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「ところで、常春や、その姿はどうしたのだい?」
守近が、不思議そうに言った。徳子《なりこ》も、何事かと、常春を見ている。
そう、内大臣家の火災で、牛の若に乗った常春は、燃え盛る門を潜りぬけた。そして、髪も、衣も、チリチリと、燃えたのだ。
おそらく、顔は、煤《すす》で汚れていることだろう。自分の姿をうっかり、忘れていた常春は、返事に詰まった。
別に隠すことはないのだろうが、牛に股がって、日の輪潜りをしたなどと、言えるわけがない。
「あっ、これは、守孝様と内大臣家に滞在しており、皆様の救出をしていたところ……」
「おや、守孝と?!夜更けに、なぜ一緒だったのだい?」
守近は、完全に常春のことを不審に思っている。橘の話から、守近も、関与を認めてはいるようだが、常春が、知っているはずはと、疑いの目を向けているのかもしれない。
ここは、気をそらさなければ。守満《もりみつ》は、由としても、徳子がいる。
「あっ、あ、それは、紗奈と、お屋敷を抜け出して菓子を買いに向かっていたところ、守孝様の牛車《くるま》と、かち合いまして、夜道は危ないと、結局、内大臣様のお屋敷へ……」
なんだ、これは。まるで、守孝様じゃないか。と、常春は、思いつつ、これが、精一杯の言い訳だった。
「あらまあ、菓子を!そんなに、ひもじい思いをさせていたのですね」
と、徳子は、少し、寂しげな顔をする。
「いえ!!!紗奈が、食い意地がはっていて!!それでっ!!」
確かにそうね、紗奈ったら、いつも、なにか、口にしているものねぇ。うんうんと、何故か、徳子は、納得している。
「いや、ちょっと待ってください!父上も、母上も、夜更けに、など、不自然ではないですかっ!!!」
守満が、肩を怒らせ口を挟んで来た。
何がいいたいんですかっ!今度わっっ!と、常春は、内心で、叫びつつ、いや、不自然ではなくして、と、口ごもった。
「兄と妹と、いえども、腹違い。男女が夜更けになど!これは、二人が夫婦になってもおかしくはありません!やはり、常春!お前!抜け駆けかっ!」
守満は、キッと、常春を睨み付けると、即座に、守近と徳子に平伏した。
「父上、母上、この場にて、お話することではございませんが、事は、急を要します!私、守満は、紗奈を娶りとうございます!どうか、お許しを!」
常春よりも、この守満の方が、断然、紗奈には条件も良い、などと、弁を振るってくれた。
いや、許すも許さないも、そもそも、紗奈とは、兄妹《きょうだい》。確かに、腹違いならば、夫婦になれるのですけどね、そうゆう問題ではないでしょうがっ!と、常春は、今度こそ、叫びそうになっていた。
しかし、子供の頃より、仕える身の上が、邪魔をしてか、
「あー!守孝様も、紗奈が、欲しいと、そんな、野菜の叩き売りじゃあるまいし、一度に、言われたら、兄として、頭にも来ます!違いますか、守近様!」
「なに?!守孝がっ!」
「あら、守孝様が。そうね、紗奈とは、長い付き合いだものねぇ」
「なっ!なんですと!中将のおじ上様がっ!!」
せっかく、気を逸らしたはずが、誰一人、常春の格好どころか、常春自体にも、目をくれず、やいのやいのと、紗奈のことで盛り上がり始めた。
「うん、よし、わかった。ここは、ハッキリさせるためにも、守孝に話を聞こう。それからだな」
「それが、ようございます。守孝様の真のお気持ち、守近様、よう聞いて来てくださいましね。紗奈は、娘同然なのですから」
徳子が、守近へ意見する。
「うん、そうですねぇ。しかし、紗奈に、ここまで、想いを寄せる者がいたとはなぁ。私も、参加しましょうかねぇ」
「あらあら、聞き捨てなりませんこと」
ホホホ、ハハハと、守近徳子夫婦は、笑い合っている。
「おお、このような、夫婦に、いずれ、私も、紗奈と……」
守満は、両親の姿を見て、感慨に浸っているが……。
いやー!待った!そこっ!!!
と、常春は、どうしても叫びたい。
だが、やはり、身に染みた、従者癖が邪魔をして、はははと、一緒に笑ってしまっていた。もちろん、その顔は、引きっているのだが……。
そして、
「では、守孝様のお屋敷へ。牛車《くるま》の用意をして参ります」
などと、言って、房《へや》を出る自分を、情けなく思ってしまう。しかし、これは、絶好の機会ではないか。
守孝の屋敷へ向かい、口裏合わせができると、常春の折れた心は、持ち直した。