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「我々は戦争には参加していませんし、そもそも三十年ほど前に攻め込まれた時も、まだ皆、転生してくる前の話です。ですが、その恐ろしいまでの戦闘力は耳にしております」
ウレインは、そして商工会の面々は、魔族の力がいかに恐ろしいかを知り、戦うべきではないと考えたらしい。
無駄に犠牲を増やすばかりになってしまう、と。
ただ、魔族が簒奪や虐殺に興じるようなら、全滅してでも戦う用意はしていたのだという。
しかし、この十年ほど前に歴史学者から、魔族は王都の民を殺さなかったのだと知った。
反撃する兵は痛めつけても、極力殺さないようにしていた。
その真実を知った時にウレインは会長権限で、商工会は魔族と戦うことを禁じる、という取り決めをしたらしい。
「……その歴史を知ったきっかけは全部、歴史学者さんのお陰なんですね」
転生者の一人に、歴史研究をしていた人物が現れたのが、十数年前だという。
せっかくだからと、この世界の、まずはこの国の歴史――歪みの無い真実――を、調べ尽くして研究をした。
「彼が居なければ、我々も魔族を必要以上に恐れ、守るためにと戦争していたかもしれませんが。そもそも三十年前に攻め込まれた時、魔王殿は和平を希望していたらしいのです」
その話は、レモンドだったか、話してくれたのをうっすらと覚えている。
「……そういう、ことでしたら……」
魔王さまは、会ってやろうと仰ってはいたけれど、まさかこんな風に話が進むとは。
だけど――。
彼らはまだ、恐れているのは確かだ。
このウレインの緊張は、明らかに魔王さまを恐れているせいだ。
魔王さまにまつわる手記が発見されて間もないから、仕方が無いかもしれないけれど。
なにせ、お一人で大軍を殲滅出来るほどだと知れば……失言ひとつで滅ぼされるかもしれないと、そういうことを考えてしまうのだろう。
「それでは……魔王殿との会談に向けて、話を進めてもよろしいでしょうか」
この人達……少なくともウレインとレモンドが、束ねる組織なら……。
「ええ。魔王さまにお話してみます。でも……。国王を交えなくても良いのですか? 私たち魔族は、王軍から攻め込まれたらまた戦いますよ?」
以前、商工会はこの王国とは別の国のようなものだと聞いたけど、結局一体、どういう捉え方をすればいいのか分からない。
協定を、契約を結ぶというのならば、なおさら。
ほころびがあっては、うやむやのまま戦わなくてはならなくなる。かもしれない。
「無論、国王にも同席してもらうつもりです」
「つもりでは困ります」
パパから、契約の大切さ、難しさを教えられていて良かった。
文字ひとつ、文章ひとつで全てが変わってしまうんだと、勉強は出来なくてもいいから契約の恐ろしさだけは、覚えなさいと。
「は、はい、もちろん! ……さすがは聖女様。事の重大さを、私よりもご理解なさっておられる」
「お世辞はいいです。ウレイン、緊張し過ぎだからでしょう。魔族だからといって、そこまで緊張されては悲しいものがありますよ」
睨む……つもりではなかったけれど、ここまで態度を変えられては、腹立たしく思ってもしょうがないと思う。
「も、申し訳ありません。頭では分かっているつもりなのですが……」
「私も他の魔族も、人を殺して平然としていられるわけじゃないんですよ? 力に差があったとしても、次の瞬間に殺されるかもなんて思わないでください。殺人鬼ではないんです」
「あっ……。あぁぁ、本当に、申し訳ございません。聖女様、本当に……」
ウレインは立ち上がって、深々と頭を下げた。
やっと分かってもらえたらしい。
「まぁ、気持ちは、分からなくはないなって思ったから。だけど、もう頭を上げてください。年配の方にそうされると、恐縮しちゃうじゃないですか」
そう言うと彼は、困ったような泣きそうな顔で、ようやく顔を上げてくれた。
「聖女様は本当に、見事な人物ですね。聖女様がお慕いする魔王様も、きっと素晴らしい御仁なのでしょうなぁ」
「もう……仰々しいですよ」
だけど最初よりは全然、打ち解けたような気がする。
それはウレインも同じらしくて、リズやシェナも一緒に、食事でも如何でしょうと誘われた。
断る理由もないし、頭を使ったせいでおなかが減っていたから、ありがたい申し出だった。
仲良くなれた人とご飯を食べるのは、きっと楽しいだろうし。