃがみ込み、少女に目線を合わせる。
「僕の名前は|百千切《ちぎり》|究《きわむ》。ちぎりお兄さんでも、きわむお兄さんでも好きに呼んでくれて構わないよ」
「ねぇ聞いて聞いて!」
まじゅまは、長すぎる袖をぶんぶん振り回しながら、必死に訴えかける。
「まじゅまが一番早くクリアしたのにぃ、”えむぶいぴー”じゃないの!ねぇなんで?」
そう言って、少し悲しそうに眉を下げた。
上目遣いで見上げるその姿は、年相応にあどけない。
「あ~それはね。あの瑠璃ちゃんっていうお姉さんが、一人で|完成《クリア》しちゃったからじゃないかな。それも難易度ベリーハード。恐らくすっごく難しかったんだと思うよ。そうだよね――瑠璃ちゃん」
「えっ」
急に話を振られ、思わず動揺してしまう私。
「あ、はい……まぁ、みなさんとそんなには変わらないと思いますよ。たまたまあの手の類は得意というか、経験があったもので、なんとか……」
「え〜〜まじゅまもぱじゅる得意なのにぃ~!ず~~る~~い~~~!」
少女はぷくっと頬を膨らませると、その場で両足をばたばたと踏み鳴らし始めた。
だんっ。
だんっ。
だんだんだだんっ。
ぶかぶかの巫女服の袖をぶんぶん振り回しながら、全身全霊で不満を表明している。小さな体をこれでもかと使った、全力の|抗議活動《デモンストレーション》だ。
「お、落ち着いて、まじゅまちゃん」
「やだやだやだやだ~~!まじゅまも”えむぶいぴー”がいぃ~~~!」
その様子はまさに、欲しい物をねだる時に発動する子供特有のユニークスキル。|所謂《いわゆる》”だだこね”だった。
一度発動してしまえば最後。そこには理屈も説得もまるで意味をなさない。正論をぶつけたところで火に油。優しくなだめたところで、更なる火種の燃料を投下するだけ。
こうなってしまった子供ほど、厄介な生き物は存在しない。
どうしたものかあたふたしていたその時――。
ズズズズズズズズズズズ……!!
腹の底から響くような重低音が、周囲一体を震わせた。
同時に、床が波打つようにぐらりと揺れる。
「きゃーーっ!な、なんですかこれ……っ!? い、い、いきなりどうしちゃったんですかっ!?」
烈々子は尻もちをつきながら、ほとんど悲鳴に近い声で叫んだ。
私もなんとか体勢を保とうと下半身に力を込めるが、あまりの揺れに思わず体がぐらつく。
足元が、まるで生き物のように波打っていた。
「今すぐ|台座《そこ》から離れるんだ!」
近くにいた真白が叫ぶ。
次の瞬間、真白は私と烈々子の手を掴むと、返事を待つことなく走り出した。
「あっ――!」
そのまま半ば引きずられるようにして、私たちは壁際へと連れていかれる。他の人たちも、不安定に揺れる足場の上でよろめきながら、それぞれ必死に台座から離れようとしていた。
床が軋み、亀裂が走る。
そして、なんとか無事に全員が避難を終えたその直後――。
ゴゴォォオオオオオンッ!!
