テラーノベル
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夜会帰りの馬車の中で、ナイジェルは革表紙の手帳を開いていた。
揺れる車内では文字を書きにくい。膝の上で手帳を押さえ、翌朝になれば不要になる記述を読み返す。次の登校日、林に挟まれた街道、アシュフォード家の馬車。灰狼傭兵団へ渡した情報にぬかりはない。
襲撃が終われば、このページは処分する。灰狼傭兵団は軍用魔法で二人を殺した後、姿と物音を消して退く。依頼した側へたどり着く証拠は、これで残らない。
ナイジェルは手帳を閉じ、上着の内側へ戻した。
レオポルドを失ったのは王太子派にとって痛手だったが、代わりに自分の働きを殿下へ示す機会が生まれた。武術に秀でた男爵令息であろうと、軍用魔法で馬車ごと攻撃されれば抵抗などできない。妹も同じ馬車に乗っている以上、一度で片づく。
殿下の怒りを、実行できる計画へ変えたのは自分だ。灰狼傭兵団が仕事を終えれば、殿下もその価値を認めざるを得ない。これは、卒業後の出世にも繋がる。
車輪が深い轍を踏み、馬車が大きく揺れた。
「もう少し静かに走れないのか」
「申し訳ございません。森へ入ってから道が悪くなっております」
御者の返事に、ナイジェルは舌打ちした。王都からそれほど離れていないのに、街道の整備さえ満足に行われていない。自分が王太子の側近として地位を得れば、このような不便も役人へ命じるだけで改めさせられる。
窓の外には木々と暗闇しか見えなかった。人家も、行き交う馬車の灯りもない。
誰にも見られずアーサー達を始末するには、よい場所だ。
計画中の襲撃を思い浮かべた。自分がその場を見ることはない。殿下へ成功を報告すればよい。それこそが、危険を引き受ける者と、使う者との違いだとほくそ笑む。
やがて深い森の間を通る道に入った。
アーサーは黒い青毛の馬を木々の陰に止め、風魔法によって集音し遠くから近づく車輪の音を聞いていた。月は雲に隠れ、街道に人影はない。報告どおりなら、まもなくナイジェルの馬車が来る。
「対象を確認しろ」
屋敷でマチルダと話す時の柔らかさは、もうアーサーの声にはなかった。実戦に入った彼は必要な命令だけを告げる軍人の話し方になる。
クララは街道を見据えたまま答えた。
「紋章、車体、御者、全て報告と一致します。車内はナイジェル・フェアファクスです」
馬車が近づいてくる。アーサーは光魔法で視力を増幅し、自分でも確認する。扉にはフェアファクス伯爵家の紋章があり、御者台には一人の男が座っていた。
彼は黒い青毛の馬から下り、ソードウルフを鞘から抜いた。白銀の刀身が、わずかな月明かりを受ける。
ナイジェルは王太子の命令を傭兵団へつなぎ、マチルダを殺す日時と場所を決めた。事情を聞く必要はない。計画を立案、実行できる立場にいる者を残せば、次は違う手段を選ぶだけだ。
「クララ、退避」
「了解」
赤い鎧が鹿毛の馬を下げた。アーサーはソードウルフの切っ先を街道へ向け、剣に保存された土の術式を起動する。
「《グランド・デトネーション》」
馬車が盆地の底へ入った瞬間、地面の下で魔力が爆発した。床が跳ね上がり、ナイジェルは座席から投げ出される。
地中で土の魔力を爆発させる、この威力。自分が灰狼傭兵団へ使わせるはずだった《グランド・デトネーション》に間違いない。
『なぜ、今ここで自分が狙われる』
灰狼傭兵団が裏切ったのか。だが、依頼を果たす前に手配した者を殺す理由などない。まさか、計画が漏れて――。
ナイジェルが考え終える前に、馬車は横転した。砕けた車体と土砂が重なり、その意識も途切れた。
アーサーは土煙が薄れるのを待った。街道には大きな穴が残り、馬と馬車は原形を失っている。車輪の破片が穴の縁に刺さり、フェアファクス伯爵家の紋章も形を保ってはいない。
彼は剣に付いた土を一度払い、鞘へ戻した。
「全員の死亡を確認後、適切に処理しろ」
「確認後、処理します」
「夜明けまでに戻れ」
「了解」
百鬼清風
863
#イケメン
高遠すばる
1,329
#初小説
鬼卍。
70
クララは鹿毛の馬から下り、崩れた街道へ向かう。アーサーは振り返らず黒い青毛の馬へ乗り、王都への道を戻った。
コメント
1件
いやあ、ナイジェルの自己陶酔的な計画と、それをそっくりそのまま被る形で返された展開がたまらなかったです。「自分が使う側」と思ってた人間が、まさにその魔法で叩き潰される——構造としてこれ以上なく綺麗な因果応報でした。アーサーがマチルダと話す時の柔らかさと実戦の冷酷さを切り替えるのも、キャラの厚みが出てて好きです。