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第4章:並行する旅
海沿いの風は冷たく、塩の匂いが鼻を刺した。
カイは昼猫ソラスの白い背中を追いながら、廃れた沿岸の村を抜けていく。
かつて漁港として栄えたこの場所も、今は錆びた錨と割れた樽が浜辺に転がるだけだった。
道端に立つ老漁師が、カイをじっと見て声をかける。
「坊主、その猫……見えるのか」
「……ああ」
「なら、お前は選ばれたんだ。気ぃつけな」
理由を問おうとした瞬間、ソラスが振り返り、尾を一振りして再び歩き出す。
漁師の瞳に浮かんだ恐れの色が、カイの胸に小さな棘を残した。
海沿いの崖道を越えると、風の音に混じって遠くで鐘のような音が響いた。
それは幼い頃の記憶をくすぐるような音色だったが、何を思い出しかけたのか分からないまま、ソラスの足跡を追った。
その頃、深い森の小径を、リシアは夜猫ルナと歩いていた。
昼は鳥のさえずりと木漏れ日が降り注ぐ穏やかな道も、夕暮れになると森は急に冷たくなる。
途中、小さな村で薬草を分けた礼に温かいスープをもらい、村人からこんな話を聞いた。
「黒い猫を見かけたら、それは夜の使いよ。ついていけば大事なものに会えるわ。けど、同時に何かを失うの」
「何かを……失う?」
「そう。それはあなたにとって本当に必要なものかもしれないわね」
その言葉に、リシアの胸がざわついた。夢の中の少年の顔が、また思い浮かぶ。
村を離れる頃には、月が森の隙間から覗いていた。ルナは足音も立てず、ただ前だけを見て進む。
ふと、リシアは背後に気配を感じて振り返った。遠くの木陰に、あの灰色の外套の影――エルデがいた。
目が合った瞬間、彼は軽く会釈をし、森の闇に溶けた。
カイは沿岸の崖道を抜け、小さな灯台跡に辿り着く。
灯台の中は空っぽだが、床に刻まれた古い印が目に留まった。
円の中心に、二匹の猫の形。
ソラスがその上に座り、じっと扉のある丘の方向を見つめている。
リシアは森を抜け、小さな川を渡った。
橋の袂の石碑に、同じ猫の刻印があった。
ルナがその前で立ち止まり、月を見上げる。
まだ互いの存在を知らない二人は、同じ刻印を胸に刻み、別々の道を進み続けた。
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