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◻︎私も同じ
「これ、綾ちゃんと萌ちゃんだよね。楽しそう!二人ももう大きくなったんだよね。何年も会ってないなぁ」
まだ小学生だった頃の姪っ子たちが、写真たての中にいる。どこかのキャンプ場だろうか。
「綾は20歳になるよ、来年就職する。萌も卒業するけど進学せずに就職するよ」
光太郎が私を見た、“学費はもう必要なくなるじゃん!”と言っているようだ。
「二人とも就職先は決まってるの?」
「一応ね、どっちも小さなとこだけど」
「それ、知らなかった!ね、じゃあみんなで集まってお祝いしようよ。お義父さんたちも呼んで」
「え?ここで?」
「そう!お料理は持ち寄りでもデリバリーでもいいし。そうだ!月子さんのお祝いもしないとね」
「私の?何の?」
「んー、娘二人が社会人になるってことは、母親業も一旦卒業じゃない?それをお疲れ様ってやらない?ね?光太郎さん」
「ん?あ、まぁ、いいかもな。近頃じゃ身内が集まることなんてなかったし」
突然話を振られたわりに、いい受け答えをしてくれたから、ぎこちなくウインクをした。
「下手くそ」
と小さく返されたけど、それは月子には聞こえていない。
「ここでかぁ……」
月子が呟く。
「片付けなら手伝うよー、光太郎さんも私も時間ならわりとあるから」
「えっ、俺も?」
「当たり前でしょ?そうだ、うちの子たちも呼ばないとね。どうせなら、みんなでやるのがいいよね」
「母親業の卒業か……あー、なんだか仕事も卒業したくなってきた!」
「えっ、ちょっと待って。そんなことしたら生活できなくなるよ、月ちゃん」
それまで黙っていた充が慌てて口を挟む。
「……わかってるわよ……辞めないわよ」
月子が沈んでいくのが見てとれる。
「ね、充さん、一度、お宅の経済状況を綺麗に洗い出してみたら?そしてさ、これはいらないかなってやつを省いていけば、意外と生活できるかもよ」
「でも……」
不安が隠せない様子でモジモジする充。一家の主なんだから、もっとシャキッとして欲しいものだ。
「じゃあ訊くけど。今、この家の借金と貯金と財産、全部把握してる?毎月どれくらいお金が必要かとかも」
「え、あ、それは奥さんに任せてるから」
「そこで月ちゃんから奥さんと呼ぶことで、責任逃れしようとしてない?充さん」
「そんなことは……」
それを見ていた月子が、両手を広げて首を振りながら、はぁーっと大きなため息。
「この人はなんにもわかってないと思う」
「じゃあ、無視しましょ。私も手伝うからやってみよ、月子さん。それでさ、めどがついたらその時に仕事を辞める、それを目標にすれば頑張れるかもよ。具体的な目標がないものは、闇雲に頑張っても息が切れてしまうから」
“昔の私もそうだったから”と付け足した。
「涼子さんも?同じだった?」
今日初めて、私のことを真正面から見てくれた。私は、自分のことを思い出しながら、少々誇張して話す。
「うん、同じ。子どもが小さい頃に、なんだっけ、ほら、なんちゃらショックとかで光太郎さんの給料がガクンと下がってしまって。お先真っ暗になったことがあるんだけど」
「あったね、そんな時期」
「子どもも小さいから働きにも出られない、アレルギーもあるし、熱もよく出すから家にいたい。でも家計はどんどん火の車。あの頃、光太郎さんに相談してもちゃんと聞いてくれなかったしね、どんどん落ち込んでいったの」
「え?僕、そんな冷たい奴だった?」
「あの頃はね。で、考えたの。当時は考えることしかできなかったから」
「なにを?財テクとか?」
「ううん、なんでこんなに不安になるんだろうって。家族4人、なんとか暮らしていけてるのに何故だろうって」
「わかったの?」
月子が問う。
「うん。答えは“わからないから不安になる”だった」
「え?どういうこと?」
喉が渇いたからジュースでも買ってきて、と充をパシリにした月子は、私の話を真剣に聞いてくれている。
「暗闇が怖いのはなんで?という答えと似てるかな。暗闇だとそこがどんな場所か何がいるのか、わからないから怖いんだよ。灯りがついて周りを見渡せれば、そこまで怖くない。宇宙人にしても幽霊にしても、実態がわかれば怖くないと思うんだよね」
「涼子ちゃん、話がオタクになりそうだよ」
「おっと、いけない。つまりね、この先生きていくのにどれくらいのお金が必要か?何かあったらどんな手段が取れるか?それがわかれば、将来の不安はだいぶ減らせるよ」
そう言って私は、壁にかけてあったカレンダーをちぎって、裏に表を書いた。左端に名前と年齢を上から並べて縦に。横は西暦と、その年にありそうなイベントを書き込む。
「これ、昔私が書いた我が家のシミュレーションなんだけど。こんな感じだったかな」
慎二と伊万里の入園、入学、修学旅行、卒業……そのために必要な概算金額。
毎月いくら貯金できればいいか?ローンを組んだら何年でどうやって返すか?
積立金額や、それを何に使う予定か?あとは旅行に行くための積立や、学費のための積立……。
「すごい、こんなこと決めてたの?」
「決めてたというか、予想してた。人生何が起こるかわからないけど、平凡な暮らしなら大体の予定はわかる。なんとなくの道筋がわかれば、前に進むのも不安にならないでしょ?」
「なるほどね。これを我が家に当てはめて書いてみればいいのね」
「うん。その前にまとめられるものはまとめて、わかりやすくしないとね」
私はレターラックに積み上がってるローン会社の請求書の束を見た。あの中に督促状はありませんようにと願う。
「わかった、やってみる。そして早く仕事を辞められるようにする。もうのんびりしたいから」
「手伝うよ、僕も」
光太郎も言う。そうやって月子家族の危機を回避するために、さらに話し合った。