テラーノベル
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翌日の午前十時に、宿をチェックアウトした二人は、男の愛車に乗り込み、再び逃避行を再開させた。
「悪いんだけどさ、一度、東京に戻ってもいいか?」
ステアリングを握っている拓人が、思い付いたように彼女に問い掛ける。
「いいけど……どこに行くの?」
「渋谷の円山町」
丸山町といえば、ラブホテル街である。
優子が訝しげな表情を見せると、男は彼女の言いたい事を察したのか、ニヤリと口角を吊り上げた。
「丸山町はラブホ街だけどさ、俺がオーナーをやってる女風も、丸山町にあるんだよ。あれ? 俺、女風のオーナーをやってるって、あんたに話したよな? しばらく顔を出してなかったし、ちょっとヤボ用もあってさ。行っていいだろ?」
「まぁ……用事があるなら、仕方がないよね」
「そうと決まったら、ひとまず東京に向かうぞ」
男は、関越自動車道のインターチェンジの案内板を見つけると、アクセルを踏み込んだ。
***
途中、サービスエリアに立ち寄り、東京に着いたのは十五時近く。
「しかし、東京は人も車も多いよな……」
一般道を走行中、拓人が投げやりに呟く。
「そういや、あんたもHearty Beautyで働いてたんだよな? あのブランドの本社は渋谷だし、懐かしいんじゃん?」
不意に男から、かつての職場の事を聞かれ、優子の鼓動がドクリと鈍い音を立てる。
彼女が車窓に目を向けると、男の愛車は、いつしか渋谷駅周辺を走っていた。
「…………うん。渋谷も……私が仕事してた時と、大分変わっちゃったかも……」
探りを入れられている口調で言われてしまい、彼女は微苦笑してしまう。
それにしても、よく渋谷まで通勤していたな、と、窓の外に映る雑踏を目にしながら、優子は思っていた。
朝早くに起床して、満員電車に揺られて通勤していた頃が懐かしい。
(専務も…………忙しくしているんだろうな……)
かつての上司でもあり、金で優子を買った男の事を思い出す。
『ずっと……君が…………好きだった。…………どうしても……君を…………忘れられ……なかっ……た……』
松山廉と身体を交えている時に告げられた言葉が、彼女の脳裏をよぎっていくけど、緩く首を横に振る。
「……遠い昔の事……だよっ」
信号待ちで停車している車中で、優子は敢えて明るく言い切った。
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