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きなこもち
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#サレ妻
都築七美
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一方、一花はいつも通り仕事をこなしていた。
このドラッグストアで働き始めて、もう三年ほどになる。
「桜井さん、これってどこにある?」
「湿布ですよね。こちらです」
顔馴染みの年配客を売り場まで案内すると、「いつもありがとうね」と笑顔を向けられる。
「いえいえ。また分からないことがあったら呼んでください」
レジへ戻る途中、小さな子どもを連れた母親に呼び止められた。
「すみません、子ども用の風邪薬って……」
「はい。ご案内いたしますね」
棚まで案内して戻ってくると、ちょうど店長の田中と目が合った。
細い銀縁眼鏡の奥で、目尻に刻まれた笑い皺がふっと深くなる。
「相変わらず人気だね、桜井さん」
「え?」
「さっきの常連さんも君を探してたよ。『桜井さんなら分かると思って』って」
「そんな、大げさですよ」
「大げさじゃないよ。正社員になってもらって正解だった」
一花は照れくさくなって笑う。
「これからも頼りにしてるからね」
「はい。頑張ります」
田中がバックヤードへ戻っていくと、入れ替わるように品出しを終えた若い男性スタッフがやってきた。
最近入ったアルバイトの小野寺亮だ。
「桜井さんって、ここ長いんすよね?」
「三年くらいかな。最初はパートだったけど」
「え、パートから社員になったんすか。すげぇなあ」
「小野寺くんも頑張れば?」
今年二十三になる小野寺は、大学を中退して以来、気楽なフリーター生活を続けているのだと、この間笑いながら話していた。
「いやー、俺は社員とかいいっす。責任増えるじゃないですか」
小野寺は肩をすくめて笑う。
「時給だけ上がってほしいっす」
「それはみんなそうじゃない?」
「ですよね」
一花もつられて笑いながら、レジ周りの商品を整える。
ふと顔を上げた時、店の大きなガラス窓の向こうに黒い人影が見えた。
道路を挟んだ反対側。
黒いフードを深く被った男が、こちらを向いて立っている。
一花の手が止まった。
昨夜の記憶が、一瞬で蘇る。
(同じ人……?)
思わず目を凝らす。
けれど、走ってきた車が視界を遮り、次に道路の向こう側が見えた時には、男の姿は消えていた。
「桜井さん?」
「あ……ごめん。何でもない」
小野寺に声をかけられ、一花は慌てて仕事へ戻った。
昨日は家の近く。そして今日は職場の前。
――偶然にしては、出来すぎている。
仕事を終えて店を出ると、一花はいつも以上に周囲を気にしながら帰路についた。
夕方の通りには会社帰りの人や買い物客も多く、何度振り返っても黒いフードの男は見当たらない。
やっぱり考えすぎなのかもしれない。そう思いかけた時、一花は足を止めた。
少し離れた歩道の向こうに、男が立っている。
黒いフードで顔は見えない。それでも、こちらを見ていることだけは分かった。
一花の心臓が大きく鳴る。
早足で歩き出すと、男も動いた。
角を曲がると、数秒遅れて背後から足音が聞こえてくる。
(ついてきてる……)
背筋が冷たくなった。
一花はそのまま人通りの多い大通りへ向かい、目についたコンビニへ駆け込んだ。
店員や客の姿を確認しただけで、少しだけ呼吸が楽になる。商品を見るふりをしながら窓越しに外を窺ったが、しばらく待っても男は現れなかった。
十分ほどしてから店を出る。今度は何度振り返っても、誰もついてこなかった。
帰宅すると、一花は奈緒へ電話をかけた。
「もしもし? どうしたの?」
「奈緒、今ちょっといい?」
「いいよ。何かあった?」
一花は昨夜からのことを順番に話した。
自宅近くにいた男。今日、職場の前にも現れたこと。そして帰り道、ついてこられたこと。
「……え、ちょっと待って。それ普通に怖いんだけど」
