「愛が欲しいなら、他のところに行けば?」
目の前の男は温度のない単調な声で、なんでもないことを呟くようにそう言った。
煙草の煙たい空気が似合いそうな薄暗い部屋のなか、男の引き締まった色白な身体が浮いたように目に映る。
岩「……え」
佐「愛があるやさしいセックスがしたいなら、俺とするのやめたら?って話」
一歩間違えれば捨てられる。いや、捨てるどころか元々俺はこいつのものでもなんでもないんだろうなと、無理矢理にでも分からせられる空気に俺は目をそらすように唾を飲み込んだ。
男は怒っているわけでも哀しんでいるわけでもなんでもなく、漂うのは無機質で異様な静寂だけ。
表情を伺うように恐る恐る視線を向けると、いつもの笑顔の破片も見つからないほどの無表情で男はこちらを見ていた。
年齢こそは俺のほうが下だが、体格なんかは俺のほうが勝っている。そのはずなのに、俺はこいつに噛み付くことすらできない。
真っ黒でそこの見えないような澄んだ瞳が、恐い。
佐「……あー、もう一回したくなっちゃった」
岩「さっき二回もしただr」
佐「うるさいよ、照」
押し倒されるがままにマットレスに沈み込んだ身体は、言葉とは裏腹に熱を持ち始めている。
どこまでもこの男に従順な自分自身に嫌気が差しかけた頃、そんな思考の自由さえも奪っていくように深い口付けをされた。
一見細身に見える男の身体は意外にも筋肉がついていて、熱に溶かされた身体では上手く抵抗もできず、いつもこいつの手のひらで転がされる。
まだ服は纏っていなかったものの、もう行為は終わったものだとばかり思っていた。一体どこでこいつのスイッチが入るのか、もう何度も身体を重ねているというのに未だ分からずにいる。
覆いかぶさるように馬乗りになった男の肌が下腹部に触れて、この先に待ち受けるであろう暴力的な快楽に期待した身体が意識の外で疼いた。
それに気付いた男は、現状に不似合いな爽やかな笑みを浮かべて耳元で囁くように言葉を放った。
佐「なに、結局乗り気じゃん」
岩「さく、っま」
佐「おれたち体力はあるもんねー、まだまだいけんだろ」
あぁ、喰われる。
ぼんやりと靄がかかった思考でも、はっきりと理解できた。聞き慣れないどろりとした低音の声が、俺の欲を煽り立てるようにこの場と俺を支配している。
腹筋や身体のラインをなぞるように焦れったい指先が俺を撫でた。今はもう自由に腕を動かせるというのに、慄いたように力が入らない。
やがて胸元に辿り着いた指先が遊ぶようにそこを弄り始めて、飲み込んで押さえつけていた嬌声が濡れた唇から漏れ出した。
こいつによって変えられてしまった身体は、熱を求めて燻っている。
岩「あ゛っ、あ、ま゛っ、、で、や、ばっ、っ゛」
佐「ほんとここ好きだよねー、女の子みたい」
岩「やだっ、ね、ぇ゛っあ゛っぃ゛んっ、っあ」
与えられた快楽から逃げるように身体を捩っても、男が馬乗りになっている以上それが叶うことはなく、吐く息と共にだらしない声をあげることしかできない 。
耳を塞ぎたくなる自身の声に、男は機嫌の良さそうな顔をしながらそこを口に含んだ。舌で器用に嬲られて、項垂れていた自身のソレはいつの間にか熱を孕んで膨張していた。
無意識に動いていた腰を嘲笑いながら指摘されても止めることが出来ず、もう十二分なほど大人になったというのに目には涙が浮かんでいた。
佐「あれ照、泣いてんの」
岩「っあ゛、っふ、ぁ゛、っん゛やぁ゛、っだ」
佐「まだここだけしか触ってないんだけど。っは、先走りべちゃべちゃじゃん」
岩「んん゛っ、や、め゛っっ、っぅあ゛、っさく゛、ま゛」
そこだけでイけるほどの感度は持ち合わせていないから、ただただ受け流せない快楽に溺れていくだけの時間は天国どころか地獄に近い。
早く挿れて抱いてほしくても、こいつは無情なほどに耳を貸してくれないから、何を言ったとしても意味がない。 「やだ」も「止まって」も、始めて身体を重ねたときからこいつには聞こえていない。
