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「あー、もう。私、どうしたらいいの?」
日曜の昼下がり。
私は白い封筒を手に、高校時代からの親友の 賀川良子(かがわりょうこ)を呼び出し泣きついていた。
「どうするもこうするも、どうしようもないじゃない」
「どうしようもない、って簡単に言わないでよ!私にとっては切実な問題なんだから!」
「それちょっと大袈裟すぎ」
「全然、大袈裟じゃないわよ。結婚して2人も子供が居る良子に私の気持ちなんて分かりっこないのよ」
良子の左の薬指に光る指輪と、目の前にある友人の 美咲(みさき)からの結婚式の招待状を交互に恨めしそうに見ながら深いため息を吐く。
「その可愛い子供を預けてまで来て志乃の愚痴を聞いてあげてるんだから、少しはありがたいと思ってよ」
良子は7年前に結婚して素敵な旦那様と5歳の息子と3歳の娘が居る。
「どこで間違ったのかな……人生」
「人生って……。どんどん話が重くなっているから」
私の様子に良子がため息と共に呆れ声を漏らす。
「ごめん……」
ついついヒートアップし過ぎたことに反省と恥ずかしさを感じ口ごもる。
でもまさかこの歳まで自分が独身だなんて思ってもみなかった。
思い描いていた未来は良子のように結婚していて仕事も辞めて子育てをしているはずだった。
別に仕事を辞めたいわけじゃない。
ただ、少しばかり会社に居づらいというか居心地の悪さを感じているのは事実なわけで。
昔は30歳手前には結婚して寿退社するんだって思っていた。
それなのにコレは何!?
結婚どころか、その相手すら居ないのが現実で。
しかも唯一の望みでもあった独身仲間の美咲もめでたく結婚が決まり、こうして今、私を苦しめている。
とはいえ、決して美咲の結婚を祝福していないわけではない。
ただただ、完全に取り残された感が否めないだけなのだ。
「ねぇ。何で私、結婚できないんだろう」
すがる思いで尋ねる私に
「ていうか結婚を語る前に志乃の場合、恋愛からも遠退きすぎてるんじゃない?」
間も入れず良子の容赦ない言葉が返ってきて、私にトドメを刺した。
「それを言わないでよ。一番、気にしてるんだから」
恨めしそうに見ると、良子は言い過ぎたと思ったのか軽く手を合わせごめん、と謝ってみせた。
「今だから言うけど、私たちの中で志乃が一番最初に結婚すると思ってた」
少し申し訳なさそうな顔で良子が話を切り出してきた。
良子に言われ、懐かしく苦い記憶が呼び起こされる。
私は昔、大学に入ってすぐに1つ上の先輩と付き合っていた。
彼とは5年付き合い、20代半ばで彼と結婚するんだと思っていたけど、彼には結婚願望はなくて……
ちょうどそのタイミングで彼の転勤が決まり、私は先の見えない関係を解消することにしたのだ。
「うん。私もあの頃はそう思ってた」
久しぶりのせいか、思い出しただけで目頭が少し熱くなり、胸にこみ上げるものを感じてしまった。
忘れていたはずだったのにな……
「あ、ほら。もしかしたら良い人に出会えるかもよ」
暗くなる私に気づいたのか、テーブルの上に置いてあった招待状を私の方へと移動させ話題を明るい方へと切り替えようとしてきた。
――出会いか……
招待状を横目に、また思いに耽る。
若い頃は結婚式や二次会は良い出会いの場のひとつだったが、この歳になると既婚者ばかり。
期待なんてできない。
「真剣に婚活しようかな……」
「婚活もだけど恋活!志乃は恋愛から遠退きすぎてたんだから少しは恋愛して女性ホルモン分泌させなきゃ」
「女性ホルモンて……」
「分かった!私に任せて。旦那の知り合いに良い人居ないか聞いてみるから。志乃も頑張るのよ!」
なんのスイッチが入ったのか、良子は私を真っ直ぐ見つめ両手をしっかり握りしめてきた。
「う、うん。ありがとう、頑張るね」
やや良子の勢いに押されながら笑って見せた。
――…
―…
良子と会った数日後のお昼休み。
私は会社の後輩の 麻生理恵子(あそうりえこ)と一緒に、会社の近くにあるカフェのランチに来ていた。
会社から近いのもあるが、ここのランチは値段もお手頃で美味しく2人共お気に入りで、週に数回このお店に来ている。
「志乃さん、すみません。ちょっとお手洗い行きたいんで、いつもの注文しておいてもらっていいですか?」
「うん、分かった」
私は店内を見渡すと、店の奥の方に空いている2人席を見つけ腰を落ち着けた。
「いらっしゃいませ」
私が席に座り一息つきスマホでも弄ろうかなと思っていると、聞き慣れた声が耳に飛び込んできた。
「あ、蓮くん。パスタランチ2つで」
その声に私は顔を上げ、いつものように素早く注文を済ませる。
「パスタランチ2つですね、かしこまりました」
爽やかな笑みと共に注文を繰り返す彼は 但馬蓮(たじまれん)。
ここをよく利用するのはランチが美味しいというのはもちろんだが、蓮くんの爽やかな笑顔に癒されに来ているというのも理由の一つだったりもする。
カフェに通い続け、いつの間にか軽い会話を交わすようになっていった。
「そういえば、この間志乃さん見かけましたよ?」
「どこで?声掛けてくれれば良かったのに」
思いもよらない蓮の言葉に軽い気持ちで返したが
「何か声掛けずらい話しをしてたので……」
次の言葉に、すぐに良子と話しているところを聞かれたのだと気づき羞恥心に襲われた。
「ヤダ、ごめん。忘れて!」
あまりの恥ずかしさに両手で顔を覆い、俯きながら懇願していると
「もし、まだ相手が見つかっていないんだったら、俺と恋愛してみませんか?」
耳を疑うような言葉が飛び込んできた。