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だが、それだけではない。
テーブルを挟んで向かい合うように、テオと狭山もいた。
狭山は、昨日の悪行を隠すかのように
俯き加減で座っている。
俺は思わずビクッとする。
まるで、罪人が裁かれる場に連れてこられたような気分だった。
疑問ばかりが頭に浮かんでくるが
それを聞く間もなく、社長は重々しい口調で話し始めた。
「昨日、テオくんから事情を聞いたよ。狭山くんにも話を聞いたら、嘘ばかりでね。オメガだと明かしていない翼くんに、発情誘発剤を染み込ませた氷を普通のジュースに忍ばせて強姦しようとした、計画的犯行だったそうだ」
(えっ、いや、怖……っ……氷が溶けて毒が回るみたいな手法……?!)
俺は、狭山の巧妙な手口に、背筋が凍った。
あまりにも用意周到で、悪質だった。
「あの、社長、俺はもう大丈夫ですので」
俺は、これ以上事を荒立てたくなくて、そう口にした。
「お前が大丈夫でも俺が大丈夫じゃない」
テオの視線が、鋭く冷たい。
その目は、俺に向けられているわけではないが
狭山に向けられた怒気が、俺にまで伝わってくるようだった。
「……」
狭山は、怯えた様子でテオを見ていたが、やがて視線を落とし
机の上の指先に視線を固定してしまった。
社長は、大きなため息をつくと、頭を抱えた。
そんな社長に同情するのと同時に、俺は恐る恐る、最も気になっていたことを尋ねてみた。
「……あの、俺って……やっぱり、オメガですし、クビになったりするんでしょうか」
「あぁ、それか…さっき狭山からも聞いたが、語弊がありすぎるぞ」
社長の言葉に、俺は驚いた。
どういうことですか?と聞くと
社長曰く
2年前に、ごくごく普通のΩ社員が二人ほど続けて寿退社したことがあったそうだ。
その退社祝いの挨拶で、社長が「今後とも仕事に集中できる環境にしたい」と発言したことをキッカケに、話がややこしくなったという。
社長は
「寿退社で人手が減ることへの対応」
という意味で言ったのに
それが
「Ωは寿退社するから使いにくいってこと?」
「やっぱりΩってだけで敬遠してるらしいよ」
と、大きく曲解されて噂が広まってしまったとのことだった。
さらに、Ω二人の退社後
新規採用でΩが通らなかったという偶発的な出来事も重なり
【Ωは今、採らない方針なんだって】
【社長が決めたらしいよ】
【つまり、オメガお断り……?】
という、決定的な誤解が社内に噂として広く浸透してしまったとのことだった。
「えっ、じゃあ俺がオメガなこと、別に社長に隠さなくてもよかったんですか……?!俺、てっきりクビにされるとばかり……っ」
俺は、これまで抱えていた不安が、全て誤解だったと知り、驚きと同時に安堵の息を吐いた。
「そうなるね……それも含めて本当にすまない」
社長は、心底申し訳なさそうに、頭を下げた。
「いえいえそんな……頭を上げてください……!俺が勝手に思い込んで勝手に勘違いしていただけなので」
まさか社長がそんな意図で言ったわけではなかったとは思わなかった。
完全に、俺の早とちりだったのだ。
しかも今回の件に関しては、俺に危機管理能力が無かったと言えど、全面的に悪いのは狭山だ。
「それで、その、狭山くんの処分は……」
俺がそう尋ねると、社長はきっぱりと
だが冷徹に言い放った。
「私としては、解雇でいいと思っている」
そして、腕を組みながら続ける。
「……私はアルファもベータもオメガも、平等に扱う方針なんだ。なのに、そんな社内の風紀を乱すような行為をするモデルがいるとなれば、示しがつかない」
社長の言葉には、一切の迷いがなかった。
「会社にとって利益にならない者を置いておく必要はないと思っている」
「まっ……待ってください社長!俺はまだ辞めたくありません!」
狭山は、顔を真っ青にして懇願した。
「辞めるも辞めないも、会社に迷惑をかけたのは紛れもない事実だ。それ相応の責任は取るべきだろう」
社長は、狭山の懇願を一蹴する。
「そっ、それは……!だって白鳥先輩こそ悦んでたんすよ?!」
「…この期に及んでまだそれを言うか」
その言葉に、俺は怒りで身体が震えた。
自分の非を認めず、まだ俺に責任を擦り付けようとする狭山に、俺は我慢の限界だった。
「狭山くん、俺は君のこと訴えるから……っ」
俺の言葉に、狭山は「え゛っ……?」と驚いたように顔を上げた。
俺は彼に冷たい視線を向けながら、はっきりと告げた。
「だって…あのとき、『あの絶対王者のテオさんの大切なオメガが他の男に寝取られたなんて知ったらだいぶ屈辱だと思いますし』って言いましたよね」