浮かんだ涙が肌を伝ってこぼれていくのを感じながら、どうしようもない快楽に天井を睨みつけていると突然男の動きが止まった。
野良猫のように気分屋なこいつは、自分が飽きたら中途半端なところでもやめたりする。
今日はどうしたのかと蕩けた思考のまま目を向けると、「もういいや、そろそろ俺も気持ちよくなりたいし」と俺に言うわけでもなく独り言のようにそう呟いた。
ここで行為が終わるわけではなかったことに静かに胸を撫で下ろしている自分自身に気がついて、もうどうしようもない人間になってしまったと自覚して名前のないような感情が渦巻いた。
熱を持っているものの一向に触れられることのないソレが歪んだシーツに擦れて、意味が分からない程の快楽に呑まれた。
四つん這いのようになっていたはずの身体はだんだんと崩れ始め、今や男が俺の腰を掴んでいる手を離せば潰れてしまいそうな体制になっていた。
暗闇のなか手繰り寄せた布地を必死に握りしめて、過度に与えられ続ける快楽に目を瞑っていても、やがて耐えかねるであろう結末は明白だった。
いつもそうだし、こいつの体力や絶倫さは侮れないと分かりきっているから。
岩「あ゛っ、あっんぅ゛っふ゛、っう゛ぅあっ゛、っ゛っだぁっ」
佐「にゃは、足ガクガクだねぇ」
岩「んあ゛っ、っふぅ゛っあ゛ぁう゛っっぁい゛、っく゛、っいく゛、ま゛って゛っ」
佐「またイくの? もう何回目だろーね、照」
染みの出来たシーツに真夏でもないのに汗だくの身体。限界なんて二回目のうちに突破していて、もう思考さえも職務を放棄して熱に浮かされているだけだった。
言葉にならない声だけが口から延々に垂れ流れてる俺の身体自体が、誰かに乗っ取られているような気さえした。
果てても果てても終わることのない行為に疲弊しているはずなのに、目の前の快楽だけを追い求めてその男を求めるように後孔は収縮した。荒げすぎた声により掠れた喉に、月明かりのような痛みが差す。
俺をのことを追い詰めるように、呼吸する余裕さえも貪り尽くしていくように男はスパンを速めていった。
濡れた肌同士がぶつかり合う音と、それに混ざり込んだ淫猥な水音、浮ついたようなスプリングが軋む音が淫らに聴覚を侵してくる。
願っても止まってくれないし優しくなんてしてくれない、無機質な表情に時折恐怖さえ感じる。そんな男なのに、なぜ俺は求めるばかりでこいつにどんどん溺れていくのか。
佐「いいよ、照。イけば?」
岩「あ゛っあっ、んぅ゛っい゛っっちゃ゛、っだ、ぁう゛っっっ〜〜゛」
腰を掴んでいた片手で男のモノが入った下腹部を押し潰すように触れられて、それが引き金になったかのように俺は果てた。……果てたはずなのに、なにかおかしい。
佐「んえ、照? おーい、だいじょーぶ?」
岩「ま゛っで、な゛っんか、やばっっ゛、あ゛っ、っっは゛」
佐「痙攣しっぱなしじゃん。あー、出さないでイっちゃったんだ」
岩「はっ、っあ゛っん、ごめ゛っっなさ゛っんあ゛、い゛」
佐「照、メスイキしちゃったんだ。もう女の子じゃん」
痙攣が止まらない身体は快楽から抜け出せずにそれらを拾い続けていた。メスイキ? なにそれ知らないし。未知への恐怖と快感が混ざりきった思考は混沌と化していく。
息が止まりそうなほどの苦しい絶頂が波のように何度も襲いかかってくる感覚に呑まれて、俺はそこで呆気なく意識を手放した。
きっと目が覚めたら朝になって、そこにはいつもの、”みんなが知る”あいつがいる。愛嬌たっぷりの笑顔と、明るくあたたかな声を灯した、佐久間が。
痛む腰に顔を歪めている俺に「おはよう」と声をかけてくるのは、朝日が昇った空のような、今の姿とは似てもつかないような男。
太陽が沈んだ月のない朔日も、燦々と街を照らす日中も、全部同じ空というのだから。俺は佐久間の、全てを愛すよ。
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あぁぁぁぁぁ!!!! 私の見たかった(なんなら書きたかった)ものは、この!🩷からバチバチに攻められて泣いちゃうような💛!! 好きぇー🫶🫶🫶🫶🫶🫶🫶