テラーノベル
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「……ねえ、貴大くん」その声が静寂を裂いて耳に届いた瞬間、俺の身体は金縛りに遭ったように硬直した。
鈴を転がすような、どこまでも通る綺麗な声。
けれど、その声に含まれた温度は完全に絶対零度だった。
夕闇が急速に濃くなり、廊下の天井にある蛍光灯がジジジと不機嫌な音を立ててチカチカと明滅している。その頼りない明かりの下で、キララは可憐な制服姿のまま、すっとそこに立っていた。
「キ……ララ……?」
喉の奥がカラカラに乾いていて、自分の声とは思えないほど情けない掠れ声が出た。
キララは胸の前で両手に大事そうにスマホを抱えたまま、ゆっくりと、一歩だけ俺の方へと踏み出してきた。
カツン。
ただのローファーが廊下を叩く音。なのに、それがまるで命を削るカウントダウンの音のように脳裏に響く。
「なぁに? 貴大くん」
彼女は首を傾げ、心底不思議そうに俺を見つめてくる。
その瞳は、まるでガラス玉のように綺麗で、そして——何の感情もうかがえないほど、恐ろしく澄み切っていた。
「なんでそんなに怯えてるの? 私だよ? 同じクラスの、斎川キララだよ」
「お前……このアプリ、何なんだよ……! 葵のスマホに表示されてるこの変なメッセージも……!」
俺が叫ぶと、キララは一瞬だけ視線を俺から外し、俺の足元でうずくまっている葵へと滑らせた。
その一瞬の視線の移動。
葵に向けられた彼女の目には、明らかな「不快感」と、まるでゴミを見るかのような冷淡さが宿っていた。
「ああ……それ?」
キララはくすりと小さく笑った。
その笑みがあまりにも可憐で、それゆえに狂気が際立つ。
「『デスマホ』……ううん、『DEATH-PHONE』っていうの。私が作ったんだよ? 貴大くんのために」
「……俺の、ため……?」
「そうだよ」
キララは胸の前で持っていたスマホを、すっと俺の目の前にかざしてみせた。
彼女のスマホの画面には、俺や葵の画面とは違う、無数の緑色のコードと複雑な管理画面が恐ろしいスピードで流れていた。
「貴大くんってば、みんなに優しすぎるでしょ? 誰にでも笑顔を向けて、誰の頼み事も聞いてあげて……私、ずっと胸が苦しかったんだよ」
彼女は左手を自分の胸元に当て、可憐に眉をひそめてみせる。まるで可憐なヒロインが悲恋に嘆いているかのような仕草。
「貴大くんの視界にはね、私だけがいればいいの。他の人間なんて、貴大くんの優しさを横取りするだけの邪魔者なんだから」
「狂ってる……お前、正気じゃないぞ……!」
俺の罵倒すら、今のキララには届いていないようだった。
彼女は嬉しそうに目を細め、一歩、また一歩と間合いを詰めてくる。
「狂ってないよ? とっても論理的だよ。だってね……」
キララは言葉を切り、床に倒れてガタガタと震えている葵を指差した。
「そこの葵ちゃん。貴大くんと二人きりで帰ろうとしたでしょ? コンビニに誘おうとしたでしょ? 私ね、貴大くんのスマホのマイク経由で、全部聞いてたんだよ?」
「……っ!?」
息が止まる。
マイクで、聞いていた……?
じゃあ、俺のスマホは、最初から全部彼女に盗聴され、監視されていたのか……!?
「だからね、お仕置き。貴大くんの周りから、一人ずつ消えていってもらうことにしたの」
「やめろ……! 葵は関係ないだろ!!」
俺は葵をかばうように前に出た。
その瞬間、キララの瞳から温度が一瞬で消え去った。
——ピコン。
俺の手の中で、激しい電子音が鳴り響く。
『【警告】対象者(奏貴大)が障害行動を検知。一ノ瀬葵のカウントダウンを加速させます』
「ひっ……!! たかひろ君、やだ……息が……胸が、苦しい……ッ!!」
後ろで、葵が突然自分の胸をかきむしりながら、悲痛な悲鳴を上げた。
床に転がった彼女のスマホ画面で、赤く点滅する数字が、目に見えるほどの異常な速度で減っていく。
『あと 03:00』
『あと 02:59』
『あと 02:58』
「葵!!」
「だーめ」
俺が葵に駆け寄ろうとした瞬間、キララの甘い声が制した。
「一歩でも動いたら、カウントダウンをゼロにするよ?」
俺の足が、ピタリと固まる。
冷や汗が全身から噴き出し、制服のシャツが肌にねっとりと貼り付く。
キララは微笑んだまま、自分のスマホの画面をすっと指で撫でた。
「ねえ、貴大くん。葵ちゃんを助けたい?」
「助けたい……助けてくれ! お願いだキララ、こんなことやめてくれ!!」
桜咲かな
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#学園
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なりふり構わず叫ぶ俺を見て、キララは心底満足そうに、目を細めてうっとりと頬を染めた。
「ふふ……やっぱり貴大くんは優しいね。いいよ、助けてあげる。……ただし」
彼女はゆっくりと俺に歩み寄り、その華奢な指先で、俺の胸元をそっと撫で上げた。
彼女の体温が、制服越しに伝わってくる。あまりにも冷たく、薄寒い体温。
「今すぐ、葵ちゃんの連絡先をブロックして? そして……私の前で、葵ちゃんのスマホを思い切り踏み潰して?」
キララは俺の顔をじっと見上げ、愛おしそうに、そして逃げ場を塞ぐように告げた。
「そうしたら……葵ちゃんの命だけは、助けてあげる」
コメント
1件
第3話、一気に読ませていただきました……! キララの、あの可憐な見た目と絶対零度の温度差が本当に怖くて、画面越しにゾッとしました。特に「私が作ったんだよ? 貴大くんのために」の台詞、狂気と愛情が混ざり合っていて鳥肌が立ちました。マイク盗聴の伏線、序盤の違和感に繋がる仕掛けも見事です。葵ちゃんのカウントダウン、どうなってしまうんでしょう……続きが気になりすぎます!