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#刑事もの
鬼霧宗作
1,112
あいうえお
126
#えとさん主人公
MINA★彡
24
静岡県しそね町に建設中の複合施設『ビスタ』。
そこは、兄である吾妻勇太が最後に姿を見せた場所だった。
しそね町は、勇信の父・吾妻和志会長の生まれ故郷である。
勇太と勇信は東京で育ったが、祖母がこの町に暮らしていたため、学校の長期休みにはよく訪れていた。
豊かな自然の中で遊んだ記憶は、今も勇信の中に残っている。
吾妻和志は3年前、しそね町を活性化させるための事業計画を発表した。
持病である糖尿病が悪化するにつれ、まるで残された使命に取り憑かれたように、彼は施設の建設を主導していった。
しかし、計画そのものは精度を欠いていた。
どこをどう見ても、黒字経営になる見通しが立たない。ほとんどボランティア事業に近い内容であり、書類上にも矛盾点が多かったという。
会長は、ただ故郷に恩返しがしたかっただけなのか。
あるいは、まだ誰にも明かしていない追加計画があったのか。
それとも、いよいよ会長の神通力が衰えはじめたのか。
様々な憶測が流れる中、それでもビスタの建設は決定された。
ところがその直後、吾妻会長は病に倒れ、植物状態に陥った。
計画の真意を、誰にも告げないまま。
そうしてビスタは、司令官を失った軍隊となった。
最終目的地を知らされないまま、建設だけが進められていったのだ。
ビスタに関する全業務を担当するのは、子会社である吾妻建設だった。
彼らの立場は明確だった。
「会長の指示を遵守する。たとえ利益が出なくても」
吾妻建設の社長がそう方針を通達したことで、ビスタは社内でもボランティア事業として認識されるようになった。
「数年後には、誰も寄りつかない廃墟になるだろう」
「会長から割り当てられた仕事をこなすだけ」
「給料だけ受け取って、終わったらさっさと東京に戻ろう」
社員たちは、一刻も早くしそね町から撤退することだけを望んだ。
利益を生み出す気がないどころか、地域還元事業という建前すら、いつしか誰の口からも出なくなっていった。
そんな中で、ただひとり。
ビスタ建設に異論を唱える者がいた。
企画部課長、堀口ミノルである。
彼は、ビスタを廃墟にするつもりなどなかった。
会長の遺言にも似たこの建設事業を、必ず成功させようと考えていた。
偶然にも、堀口ミノルの出身地はしそね町だった。
「自分が育った故郷の再生プロジェクトを、赤字に沈めるわけにはいかない」
彼の情熱は、そこから生まれていた。
堀口は毎日の業務を終えると、ひとり地方都市再生について勉強を重ねた。
図書館で資料を集め、休日には他の地方都市を訪ね、成功事例を頭に叩き込んでいく。そうしてようやく、隣国である韓国に、自分が理想とするビジネスモデルがあることを知った。
地方都市の再生において、雇用の創出は大前提である。
観光施設や商業施設は、一時的に人を呼び込むことはできる。だが、それだけでは根本的な再生にはならない。
必要なのは、新たな職場だった。
新たな労働者こそが、購買力を持つ住民になる。
しそね町に根づいた労働者が金を生み、ビスタを訪れ、地域経済を回していく。
『スポーツ振興プロジェクト』
そのビジネスモデルにたどり着いた瞬間、堀口ミノルの頭の中に、しそね町の未来が鮮やかに浮かび上がった。
韓国東部のある地方都市に、ひとつのモデルケースがあった。
バレーボール専用体育館を建設し、地域再生に成功した事例である。
韓国では珍しいバレーボール専用コートを設置することで、全国からプロやアマチュアの強豪チームを呼び寄せる。同時に周辺施設の整備を進め、やがてその町をバレーボールの聖地にする。
それがプロジェクトの骨子だった。
当初は、多くの関係者が机上の空論だと取り合わなかったという。
総合運動場を建設すべきだ。ひとつのスポーツだけを対象にしても、誰も訪れない。そうした意見が大半を占めた。
しかし担当者は、粘り強く関係者たちを説得した。
やがてその熱意に打たれた民間団体が、少しずつ手を挙げはじめる。そうしてバレーボール専用体育館は完成し、情報を聞きつけた全国のバレーチームが、続々と集まるようになった。
人が集まれば、周辺施設の整備が急務となる。
町は全面的なバックアップを開始し、現在では町全体が力を合わせて、宿泊施設やレクリエーション施設、学習施設を運営している。
町を訪れたチームの監督や選手たちは、みな同じ理由を口にした。
「公式戦と同じ素材のコート」
コートの素材が、奇跡を起こしたのだ。
現在はアマチュアだけでなく、プロリーグの選手も多く訪れる場所となっている。
国際大会が開催される際には、外国人選手が施設を利用することもあるという。
稼働率は、平日を含めて70%を超えた。
そこは事実上、韓国バレーボールの聖地となったのだ。
堀口ミノルはこの事例をロールモデルとし、しそね町をスポーツ振興都市として活性化させる計画を立てた。
無論、プロジェクトの中核には複合商業施設『ビスタ』がある。
ビスタを囲む広大な土地に、複数のスポーツ施設を建設する。
そこで働くスタッフたちが町に根づき、ビスタの顧客となる。利用者が町を訪れ、宿泊し、食事をし、買い物をする。
そうして地方経済は少しずつ回りはじめる。
堀口ミノルは3ヶ月もの時間を費やし、ついに企画書を完成させた。
バレーボールだけではない。様々なマイナースポーツに特化した専門施設を建設する計画だった。
韓国のモデルケースとの決定的な違いは、こちらには吾妻建設があることだった。
自分たちは建設会社であり、堀口は企画部の責任者である。
そして何より、自分にはこの土地への特別な愛情がある。
会社の規模が大きければ、夢は広がる。
吾妻財閥という看板があれば、実現できる未来もあるはずだった。
『しそね町スポーツ専門都市化プロジェクト』
堀口ミノルの夢は、しそね町をスポーツ特化都市として全国に知らしめることだった
*
「……で? 堀口課長」
しそね町プロジェクトの責任者・谷川真也は、小指で耳をかっぽじった。
「誰がこんな、ゴミみたいな企画書をもってこいと言った?」