(アルベドが二人いる……じゃなくて!)
「え……っ」
足下に出来た赤黒い魔方陣を見て、色は違えどこれが転移魔法なのだと瞬時に理解した。そうして、その魔法を発動したであろう、目の前にいるアルベドを見て、私はゾッと背筋が凍る。
アルベドが普段しないような笑みを浮べているからだ。
「ちょ、離して!」
私はそのアルベドから逃げようとしたが、力が強すぎて振りほどけなかった。男性と女性では力差がありすぎる。
こうなったら……と、私は魔法を発動させようとしたが、焦っているのか上手く発動しなかった。魔法は、その人の心理状況や、体調、魔力量によって発動できるかが決まるからだ。私は焦っている。だから、魔法が発動しないのだ。
「エトワール!」
「り、リース」
一番近くにいた、リースが私に向かって手を伸ばしたが、其れに気がついたアルベドがリースに回し蹴りを喰らわせ、私を抱き上げる。リースは受け身を取ったものの、想像以上に強く蹴られたのか、片膝をついた。
このままじゃ、転移魔法で……と連れて行かれてしまうのではないかと私は、暴れたが、腕を掴んでいるアルベドはそれを見て可笑しそうに笑った。
「な、何が可笑しいのよ」
「いや、ほんと滑稽だと思って」
そうアルベドは言う。
そんなニタリと悪い笑みを浮べたアルベドの肩にヒュンと何かが飛んできて刺さった。目の前で噴き出す鮮血。
「おい、エトワール! そいつから離れろ!」
と、こちらに向かって走ってきていたもう一人のアルベドが私に向かって叫んだ。
直感的に、そっちのアルベドが本物だと思い声がした方向を見るが、この状況でどう逃げろというのだと、本物のアルベドを見る。アルベドは、酷く焦ったように、懐からナイフを取りだしそれを私達に向かって投げてきた。
私まで狙ってどうするんだと、目を閉じれば、カキン! と金属音が鳴り響き、本物のアルベドが投げたナイフは全て偽物のアルベドの魔法によって弾かれた。
「ッチ……」
本物のアルベドは舌打ちをしつつ、片膝をついて様子を伺っているリースの元へ滑るように駆け寄ると、リースに対して「彼奴と何処であった!?」と、偽物のアルベドについて説明を求めていた。そんなことをしている場合じゃないでしょ、助けてよと思っていれば、リースと本物のアルベドは私の方を向いた。
一人二人ぐらいであれば、転移魔法は魔力は使うが発動した後にすぐに移動が出来るはずだ。だが、それをしないのは、この偽物のアルベドの何やら意図あってのことだろう。
というか、この偽物は一体誰なんだろうと思っていると、本物のアルベドが口を開いた。
「俺の事嫌いだったんじゃねえのかよ、俺の変装なんてしやがって」
「はっ……はははは!」
変装と、本物のアルベドに指摘され、偽物は私を抱きかかえながら笑い出した。
その笑い方は、私が知っているアルベドの笑い方とはかけ離れていた。もっと優しげで、穏やかな笑みだったのに。
変装とは、アルベドは言ったがこれは一種の魔法なのではないかと思った。私達の変装(下位魔法)とはまた別のもう少しレベルの高い魔法なのではないかと。レベルが高いというか緻密に、そしてより本物に近づけるためにはその対象を知らないといけない。これは、変そう魔法にかぎらずどの魔法でもだ。
高火力の火の魔法を発動しようと思うと、それなりの想像力と魔力が必要なのである。他の魔法もこれと同じ原理だ。
アルベドを知っていて、アルベドの事を理解している人間。それが、今この偽アルベドと言うことだ。
「あー面白い、面白い。ほんと、兄さんは面白いこと言うね、まあエトワールもだけど。何か似たもの同士って言うか。それに、兄さん勘違いしてるよ」
と、アルベドの顔をして、アルベドとそっくりなのに、偽アルベドの口から発せられた声は彼とは全く違うものだった。それも、聞き覚えのある声。
そうして、ひとしきり笑った偽アルベドは、自らの変装魔法を解いた。
魔法が解かれた本物の姿を見て、私は目を見開いた。
「ヴィ……」
「久しぶり、エトワール。うーん違うか、数日ぶり、かな?」
そう言って笑った男は、以前聖女殿のベランダから侵入し、トワイライトが一回目に誘拐されたとき出会ったヴィと名乗る青年だった。
くすんだ赤髪、濁った黄金の瞳、間違いない。
また、アルベドを前にしてヴィを見ると似ていると感じた。雰囲気は全く違うのに、容姿の所々に似ていると感じる部分がある。
ヴィは、アルベドに視線を向けると、先程までの笑顔を引っ込めて、不機嫌そうな表情を浮かべた。
「……ラヴァイン、気持ち悪いこと言ってんじゃねえ!」
怒りを露わにし、アルベドは叫んだ。
その名前を聞いて、私はさらに目を見開いて、ヴィ……アルベドにラヴァインと呼ばれた男を見た。
