コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
※
わたしと晴友くんの騒ぎの余韻も治まったところで…
「よーし、じゃあこれから気を取り直して打ち上げと行こうか!!
今日はお店の売り上げも予想以上だったし、ご褒美、奮発しちゃうよぉ」
と祥子さんが提案してくれて、わたしたちは今度はお客として夜のサマーフェストに繰り出すことになった。
みんな大喜びだったんだけれども、例外が一人…。
「この時間からっ?!き、キミ、日菜にそんなことさせていいと思ってるのか…!」
お兄ちゃんがすっかり暗くなっている外を指差して慌てた。
「って…あなた部外者でしょ?いつまでいるんですか、早くお帰り下さい?」
「日菜を置いて帰れるかっ!いいか、日菜っ!お前がどうしてもと言うからそいつとの交際をとりあえず試験的に認めてはいるが…すこしでもふしだらな交流をしたら速攻近づかないようにさせると約束したの、忘れたか!?」
『晴友くんとのお付き合いを認めてくれなかったら、絶交する』と訴え(脅し)て、どうにか交際を認めてもらったものの、お兄ちゃんの干渉はよりいっそう激しくなり…さっきからずっとこんな調子。
結局、打ち上げもついて来ることになった。
「しっかし、ここまでのシスコンは初めてだわ」
完璧に呆れかえりながら、祥子さんがわたしと晴友くんの後ろにぴったりとついて歩くお兄ちゃんを横目で見た。
『ご褒美』のお小遣いをもらうと、いつの間にか拓弥くんと美南ちゃんはいなくなっていて、わたしと晴友くん、祥子さん暁さん、そしてお兄ちゃんで歩いていた。
「ここまでくれば病気ね。ま、日菜ちゃんの可愛さを考えると無理もない話だけれど。おかげで、こちらも日菜ちゃんが来てからというもの収益の伸び率がうなぎ上りで…ぐふふふ」
そんな祥子さんを、今度はお兄ちゃんが横目で見る。
「こう姉がガメツイと、弟が図々しいのもうなづけるな。日菜、おまえが経営を担っても、こういう輩にはなっちゃだめだぞ」
「う、あ、はぁ…」
晴友くんはさっきから黙って聞いていた。
けど、ちょっと眉間の皺の深さが増しているような…。
「だいいち日菜はな、俺が認めた優秀なパティシエじゃないとだめなんだ。じゃないと、極上スイーツを好きなだけ食べさせてあげられないだろう?」
「……じゃあ、俺じゃだめすか」
「だめだ」
「ろくに試もしないで否定するの、やめてもらえます?」
「ほう、ずいぶんな物言いだなぁ…」
うう…ふたりの間に炎が見えるのはわたしだけかな…。
「日菜ちゃん、日菜ちゃん」
そこへ暁さんが耳打ちしてくる。
さっきから祥子さんとお兄ちゃんがずっと言い合いしているのを、暁さんらしくなく不機嫌そうに見守っていたけれど…
「このあと花火が打ち上がるの知ってるよね?」
「あ、はい」
ベイエリアサマーフェストの締めは、海上から打ち上げられる数万発の花火だ。
「お兄さんはきっと知らないと思うからさ、花火にびっくりしているうちに、まいちゃおっか」
「え?」
「俺は祥子さんを連れて行くから、日菜ちゃんは晴友と、ね」
「え…」
「お兄さんかわいそうだけれど、仕方がない。ほら、そろそろ時間だ」
そこで、どん、と夜空が鳴った。
お兄ちゃんが夜空を見上げたすきに、暁さんがびっくりしている祥子さんを連れて人混みにまぎれていく。
わ、わたしも早く行かなきゃ…と思ったら、
「…きゃっ…!」
晴友くんも同じこと考えてたみたい。
「行くぞ、日菜」
と、ちょっと悪い笑みを浮かべて、わたしの手を強く引いて人ごみの中へ走った。
「日菜!?どこへ…!待ちなさいっ!」
ごめんね、お兄ちゃん!!
でも…やった…!