轟音とともに、指揮台が中央から沈み込んだ。
床材が砕け粉塵が舞い上がる。
ほんの数秒前まで私たちが立っていた場所が、まるで底なし沼に呑まれるように崩れ落ちていく。
「……な、な、何が起こってるんですかぁっ……?」
烈々子はぎゅっと固く目を瞑り、頭を押さえながらぶるぶると体を震わせていた。
「分からん。だがひとまず全員無事だ」
真白は周囲を確認しながら、静かに告げる。
「とりあえず、もう目は開けてよいぞ」
「うぅ……真白さん、ありがとうございましたっ!ってきゃあっ!」
目を開けた瞬間、烈々子は思わず悲鳴を上げた。
視線の先――ついさっきまで私たちが立っていた場所は、完膚なきまでに崩れ去っていた。跡地には直径七、八メートルほどはありそうな巨大な穴がぽっかりと口を開いている。
もし、真白の判断が一瞬でも遅れていたら。
避難があと数秒でも遅れていたら。
私たちは今頃、あの穴の底に呑み込まれていたかもしれない。
そう考えた瞬間、背筋にぞっと冷たいものが走った。
「……崩壊した範囲と崩れ方を見る限り、これはアクシデントではないな。最初から意図的に崩れるよう設計されていた可能性が高い」
「だとしたらあまりにも迷惑というか、適当というか……」
私はぽっかりと口を開けた大穴を見つめながら、ため息混じりに呟く。
「仮に万が一、誰も気づかず避難が遅れていたら、どうするつもりだったんでしょうか」
「その場合は、恐らく”それまで”なのだろう。ここの連中にとって、私たちの命などその程度ということだ」
淡々とした真白の言葉。
だけど、その奥には静かな怒りの色が滲んでみえた。
「まったく。こんな無法が堂々とまかり通っている時点で、日本の治安も地に落ちたものだ……」
「……真白さん」
「無論、見過ごすつもりは毛頭ない。警察官である以上、私はこのふざけた連中を、必ずや白日の下に晒し、法をもって裁いてみせる」
「私もできる限り、協力します」
「ああ、頼りにしている」
真白は短く頷くと、すぐに表情を引き締めた。
「そろそろ行動に移るぞ。ここもいつ崩れるか分からない以上、長居は危険だ」
「はい」
✳︎ ✳︎ ✳︎
崩れた床の周辺は、今なおひどく不安定だった。
少しでも足を滑らせれば、そのまま奈落へ真っ逆さまは避けられない。私たちは警戒心を最大限に強めながら、慎重に一歩ずつ歩を進めていく。
「真白さん、あそこを見てください」
私は穴の端を指差した。
そこには、金属製の梯子が設置されており、壁面に沿うように暗闇の下へとまっすぐ伸びている。
全体的に錆びついており、所々には赤茶けた腐食も浮かんでいた。正直、体を預けるには少々心もとないが。
周囲を見回しても他に出口らしき扉の類は見当たらない。
とどのつまり、進むにはこの梯子を降りるしかないということか。
「一人ずつ間隔を空けて降りるぞ。まずは私が先に行く」
真白の言葉に、私たちは静かに頷く。
一段、また一段。
錆びた金属が、体重をかけるたびにぎしり、ぎしりと嫌な音を立てる。下を覗き込んでも、いまだに底はまったく見えない。
✳︎ ✳︎ ✳︎
あれからどれくらい降りただろうか。
ようやく足元に固い床の感触が戻った時、私は小さく息を吐いた。張り詰めていた肩の力が、ほんの少しだけ抜ける。
けれど、それも一瞬のことだった。
ゆっくりと正面へ視線を向けた私は、思わずボソリと呟いた。
「……また悪趣味な」
目の前に現れたのは、巨大な赤い垂れ幕だった。
そして異様なまでの天井高。十メートル以上はあるだろうか。
私たちは地下へ潜ってきたはず。それなのに、そこには信じられないほど広大な空間が広がっていた。
まるで、地中深くに秘匿された地下劇場。
正面を塞ぐ深紅の布は、天井から床まで重たく垂れ下がり、私たちの行く手を完全に遮っていた。
分厚い生地には微かな皺が幾重にも刻まれており、長いあいだここに在り続けていたことを静かに物語っている。
「遅えぞ、お前ら」
ふと、垂れ幕の奥から声がした。
機械で加工されたような、性別も年齢も判別できない声。
「ったく――待ちくたびれて爆睡こいちまったじゃねーか」
文句を垂れながら姿を現したのは、鼠の仮面を被った一人の人物。背格好は私と同じくらい。
華奢な体つきに、黒いスーツをだらしなく着崩している。
ただ何となくは察した。目の前の存在が、私たちを歓迎するために現れたわけではないということは。
「んじゃ、だいぶおしてっからさっさと始めんぞー」
気怠そうに言うや否や、鼠面はおもむろに懐へ手を差し入れる。
「……ッ」
その瞬間、私たちは一斉に凍りついた。
取り出されたのは、黒光りする冷たい金属の塊。
脳がそれを認識するよりも早く、こちらへ向けられた丸い穴が、容赦なく私たちを捉える。
――銃口。
その二文字が頭に浮かんだ瞬間、全身の血が一気に引いた。
「伏せろ――ッ!!」
真白が腹から声を張り上げて必死に叫ぶ。
だが、間に合わない。
「死体は三体……っと」
バンッ!バンッ!バンッ!
乾いた三つの破裂音と共に放たれたソレは。
容赦なく私の胸を撃ち抜いた。
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