「まあでも、奈美ちゃん、気を付けなよ?」
「え? 何を?」
彼女が奈美の顔に近付け、周囲に聞こえないように、口元を手で覆った。
「谷岡さん、女癖が相当悪いっていう噂だよ。奈美ちゃんの事を最近綺麗になったって言うほどだし、そういう目で見てるって事も、なきにしもあらずでしょ?」
「ん〜…………よく分からないけどさ……」
「そうだって! 奈美ちゃん、男女の事は鈍感そうだし」
過去に付き合った彼氏が一人しかいない事もあり、他の女性から見たら、奈美は色恋に疎く見えるのだろう。
そこまで言われてしまうと、悲しいかな、何も返す言葉がない。
それから、と、彼女はまだ話したい事があるらしく、矢継ぎ早で言葉を投げた。
「前に、谷岡さんを立川駅周辺で何度か見かけた事があって、毎回違う女の人と一緒にいたんだよね。あの上司は結構カッコいいし、モテるみたいだけど……。とにかく、奈美ちゃん、気を付けなよ?」
同期の子が、奈美の肩をポンっと軽く叩く。
(まぁ確かに谷岡さんは私のタイプではないけど、カッコいい系統なのかもしれない。芸能人に例えるなら誰だろう? 芸能人よりも、スポーツ選手かな……)
少なくとも、奈美の好みの男性のタイプである『強面のオラオラ俺様系』ではないのは確かだ。
知らなかった上司の事や、奈美の事をネタにされているうちに、午後の始業開始時刻を知らせるチャイムが鳴り、奈美は作業場へと向かった。
午後の仕事は検査業務。
カートリッジにキズや不備がないか、トナー漏れがしてないか確認した後、良品の製品に検査済みのラベルを貼っていく。
受注数はトータルで五千個。
これを来週の金曜日までに、向陽商会宛へ発送しなければならない。
今回は正式な案件となって初の受注なので、普段よりも慎重に検査業務を行い、不備があったものは別にしておき、後で谷岡に確認してもらう。
目視で検査するので目が疲れるけど、今日は金曜日。
残り半日、奈美は気合を入れて、作業を進めていった。
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