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「確か江藤ちんのご両親は、弁護士をしているんだったか」
「江藤さんってば両親似だった。ふたりのいいとこ取りをした子どもって感じ。だから、すっごく大切に育てられたんだと思う」
さっきまでとは違い、どんどん沈んでいく弟の声色に宮本は眉根を寄せた。
「佑輝?」
「『息子を変な道に染めたのは、おまえなのか』って言われちゃった。すぐに江藤さんがフォローしてくれたけど、俺は何も言い返せなくて」
「そう……」
「実家でも父さんと母さんを、兄貴や江藤さんが説得してくれただろ。本当は言いたいことが山のように出てきたのに、それが言葉にならなくてさ。情けないよね」
「口下手なおまえよりも、江藤ちんが交渉したほうが、うまくいく確率が上がる。俺としてはそう思うけどな」
落ち込みまくる弟に、できるだけ明るい声で接した。本当はもっと気の利いたことを言いたいのに、口下手な弟に匹敵するくらいに口下手なせいで、思ったことをうまく伝えられない。
(こういうときは、陽さんや江藤ちんの会話術が羨ましくなるな――)
「そ、そういえば、佑輝が江藤ちんと一緒じゃないのは珍しい。元気にしてるのか?」
「うん。ふたりで江藤さんの実家に顔を出してから、会社以外で逢うのを控えられてる。きっと、いろいろ考えることもあるのかなぁって。もしかしてあのときの俺の情けない態度に、別れを決意してるのかもしれないな」
宮本としては話の内容をズラそうと、あえて江藤の名前を出したのに、雲行きが悪くなる弟の話を聞いてしまったせいで、頭の中にたくさんの『バカ』や『無能』の文字が並びまくる。
「そんなことないって。絶対にありえないから、悲しいことを言うなよ」
この時点で、橋本の実家に顔を出さずに、一緒に暮らそうとしている自分の行動に、違和感を覚えた。
宮本の実家に橋本を連れて行ったら、弟の交際のくだりでナーバスになっている、両親の傷をさらにえぐることが簡単に想像できるだけに、挨拶することは今はできない。
だが橋本の実家――年の離れた兄が父親代わりをしているそこに、挨拶くらいしなければならないのではないかという考えが、宮本の頭の中にぶわっと浮かんだ。
「兄貴、江藤さんから何か聞いてる?」
別なことに気を取られていると、弟が遠慮がちに訊ねてきた。
「あ、何も聞いてない。江藤ちんの実家に行ったことも、俺としては初耳だったし」
「そうだったんだ。てっきり、何か聞いてるかと思ったのに」
「気になることがあるなら、本人に聞くのが一番だと思う。恋人なんだから、遠慮する必要はないだろ?」
「そうなんだけど……」
いつもはなりふり構わずグイグイいく弟が、珍しくおどおどしながら尻込みする様子に、兄貴として背中を押してやろうと言葉を紡いだ。
「江藤ちんは、江藤ちんなりの考えがある。佑輝だってそうだろ? それをきちんとぶつけないと、すれ違ってしまうんじゃないか? それこそ、喧嘩のもとになる」
「――兄貴、俺は」
「うじうじしてるなんて、佑輝らしくない。思いきって江藤ちんに体当たりする勢いで、ぶつかってみろって。まああの江藤ちんだから、一発や二発くらい殴られることを覚悟して、ぶつからないとダメだけどな」
今までは恋愛について、消極的だった宮本。それが橋本と付き合ったことで、考えがガラッと変わった。前に進むには、まずは動かなければいけないことを、大好きな橋本の姿を見て思い知った。だからそれを踏まえて、アドバイスができる。
「わかった。今から殴られに行ってくる!」
さっきまで悩んでいた弟の声が、元気ハツラツなものに変わった。
「応援してる。じゃあな」
頑張れよと宮本が声をかける前に、通話が切られてしまった。
「……良かった。いつもの調子に戻ったな」
(多分、あのふたりなら大丈夫。どんなことがあっても手を取り合って、乗り越えていく力があるから。問題は俺だ――)
橋本と付き合っていくうえで、実家に顔を出さずに一緒に住もうとした自分のツラの厚さが、痛いくらいにわかった。
「佑輝が逃げずに前に進んだのを、きちんと見習わないといけない。俺はアイツの兄貴なんだから」
忙しい橋本に、宮本が約束を取りつけて逢ったその日に、実家のことを口にしてみたのだが――。