テラーノベル
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Kai
次の国へ向かう道中、
森の湿った冷気に混ざる青白い光が急速に冷え込み、
視界を白く塗りつぶしていった。
カレン「霧が濃くなってきたな……」
水の魔女「ええ、ゆっくり進みましょう。箒で飛ぶのは危険だわ」
足元の落ち葉が湿り、踏むたび水の匂いが立ち上る。
遠くの枝が軋む音が、霧の中でささやくように聞こえる。
冷気が肺を刺し、神経が尖る。
カレン「ただの霧じゃない……おい、手をつなごう。はぐれたら最後だぜ」
水の魔女「ええ……お願いします、カレン」
カレンの武骨な手が、震える指先を力強く包む。
先の見えない白濁の世界で、枝葉に触れた水滴が頬を伝う。
その冷たさに、かつて愛した人の香油の匂いが混ざり、胸がざわついた。
???「待ってたよ、水の魔女……ずっと、君を探していたんだ」
霧の向こうに、かつて私の身代わりとなり炎に倒れた恋人、ミオンが立っていた。
透明な手は、私を手招きしているように揺れる。
水の魔女「ミオン……? 嘘よ、だってあなたは……」
昔、霧の森で追いかけっこをした日々が蘇る。
冷たい空気と落ち葉の音、笑い合った温かさ――それが今の恐怖と悲しみに混ざり、胸を引き裂く。
カレン「ミオンだと!? おい、惑わされるな!」
カレンの声が遠のく。
目に映るのは、生前の穏やかな微笑みを浮かべる彼の姿だけ。
愛おしげに手を差し出し、霧の奥へと後退していく。
水の魔女「待って、行かないで、ミオン! 私を一人にしないで!」
カレン「よせ! 行っちゃだめだ! そいつは偽物だ!」
胸に触れるカレンの温もり。
それでも心は凍りつき、目の前を信じられない。指先は自然と動き、過去の追いかけっこの記憶が今の現実と絡み合う。
手を振り払おうと駆け出すが、繋いだ手は離れない。
水の魔女「離して、カレン!」
指先は震え、声は霧にかき消される。
カレン「落ち着け! そいつは死んだんだ!」
その言葉すら、愛を引裂く呪詛のように響く。
狂乱の中、私は魔力を指先に込めて手を振り払おうとした。
その瞬間――カレンが正面から、壊れそうなほど強く、痛いほど抱きしめた。
カレン「……行くな。私がここにいる。お前の隣に、生きて立ってるだろ」
耳元に届く低く震える声。
霧の中のミオンの姿が歪み、穏やかな微笑みは裂け、光は泥のような闇に変わった。
闇の渦が霧を絡め取り、肌に触れる冷気が鋭くなる。
心臓が凍る感覚が全身を走る。
それは、不老の魔女の心に澱む「癒えない後悔」を映す、霧の化身だった。
ミオンの残像が霧に溶けた。
胸の奥が痛みで裂ける。
水の魔女「ああ……あああああ……っ!」
絶望と喪失感が一気に押し寄せ、私はカレンの胸に顔を埋めて泣き崩れた。
どれだけ時間が経っただろう。
涙が枯れ、顔を上げると、霧は嘘のように消えていた。
私は、自ら命を断つことすら許されない魔女。
愛する人の死を幾度も背負い、何百年も生き続けなければならない呪われた存在。
カレンは何も言わず、再び私の手を握り直した。
その手には、先ほどより少し力がこもる。彼女もまた、私を失うことを恐れているのだと肌を通して伝わる。
水の魔女「ありがとう、カレン。……ごめんなさい」
カレン「別に……平気だ。行こうか。お前がいつか、今のことも忘れるくらい遠くまでさ」
時間は止まったままだった。
それでも、隣で不器用に手を引く彼女の温もりだけが、私を「今」という愛おしい時間に繋ぎ止めている。
私たちの、終わりのない旅が再び始まった。
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