ラヴァインはニッコリと微笑み私を見下ろすと、バレちゃった? とでも言うように首を傾げた。その動作は、とてもわざとらしかった。
(待って、ラヴァインって……アルベドの……)
以前からアルベドがよく言っていた弟の名前だと私は思いだした。
ヴィ、改めラヴァインと初めて会ったときもその髪色や雰囲気がほんのすこーしアルベドと似ているとは思った。でも、アルベドよりも知性がある感じがして、笑みも嘘くさい。とても兄弟だとは思えなかったしそんな考えはミジンコたりとも頭になかった。
けれど、改めて弟だと言われれば納得せざる終えない。
髪色は、どう考えてもアルベドの方が綺麗で美しいが。
「まあまあ、落ち着きなよ。兄さん、そんなかっかしてると、寿命縮まるよ?」
などと、ラヴァインは挑発でもするかのようにアルベドに言う。すると、アルベドはギリっと歯を食い縛り、再び舌打ちをする。
仲が悪いとは知っていたが、アルベドがこうも殺意をむき出しにするものかと驚いた。
まあ、私も凄く驚いてはいるんだけど……
「後、俺は兄さんよりエトワールと仲がいいから。そんな、嫉妬むき出しにして恥ずかしくないの?」
「はあ!? 誰が、アンタと仲良いですって!?」
と、思わず突っ込んでしまった。
自分に話が振られるとは思っていなかったし、勝手に私を巻き込まないで欲しいと思った。だがこの状況では仕方がない。
(というか、何この状況……逃げないといけないのに)
ラヴァインの腕の中から抜けられず、まるで金縛りに遭っているかのように動けなかった。これも、彼の魔法なのだろうか。
アルベドとリースも、ラヴァインの異常性や魔力を感じてか下手に動けないでいるようだ。リースに関しては今すぐ私を助けなければと言う顔をしていた。
「それと、兄さんさっき『俺の事嫌いだったんじゃねえのかよ』って言ったけど、それ間違ってるよ」
そうラヴァインは言うと口を三日月型に開いて笑う。
不気味だと思うと同時に、醜い感情が彼から滲み出るのが分かった。負の感情を自分で制御しているような不思議な感覚。
そういえば、ラヴァインはヘウンデウン教と繋がっていると言うことも何故か今思い出した。そんなのに捕まったらまずいんじゃと暴れようと試みるが、やはり身体は動かない。
「俺は、兄さんのこと愛してるんだ。殺したいぐらい……兄さんの全てを奪いたい! 兄さんの全てを奪って、俺が公爵家の跡取りになる」
と、狂気に満ちた声でラヴァインは言った。
その言葉を聞いた瞬間、私はぞわりとした寒気を感じた。
この人は、危険だ。そう直感的に感じた。
そうして、ラヴァインは私に視線を移すと、目を細めて私の頬を撫でた。
「エトワールに触るな!」
そう叫んだのはリースだった。彼は護身用に下げていた剣を抜くとラヴァインにその剣先を向けた。
ラヴァインはそれを見ても何も動じない。寧ろ笑っていて、それが更に恐ろしく見えた。
(何なのこいつ……出会った時と全然違う……)
最初であったときは優しげな好青年だと思っていたのに、今では狂気を感じる。いいや、元からそれを隠して私に近づいてきたんだろうと思った。
何にしろ、此奴がアルベドの嫌っている弟で、ヘウンデウン教と繋がっていることが分かった今、自分の身の危険がぐっと上がったわけだ。逃げだそうにも逃げ出せないためどうしようもないのだが……
「怯えちゃってるの? 可愛いね、エトワール」
「だ、誰が怯えて何て」
「俺は、そういう顔好き。そいつを征服しているようで、恐怖に歪む顔が大好きだ」
と、ラヴァインは私を見て微笑む。その笑顔は、何処までも黒く濁っていた。
私には、その笑みが酷く恐ろしいものに見え、ぶわっと冷や汗が出る。
怖い、気持ち悪い、逃げないと、と頭の中で警鐘が鳴り響く。
「さて、お喋りはここら辺にしておこうかな。俺たちの悲願のためにもエトワールは必要なんだ。てことで、兄さん、皇太子殿下じゃあね」
そういうとラヴァインは再び転移魔法を発動させる。先ほどよりも赤く、黒く足下の魔方陣が光る。
アルベドは地面に向かってナイフを突き刺したが、ラヴァインの魔法によって弾かれ粉々に砕けてしまう。一体、ラヴァインはどんな魔法を使っているのか、どれぐらい魔力量があるのか……
そう私は考え恐怖した。そんな恐怖の顔を見せれば、また此奴は喜ぶのに。
「じゃあ、エトワール。目的地まで、少しおやすみ」
ラヴァインは、私の目を覆うと、フッと私の意識は途切れてしまった。
最後に聞いたのは、リースとアルベドが私の名前を叫ぶ声だった。
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