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ラモード王国の王都であるアンジュショコラを出てから、馬車の中にはどこか気まずい雰囲気が残っていた。
コウカはあの時のような様子は霧散していつもの彼女へと戻っていたが私、コウカの2人とヒバナ、シズクの2人との間に会話はない。
ヒバナはただボーっと窓から流れる景色を眺めているか、本を読んでいるシズクの膝を枕にして寝転び、優しく頭を撫でてもらっている。
ノドカは相変わらず馬車の中でずっと寝ているし、ダンゴからは代わり映えのしない馬車の旅に飽き飽きしている様子が感じられ、私たちに遊んでもらおうとアプローチしているか、ヒバナのように窓から外の景色をジッと見ていた。
そんな聖教騎士団との馬車の旅は5日で終わった。
よく訓練された馬なのだろう、1日で移動できる量が今までに乗った馬車とは比べものにならないほどのものだった。
まず2日でラモード王国からミンネ聖教国の国境を越えた。
とは言ってもキスヴァス共和国とラモード王国の街並みがそれほど変わらなかったように、ラモード王国とミンネ聖教国でも大きく変わったようには見えない。
国境を越える前に検問所に差し掛からなかったら、気付けなかっただろう。
ただ街並みは大きく変わらないが、ミンネ聖教国という国だけあって街の中に大きな教会があり、ミンネ聖教の教会が掲げている旗と同じ旗が街の至る所で掲げられている。
ミンネ聖教は戒律というものがほとんど存在していないも同然らしいので、結局のところ他の国の生活とあまり変わらないのかもしれないが。
だが馬車の外で休憩して、見えた景色の中に驚愕したものがある。
私たちが向かおうとしている聖都の方面、山々の先にとても大きな樹が見えたのだ。
近くにいた騎士に聞くと、あれが世界樹であると教えられた。
聖都へ近づくごとにその樹はその存在感を増していく。
そしてついにミンネ聖教会の総本山である聖都ニュンフェハイムに辿り着いた時に、間近で世界樹を見ることができた。
とても大きいというレベルではないこの樹が、世界中に魔力を運んでいる樹なのだ。
今までに見たことのないスケールのものを見た私の興奮は凄まじかった。
「なんだか、この場所は少し落ち着きます」
コウカが深く深呼吸をしている。後目で密かに確認するとヒバナとシズクの表情も少し和らいでいた。
この街の上空はそのほとんどが世界樹の伸ばした枝に覆われており、木漏れ日によってどこか神秘的に映る。
こういった雰囲気が好きな人は余計に落ち着くと感じるのかもしれない。
「これから、聖女ティアナ様の元へとお連れいたします。どうぞこちらへ」
騎士団長であるヨハネスさんに案内される形で、世界樹に向かって歩いていくと大きな宮殿が見えた。
ここに聖女様がいるのだ。
そして、ヨハネスさんに連れていかれた一室でついに私は彼女と出会うこととなった。
「お待ちしておりました。私はティアナ・フォン・シェーンライヒと申します」
「私はアリアケ・ユウヒです。この世界に来てからはユウヒ・アリアケと名乗っていますけど」
彼女の名前はティアナ、つまり私が探していた聖女様だ。
私に優しく微笑みかける彼女は珍しい桃色の髪に綺麗な緑色の瞳が特徴的な、私と同い年くらいの少女だった。
聖女というからもう少し年上とか包容力があるとか、なんというか眩しい感じを予想していたけど、案外普通の女の子だ。
どういった言葉遣いで話すべきか悩ましい。
「すぐにお迎えに行けなくて申し訳ございません。少し私の得た情報が真実と異なってしまっており、現場を混乱させてしまっていたようです」
「情報?」
「はい、ユウヒ様も街の入口で神官の方を見掛けることがあったかと思います。実は彼らには、黒目黒髪で16歳くらいの年齢のアリアケ・ユウヒという少女を保護するようにお願いしていたのです」
なるほど、と合点がいく。
私は2つに結んでいる自分の髪を撫でる。今の私の髪はどちらかというと茶髪で、目も黒目ではなくなっていた。
街に入る際に毎回のように馬車の中を神官が覗いていたが、どうやら黒目黒髪で16歳くらいの少女を探していたらしい。
名前を聞かれたらすぐに分かったのかもしれないが、名前を聞く前に見てわかるのならわざわざ聞こうとはしないはずだ。
「それは女神ミネティーナ様からもたらされた情報ですか?」
それしかないだろうなと思いながら聞いてみた。
聖女である彼女は女神ミネティーナ様の巫女でもあるらしいし、彼女と話をすることもできるのだろう。