「それを理由に俺を犯そうとした時点で、テオに対する侮辱だと思っていますし、薬盛ってる時点で普通に犯罪ですから」
「まっ……待ってください!お願いします!反省してますから!もう二度としませんからぁ!」
狭山は、涙目になりながら土下座して謝る。
だが、その姿は、俺の目にはただ醜く映るだけだった。
俺は、ため息が出そうになるのを、必死に堪えた。
「まあ、そういうことだろう。狭山、君のことは即刻解雇する。白鳥くんも、訴えるなり警察に行って接近禁止命令出してもらうなりしてくれた方がいいが、番同士ならテオくんとも相談してみてくれ」
社長の言葉に、テオは突然話を振られて
少し困惑した様子を見せたが、すぐに表情を引き締め、言い放った。
「俺は狭山を庇う気は無いので、白鳥の判断に任せます」
「えぇっ!!テオさんまでぇ!!」
狭山の悲鳴にも似た声が響く。
「チッ…白々しんだよ」
テオの厳しい口調に、狭山は泣きそうになっていた。
自業自得だ、と俺は内心で呟いた。
それから3日後
狭山は荷物をまとめて会社を出ていった。
最後まで彼は俺たちに謝罪の言葉を口にしたが
テオも俺も、最後まで彼と口を聞こうとはしなかった。
彼の残した不快な余韻は、まだ拭い去れない。
その日の夜
テオの部屋のリビングにて、ソファに腰掛け
静かに寛いでいると、ふと疑問が頭をよぎった。
「あの、テオ、今更質問なんですが、テオは知ってたんですか?社長がオメガ嫌いだと誤解されていたこと」
「ああ、まぁな。1年前ぐらいにな」
テオは、まるで大したことではないとでも言うように、あっさりと答えた。
その態度に、俺の眉間に皺が寄る。
「じゃ、じゃあなんで俺に『俺と番契約するか、このことを社長にバラされてクビになるか選べ』とか言ったんですか?!」
俺は、思わず声を荒げた。
あの時の絶望感と、彼に有無を言わさず押し切られた屈辱が蘇る。
「そう言った方が逃げ道無くせると思っただけだ。現にお前はあの噂信じてたクチだろ?」
テオは、悪びれる様子もなく
俺の顔を覗き込むようにして言った。
その顔には、どこか悪戯っぽい笑みが浮かんでいる。
「そ、それは……そうですが……逃げ道無くすってヤクザみたいなことしないでくださいよ……」
俺は、半ば呆れたように言った。
「それだったら絶対俺テオのこと断ってましたよ」
「はあ?つっても今更解消なんてしてやんねーからな」
テオは、そう言って、隣に座る俺をぐっと抱き寄せた。
その腕の力強さに、俺は一瞬息を呑む。
「えっ……ちょっ……テオ?!」
突然のことに、俺の心臓は激しく脈打った。
慌てて彼から離れようと身体を捻るが
テオの腕は驚くほど強く、俺の腰をしっかりと捕らえて離さない。
まるで捕食者のように、逃がすまいとばかりに俺を固定するその力に身動き一つ取れない。
彼の顔が、ゆっくりと、だが確実に
俺の視界を埋め尽くしていく。
その瞳に映る自分の顔は、きっと間抜けなほどに呆然としているだろう。
そして、次の瞬間
柔らかく
それでいて熱を帯びた感触が、俺の唇を覆った。
(キス……?どうして今……?)
思考が一時停止する。
ただ、この勢いでは唇を重ねるだけでは済まない気がする――
そんな、ひどく現実的な予感が俺の頭をよぎった。
抵抗しても無駄だと本能的に悟り、俺は諦めてゆっくりと目を閉じた。
彼の唇が、俺のそれを優しく有無を言わさぬ力で押し開く。
そして、テオの舌が、躊躇いなく俺の口内へと侵入してきた。
熱い舌が、俺の口の中をゆっくりと
しかし確実に犯していく。
その甘美な、しかしどこか暴力的な感覚に
だんだん頭がボーッとしてきて
何も考えられなくなった。
思考の回路がショートしたかのように
ただただ、彼の熱だけが俺の身体の奥深くまで染み渡っていくのを感じる。
どれくらいの時間が経っただろうか。
永遠にも思える長いキスの後、テオがゆっくりと唇を離した。
二人の間には、まるで蜘蛛の糸のように、透明な唾液の糸が引いていた。
彼はそれを、まるで当然のようにペロリと舌で舐め取った。
その仕草は、ひどく妖艶で俺の胸はドキリと跳ねた。
彼の瞳は、先ほどまでの情熱を宿したまま俺を射抜くように見つめている。
「テオ……?俺、今発情期じゃないので、そんなに施してもらわなくても……」
震える声で、彼の名前を呼んだ瞬間
テオの表情がハッとしたように変わった。
まるで我に返ったかのように、彼は突然俺から距離を取った。
(あっ……)
テオは、自分がしたことに驚いているようだった。
いつも完璧で、感情の揺れを見せない彼が