「やっぱり同じ人だと思う?」
「黒いフードなんていくらでもいるけど……二日続けてはね」
「警察に相談した方がいいかな」
電話の向こうで、奈緒が少し考えるように黙った。
「うーん……でも、まだ何かされたわけじゃないんだよね?」
「うん」
「こういうのって、実際に何かされてからじゃないと警察も動いてくれないって言わない?」
「そうなのかな」
「私も詳しくないけど……でも、俊介にはちゃんと話した?」
「昨日のことは話した。今日のことはまだ」
「そっか」
奈緒の声が、ほんのわずかに沈んだ。
「じゃあ、今日のことも話した方がいいよ。こういう時こそ、旦那さんなんだし」
「うん。帰ってきたら話してみる」
「その方がいいよ。ほんと気をつけてね」
「ありがとう」
電話を切ってからも、一花の胸のざわつきは消えなかった。
何かされたわけではない。見られて、ついてこられただけ。
それでも、あの視線を思い出すだけで身体が強張った。
*
翌日、仕事から帰った一花は、ポストの中に見覚えのない白い封筒が入っていることに気づいた。
差出人の名前はない。ただ、表には一花の名前だけが書かれている。
嫌な予感を覚えながら封を開けると、中には一枚の紙が入っていた。
『一花ちゃんが好きです』
一花の指先が震えた。誰かが、自分の名前を知っている。
しかも「一花ちゃん」と、まるで以前から親しいかのような呼び方で。
昨日の男の笑った口元が脳裏に浮かぶ。
翌日も、ポストには同じような封筒が入っていた。
『好きです』
その次の日も。
『一花ちゃんが好きです』
『ずっと見ています』
日に日に増えていく文字を前に、一花はもう、偶然だとは思えなくなっていた。
あの男は、自分を知っている。そして今も、自分を見ている。
*
その夜、一花が悠真を寝かしつけてからスマホを見ると、俊介からメッセージが届いていた。
『今日も残業になった。遅くなる』
今日は、男の不審な行動について俊介に相談したいと思っていた。
あれから、宣言通りゴミ捨ては俊介がやってくれている。
けれど、仕事で帰宅が深夜を回る日も多く、結局、一花が一人で過ごす時間は以前より長くなっていた。
(でも、仕方ないよね)
『分かった。無理しないでね』
そう返事をしてリビングへ向かうと、ソファでは春子が趣味の編み物をしていた。一花に気づき、手を止めて顔を上げる。
「俊介さん、今日も遅いの?」
「そうみたい。また残業だって連絡きてた」
「そう……こうも続くと、身体が心配ね」
借金を背負うことになってから、俊介はずっと無理をしている。
一花もパートを増やすなど、できる限りのことはしていたが、それでも俊介は家族のために働き続けてしまうのだろう。
「……私も、もっと頑張らないとね」
ひとりでに呟きながら、一花はスマホの画面を伏せた。
夫が自分に嘘をついているなど、この時の一花は一度も疑っていなかった。
同じ頃、俊介は静かな廊下を歩いていた。
やがて一つの扉の前で足を止めると、迷うことなくインターホンを押す。
しばらくして内側から足音が近づき、ガチャリと扉が開いた。
「――待ってた」
聞き慣れた声に、俊介の表情がわずかに緩む。
大きく開かれた扉の向こうへ、俊介はためらうことなく足を踏み入れた。
やがて扉が静かに閉まり、廊下には再び静けさが戻った。
コメント
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## 美月ゆめか🌸の感想 うわっ…第5話、マジで怖すぎるよ😭💦 一花さんの日常に忍び寄る「黒いフードの男」がもう完全にストーカー化してて、しかも名前入りの手紙まで…「ずっと見ています」の一文がゾッとするレベルで怖いっす…!あと、俊介さんの最後の行動がマジで気になるんだけど!?「待ってた」って誰に言ってるの!?まさかあの黒いフードの男と関係あるんじゃ…いや待ってそれだとあまりにもひどすぎるよ〜!?(混乱) でもヤキモキしながらも続きが気になりすぎるので、次話も楽しみにしてます!応援してますね🌸✨