「はい、その通りです。こうしてユウヒ様をお探ししていたのもミネティーナ様から神託を授かったからなんです」
「あ、やっぱりそうなんですね」
「そして明日、ユウヒ様には私と一緒にミネティーナ様がいらっしゃる神界へ行っていただきます」
「明日!?」
また急な話だな、と驚きのあまり声を上げてしまう。
――明日になるとミネティーナ様に会えるのか。
ミネティーナ様と会うのはこの世界に来る時以来だが、あの時、私からは話せなかったので出会ったと言えるかは微妙だった。
それが今度は話せるのだ。……聞きたいこととかも全部聞けたらいいんだけど。
「ふふっ。はい、すでに儀式の準備は完了していますのでいつでも神界への扉は開くことができるようになっています。ただ少し留意点が……私とユウヒ様は確実に扉を潜れますが、ユウヒ様の従魔の方々には申し訳ありません。ミネティーナ様がお許しにならなければお待ちいただくことになるかと思います」
その言葉に私は少し気分を落としてしまったが、それを察知したのか聖女様が少し明るい口調で励ましの言葉を告げてくる。
「ですがミネティーナ様もユウヒ様の従魔の方々を直接見てみたいと思われると推察致しますので、ご心配は無用かと」
どうせならみんなと一緒に行きたいが、それもミネティーナ様次第か。
直接見てみたいと言うのは私のこの力がミネティーナ様に貰ったものだからだろう。
ティアナ様との面会も終わり、夕食を一緒に食べることになった私たちはラモード王国で少し習ったテーブルマナーを頼りになんとか食事を終え、客室へと案内された。
ラモード王国で泊めてもらった部屋よりもさらにグレードアップしている部屋で、落ち着かないでいると私の隣にダンゴを抱えたコウカがやってくる。
「マスター。……女神と会えば、今までと同じようにはいられなくなるんでしょうか?」
コウカの問いは不明瞭なものであったがこの子自身、漠然とした不安を抱えているのかもしれない。
この子が抱える不安がどういったものなのかは分からないので、私も明確な答えを出せるわけではないが……。
「うーん、そうだね……これから何をすればいいのかとかハッキリするだろうし、これまでのように旅をすることはなくなって変わってしまうことも多くあるだろうけど、私とコウカの繋がりは変わらないと思うよ。ノドカとダンゴとも。……もちろん、ヒバナとシズクもそうであってほしいけどね」
今は別室に居るヒバナとシズクの姿を思い浮かべる。
ヒバナとシズクがどのような判断を下すかは分からないが、私はこの繋がりだけは絶対に失いたくなかった。
「そう、ですよね。ありがとうございます。おやすみなさい、マスター」
私の言葉を聞いたコウカはどこか納得する部分があったのか、柔和な笑みを浮かべていた。
――明日に対する希望と不安を抱きながら、私も眠ることにしよう。
◇
次の日の朝、私たちは年配のシスターさんによって宮殿よりもさらに世界樹に近い場所にある大聖堂という建物へと案内された。
大聖堂の入口には既にティアナ様が待っており、私たちの姿を見るなり笑顔を浮かべて小さく手を振ってくれたので私も振り返す。
案内が終わったということで、シスターさんが下がろうとしたので慌ててお礼を言うとシスターさんはにっこりと微笑んでくれた。
そして案内がティアナ様へと代わり、彼女に先導されるような形で聖堂の奥へと進んでいく。
私たち以外誰もいないということで醸し出された静寂とステンドグラスから漏れる光がこの空間の神聖さを演出していた。
そのまま一番奥まで歩いていくと豪壮な扉があり、扉の上には大きな絵が飾られている。
その絵を見た時、私は既視感を覚えた。
絵は1つの樹に重なるように浮いているドレス姿の女性とその周りに翼が生えた人たちがたくさん描かれているものだった。
私が思い出せなくて首を傾げていると、隣で同じように絵を見ていたコウカが不意に声を漏らす。
「あっ……この絵、遺跡で見たものと似ています」
遺跡で見たものと言われ、記憶を掘り返していく。そして思い出した。
あの黒髪の少年と戦った遺跡で見た壁画にそっくりなのだ。
この絵はあの壁画よりも鮮明に描かれているし構図も多少違うようだが、樹と女性、翼の生えた人々という要素はほぼそのままだ。
「この絵は遥か昔、世界を滅ぼさんとする邪神と女神ミネティーナ様が直接対立されていた時代に描かれたものだと言われています。この1本の樹は世界樹を、中心の女性はミネティーナ様を、そしてその周りの方々は大精霊様を表しているのです」
