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*****


「おい……大丈夫か?」

出社した私を見るなり、充さんが言った。

「何がです?」

「何がって……ひでぇ顔してるぞ」


ひどい顔、ひどい顔って……真も充さんも何なのよ!


ただでさえ不機嫌な私は、ますます機嫌を損ねた。

「寝不足なだけです! それよりも——」

私は充さんに蒼からの情報を伝えた。

「あのお嬢様……なかなかの情報通だったってわけか」

話し終えると、充さんが難しい顔をして言った。

「で、お前のその顔か……」

「私の顔は関係ないでしょう!」

「いや、冗談抜きで。お前自分がどんな顔してるかわかってないのか? そんな殺気むき出しで宮内に会うなよ」


え……?


「そんなんで明日のパーティー、大丈夫かよ。今のお前の形相じゃ、お嬢様を見るなり喉笛に噛みつきそうだぞ」


そんなにひどい?


私は自分の頬に手を当てた。

「獣じゃあるまいし——」

「いや、獣そのものって顔だよ。嫉妬に狂った『メス』の顔」


嫉妬に狂った……。


私は痛みを感じるほど強く、歯を噛み合わせた。

今は私情を挟んでいる場合じゃない。

「それより、社長の仲間に心当たりはありますか?」

「ああ……」

充さんは迷いなく三名を挙げた。

T&N観光専務、大河内豊。

T&N観光営業部長、内藤仁。

T&N開発常務、柿崎良平。

「この三人は内藤社長の口利きで入社している。社長がT&Nに入る前からの付き合いのようだ。三人とも取締役で株保有者だ」

私はメモを取り、侑にメッセージで同じ内容を伝えた。

「充さんは……内藤社長のことを伯父さんとは呼ばないんですね?」

私は前から気になっていたことを聞いた。

「ん?」

「いえ、蒼は『広正伯父さん』と呼ぶので……」

「ああ」と言った充さんの表情が曇る。

「今の情報といい、今回の事件以前にも何かあったんですか?」

「まぁ、座れ」と促されて、私は応接用ソファに座った。

充さんもデスクから移動し、上座に座った。

「内藤社長について、蒼から何か聞いているか?」

「会長のお姉さまとの結婚は内藤社長の本意ではなかったと……」

「そうだ。伯母は社長と結婚する前に一度結婚していた。俺が生まれた頃にご主人を事故で亡くしている。それから数年、伯母はショックで自宅に引きこもっていたと聞く。だが、俺を生んだばかりの母が体調を崩して入院していた時、俺の世話をしてくれていたんだ。伯母が社長と結婚するまで、俺にとっては母親代わりだった」


伯母さまが内藤社長と結婚した時期と、お母さまが亡くなられた時期って、同じ頃じゃ——。


ふと、そう思った。

「伯母と結婚する前、社長は実家の旅行会社の二代目社長をしていた。だが、ツアー先でバスが事故を起こし、死者を出してしまった。事故自体は保険で処理出来たらしいが、信用を失った会社は瞬く間に傾いた。詳しい経緯はわからないが、資金繰りに困った社長が親父を頼り、親父は伯母との結婚を条件に社長の旅行会社を吸収合併し、T&N観光を立ち上げた」

「どうして会長はお姉さまと内藤社長を?」

「内藤社長が亡くなった伯母のご主人に似ていたんだそうだ」

「そんな……」

「社長に同情しなくもないが、親父の引け目につけ入って、社長はこれまでも散々会社を食い物にしてきた。俺が観光に入ったのは伯母の願いからだ。社長が悪事を働くようなことがあれば、会社を守って欲しいと……」

「伯母さまは……」と言いかけて、私は迷った。

私の迷いを察して、充さんが先を続けた。

「知っているかもしれないな」

部屋の外が騒がしくなった。明日のパーティーの準備に、秘書室が駆り出されているのだろう。

「社長の隠し子まではわからないが、愛人の存在は知っているかもしれない。仲間を集めて、T&Nを乗っ取ろうとしていることも」


伯母さまはすべて知っているのではないだろうか……。


漠然と、そんな気がした。

「これまでにも親父に取って替わろうとしたことがあった。今回ほどのことではなかったから俺の方で妨害してきたが」

「充さんが和泉社長を糾弾するように仕向けたのは、内藤社長?」

「ああ……」


だから、取締役会以降は動かなかったのか……。


「社長は、本当は俺を取り込もうとしたんだよ。だから、早々に副社長の椅子を与えた。けど、俺は歯向かった」

「充さんは……」と言いかけて、私はまた迷った。

そして、言葉を飲み込んだ。


聞いても、どうすることも出来ない……。


「副社長、会議の十五分前です。遅れないでくださいね」

私は副社長室を出た。

秘書室に戻ると、タイミングの悪いことに宮内が一人でいた。

いや、タイミングが良かったのかもしれない。蒼や充さんが何て言っても、私は宮内に興味があったし、二人で話してみたいと思っていた。

「お疲れ様です」と、私は挨拶をした。

「お疲れ様です」と、宮内が挨拶を返す。

宮内のデスクは私の向かい側で、二席隣。

私は自分のデスクに座り、スリープモードのパソコンを目覚めさせた。

ディスプレイに現れたのは、見慣れたトップ画面ではなく、雪の結晶がくるくると回る映像。

ウイルスだ。

宮内の仕業なのは明らかで、宮内が私の反応を眺めていることもわかっていたが、私はディスプレイから目を逸らさずにキーボードを数回叩いた。

パソコンが唸り声を上げて、再起動を始める。

「お見事」と、宮内が嬉しそうに言った。

「どうも」と、私は無表情で言う。

「お父さまは会議室に向かわれましたか?」

「さぁ? 父には母がついていますから」


隠す気はない……か。


パソコンが正常に再起動したことを確認して、私は宮内を見た。宮内も私を見ていた。楽しそうに。

「時間もないし、単刀直入に聞くけど……」

「はい?」

「目的は?」

「本当に、単刀直入ですね?」

「そう言ったでしょう?」

宮内は眼鏡を外してデスクに置いた。伊達眼鏡だろう。眼鏡を外した宮内は、掛けている時よりも若く見えた。

「一、T&Nの乗っ取り。二、T&Nの崩壊。三、成瀬咲」

宮内はニッコリ笑った。

「どれだと思います?」

「その三つに正解があるとは限らないでしょう?」

「ありますよ。それは約束します」

廊下で話し声が聞こえ、宮内が眼鏡を掛け直した。

「どれかわかったら教えてください」

そう言った宮内の表情は穏やかだったが、目は笑っていなかった。むしろ、敵意に満ちた、見るものを凍てつかせるような視線。

秘書室のドアが開き、女子社員が二人、疲れた顔で入って来た。

女は秘密の香りで獣になる

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