こんなにも動揺した顔を見せるなんて、俺は初めて見た。
少し焦ったように、彼は口を開く。
「あぁ、悪い」
それから、重苦しい沈黙が数秒続いた。
その沈黙に耐えきれず、俺が何か言葉を探していると
テオはズボンのポケットに手を入れ、唐突に立ち上がった。
「ちょっとタバコ買ってくる」
「え?あっ、はい……」
俺が返事をすると、彼はまるで逃げるように足早にリビングを出て行った。
(なに、今の……テオのことだから、昔みたいに『タバコ買ってこい』とか頼むと思ったのに、自分で買いに行くとか、なんか……)
彼のあまりにも不自然な行動に、俺はただ戸惑うばかりだった。
いつも冷静沈着で、感情を表に出すことなど滅多にない彼が
あんなにも動揺した顔を見せるなんて、本当に珍しい。
もしかしたら初めて見た光景かもしれない。
それから数十分後
テオが帰ってきた。
リビングには、先ほどの出来事のせいで、なんとなく気まずい空気が流れてしまっていた。
その沈黙に耐えられず、俺はリモコンを手に取り、テレビの音量を少し大きくした。
しかし、その音量も、二人の間の張り詰めた空気を打ち破るには至らない。
まるで透明な壁があるかのように、俺たちの間には距離ができてしまったようだった。
それから、テオが風呂に入っている間も
先ほどのキスのことや、彼の動揺した表情がずっと頭から離れずにいた。
彼のあの反応が何を意味するのか
俺には全く分からなかった。
ただ、テオのことをこんなにも考えてしまう自分にも驚くが
胸の奥には、説明のつかないざわめきが残っていた。
ソファで深い思考の淵に沈んでいた俺が、ふと顔を上げたとき
テオが、いつの間にか俺の横に立っていた。
湯気を纏った彼の身体は、リビングの照明に照らされ、どこか幻想的に見えた。
その姿は、まるで絵画のようで
俺は思わず、ソファから立ち上がってカバンの中をゴソゴソし
何千枚もテオの姿を収めてきた愛用の一眼レフカメラを取り出した。
そして、部屋着に着替えて
濡れた髪から水滴がよく滴っているテオに向けて
後ろからこっそりとカメラを構えた、その時
テオが立ち上がり、こちらに振り向いた。
「おい」
「へっ……?!」
突然の声に、俺は情けない変な声を出してしまった。
テオは、そんな俺の反応に、いつもの呆れ顔を向けてきた。
その表情は、少しだけ、先ほどまでの気まずさを和らげてくれたような気がした。
「お前、絶対今俺のこと撮ろうとしてたろ?」
「あー…その……」
図星を突かれ、俺は言葉に詰まる。
「バレバレなんだよ、ったく……髪乾かしてぇからはよしろ」
テオはため息混じりにそう言った。
その言葉に、俺の頭の中は疑問符でいっぱいになった。
「……って、え?撮っていいってことですか?」
「……別に、減るもんじゃねぇしいつも撮ってんだろ」
テオはそう言うと、ソファにゆったりと座った。
その言葉に、俺のテンションは一気に跳ね上がった。
この絶好の機会を逃してはたまらないと、俺もテオの隣まで移動し
彼の前でカメラを構えた。
シャッターを切るたびに、彼の完璧な顔立ちがレンズ越しに映し出される。
俺は、あらゆる角度から、何枚も何枚も彼の姿を収めていった。
「テオ、めちゃくちゃいい画です…」
さすがはオメガが抱かれたい男No.1なだけはある
「あっ、この角度もいいです!」
興奮して声を上げていると、テオが呆れたように口を開いた。
「おい、もういいだろ?さっきから10回以上はパシャパシャ聞こえんだけど」
「あ、あと1枚だけお願いします!」
そんな俺を、テオはただ黙って見ていた。
その後、たくさん撮らせてもらったお礼にと
俺はテオの髪をドライヤーで丁寧に乾かし
さらに、これまた丁寧にスキンケアをしてあげた。
彼の肌は、近くで見ると本当にきめ細やかで
触れるたびに吸い付くような感触があった。
そんな風に彼を労っていると、テオはいつの間にか俺の膝に頭を乗せる形で
すうすうと寝息を立て始めた。
(ああ、顔面国宝が俺の膝で寝てる……っ)
俺はその顔面国宝とも言える寝顔に眼福しながら
そっとカメラをテーブルの上に置いた。
動くに動けないといった感じで、テオの髪を恐る恐る撫でているうちに
俺も段々眠くなってきて、気がついたら
ソファの背もたれに身を預け、カクンッと眠りに落ちていた。
翌朝、土曜日
俺とテオは、ほぼ同時に目を覚ました。
目を開けると、すぐそこに彼の寝顔があり
少しだけドキリとする。
「昨日急にテオが俺の膝で寝落ちるんですから、なんでここで寝てんだよとかは言わないでくださいよ?」
俺が少し拗ねたように言うと、テオは大きく伸びをした。