「この人が女神ミネティーナ様……」
中心に描かれている女性に注目する。
少し赤みが掛かった金色の髪と綺麗な白いドレスで描かれた女性、これが女神ミネティーナ様なんだ。
「はい、そしてこれからお会いする方でもありますね」
そう言うとティアナ様は目の前の扉を開く。扉の先は階段となっており、地下へと続いているようだ。
先に降りていったティアナ様に続き、私たちも順番に階段を下っていく。それほど長い階段ではないようで、すぐに下り切ることができた。
私たちの目の前に広がっているのは唯々広い空間だった。
光源が見えないのにどうやっているのかは知らないが、空間全体が明るい。そして何だか暖かいものに包まれているような感覚に陥る。
私が見惚れているとティアナ様が口を開いた。
「ここは聖の霊堂。通称“大聖堂”とも呼ばれています」
「聖の霊堂……」
たしかラモード王国のモンブルヌの街にも霊堂と呼ばれる場所があったはずだ。地の霊堂だったか。
「ここには聖女である私か、ミネティーナ様に招かれた方しか入ることができません。……まあ、先代の聖女である母が現役の頃にヨハン兄さん、ミハエル兄さんと一緒にこっそりと入ったことはありますけど」
肩を竦めて、「内緒ですよ」というティアナ様は本当に普通の女の子のようだった。聖女とは言うが案外、お茶目な面もあるらしい。
それにしてもヨハン兄さんにミハエル兄さんか、ティアナ様にはお兄さんが2人いるんだろうか。
そんな私の疑問を他所にティアナ様は空間の奥へと進んでいく。そして、丁度中間地点に差し掛かった時、その足を止めた。
「儀式といってもこの場所からミネティーナ様にお呼びかけして、あちらから扉を開いてもらうだけなんです。早速始めたいと思うのでユウヒ様は私の隣へ、他の皆様は私たちの後ろへお並びください」
言われた通りに私はティアナ様の隣に立ち、コウカたちも私たちの後ろに並ぶ。
それを確認したティアナ様が目を瞑ると女神ミネティーナ様に呼びかけた。
ティアナ様の体から桃色の魔力が飛び出し、この空間に少しずつ広がっていく。
その直後に私たちの目の前が一瞬だけ眩しく光ったかと思うと、いつの間にか淡い桃色の光でできた扉が佇んでいた。
隣のティアナ様を見ると彼女も私の方を見ており、静かに頷く。
行けということだろう。扉は本当に桃色一色なので、奥がどこに続いているのかは分からない。
だが私は勇気を持って扉へと向かって踏み出した。
「わぁ、きれい……」
扉の先で私が降り立ったのは、色とりどりの花が咲く広大な花畑だった。空は澄み渡り、周囲からはどこからか水の流れる音が聞こえる。
ここが神界という場所なのだろうか。
「あ、ノドカ」
スライムたちは通れない可能性もあるという話だったが、腕の中を見るとノドカがちゃんといたので、どうやらミネティーナ様が通るのを許してくれたようだ。
「マスター! ……よかった」
「コウカ?」
私がノドカと戯れていると声が聞こえたので振り返る。そこにはホッとしているコウカと彼女に抱えられているダンゴが居た。
そしてその後ろの何もない空間からヒバナとシズク、そしてティアナ様が現れる。
――こんな感じに出てくるんだ。
変なものを見た気分になっている私の側に列の一番後ろに立っていたティアナ様が近寄ってきた。
「この先の丘を越えると、ミネティーナ様がいらっしゃるはずです。案内しますね」
花畑の間の整備されている道を通り、歩いていくと視線の先に大きな屋敷が建っていた。
さらにその奥には大きな神殿のようなものも見えるが、今回の目的はそこではないらしい。
坂道を下り切り、まっすぐ屋敷を見据えた先には圧倒的な存在感を放つ1人の女性と青髪の少女が立っていた。
彼女たちを見て、次に目に入ったのは少女が持つ長くて尖った耳と背中に生えた半透明の青い翅だ。
その外見的特徴は彼女が明らかに人間ではないことを示唆し、同時にここが私の知っている世界とは違うことを意味していた。
そして女性の方には文字通り後光が差しており、その顔を正確に窺うことはできない。
女性との距離があと数メートルといった場所でティアナ様が立ち止まり、膝を突いた。
「女神ミネティーナ様、アリアケ・ユウヒ様をお連れいたしました」
威圧感すら感じる目の前の女性の存在感は私との圧倒的な格の違いを表しているようで、体を動かすことができない。
そして女性はゆっくりと口を開く。
「ええ、ご苦労様です。アリアケ・ユウヒさん、お待ちしておりましたわ」