これからが本当のデートだっ。
※
しばらく走ったところで、わたしと晴友くんは立ち止まった。
「ここまでくればいいかなっ」
「ああ。って、大丈夫だったか?」
「大丈夫、大丈夫!」
とは言ってみせたものの、帰った後のくどくど説教がゆううつだな…。
夜空には、いよいよ花火が本格的に盛大になっていく。
海上に開いた花が海面にも映って、華やかな輝きが海岸全体に降りそそぐ。
すごく、綺麗…。
隣を見ると、同じように見上げている晴友くんのきれいな横顔。
その手は、かたくわたしの手を握ってくれている…。
これからずっと、握っていられるんだな…。
そう思うとうれしくて、花火が華やかに開くとともに、ゆううつも吹き飛んでいく気がした。
「もうすこしよく見えるところに行こうか」
「…うん」
手をつないだまま、ところせましと並んでいる出店の合間をふたりで行く。
いたる所から、美味しそうな匂いが漂ってくる。
「そういや腹減ったな。何か買って行くか?」
「うん…夕食まだだったしね…」
「どれも美味そう…お、海鮮焼パスタ?日菜、これ食」
「わたし、これ食べたい!」
と、つい興奮して指差したのは、
「わた飴?」
「だって、お祭りと言えば、わた飴でしょ?」
晴友くんは「そうか?」と言う顔をしたけれど、「ああー」とすぐに納得した。
「じゃあその次はリンゴ飴か?」
「そう!すごい、どうして解かったの?」
「そりゃ解かるっての」と苦笑すると、晴友くんはわた飴を買うのに付き合ってくれた。
そして、出店から少し離れた砂浜に行って、並んで腰をおろした。
花火がよく見える場所は先に人にとられていたけれど、ここなら代わりにゆっくりできる。
「いただきまーす」
腰を下ろすなり、割り箸にハートの形になって刺さっているわた飴にかぶりついた。
「うーん、ふんわりあまーい!」
「おまえ、おにぎりでもかぶりつくみたいに食うな」
「ええ、そう?」
がっついてたかな…?
今さら気にしても仕方ないけど…。
「は、晴友くんも、食べる?」
恥ずかし紛れに、わたしは晴友くんにわた飴を差し出した。
「いいのか?」
「ん」
「…じゃあ」
晴友くんの手が、わた飴を持つわたしの手を取った。
そして、繋いだままでいたもう片方の手も、ぎゅっと握られる。
「…!」
晴友くんのきれいな顔が近づいて唇を付けたのは、
わた飴じゃなくて
わたしの唇だった。
わ…
思いがけない、ファーストキス。
時が止まったかと思った。
全身の意識が、晴友くんのやわらかい唇に集中していた…。
「…やっぱ甘いな、おまえの唇」
花火の音も人の賑わいも全部シャットアウトされた中で、晴友くんのかすれた声だけが聞こえた。
そして、もう一度、重ねられる。
今度は少し長く、ついばむように、味わうように…。
「ん…っ」
胸がとろけそうに甘く高鳴った。
きっと、どんなスイーツを食べたって、こんな甘さは味わえない、ってくらい。
「…覚悟しろよ。俺の独占欲は、兄貴以上に半端ねぇぞ」
低く甘くささやかれた言葉に、わたしはうつむきながら深くうなづいた。
「…平気だよ…。だって、ずっとずっと、こんな日を望んでいたんだもん…」
「それを言うなら、俺だって同じだ」
身体が火照る…。
今までの晴友くんの言葉や行動が、溢れるようによみがえってくる。
「…じゃあ一緒に働いている時に、イジワルなことをしてきたのはどうしてなの…?」
「そ、それは…」
顔を赤くさせて、口ごもる晴友くん。
「…晴友くんは、その…いつからわたしのことが…好き…だったの…??」
「い、いいじゃねぇか、そんなこと」
「よくないよ…。だって、こんなにしあわせなら、もっと前から『好き』って打ち明けていたかったから…」
ぽつり、と言うと、晴友くんは一瞬口ごもって、そして、参ったように額に手を当てた。
「…ああくそ、調子狂う。おまえ、無自覚でストレートだよな…」
…どういうこと?
首をかしげて見上げると、晴友くんは、
「ほら、そういうとこだよ…」
と、赤い顔で視線をそらした。
「…ったく…おまえといると、ほんと調子狂うよ…。俺をこんなに振り回しやがって…」
フッ、と降参するように溜息をつくと、晴友くんは微笑んだ。
「たしかに、凌輔さんの言う通り、パティシエとしての実力がない俺は、まだまだおまえには不釣合いだ。パティシエになって、もっともっともっと磨かないと、あの人からは認めてもらえないかもしれない。でも…必ずなってみせるよ。凌輔さんを超えるパティシエに。おまえが見守ってくれるんなら、俺はどこまでだって頑張れる気がするから」
晴友くん…。
「日菜。おまえは、俺だけのものだからな」
はい…。
とうなづいて、わたしは大好きな彼の胸に頬をすり寄せた。
甘いものが大好きなわたしだけれど、こんなに甘い想いに満たされたのは初めて。
やっと、やっと叶った。
わたしの初めて、大切な大きな片想い。
今、同じように想いを持ってくれている晴友くんに満たされて、さすがのわたしも、もうお腹いっぱいで、とろけてしまいそう…。
それでも。
それでもわたしは、望んでしまう。
大好きな、わたしだけのパティシエさま。
これから先も、ご注文は甘い甘い恋を…。
「晴友くん…」
「ん…」
「大好き…」
言葉の代わりに落ちてきたくちづけは、またわたしを、甘いしあわせにとろけさせてくれた。