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とても面白かったです!ハラハラする展開のはずなのにどこか物静かで淡々としているようで、読む手が止まりませんでした。これからも頑張ってください、応援してます!
駿の話を聞き終えた僕は、何も言えなくて、しばらく黙り込んでいた。痛いほどの沈黙が、僕たちを包み込む。
すると、先に口を開いたのは駿の方だった。
「俺にとって、トワは邪魔だった。トワがいなければ全て上手くいってたのにって。かあさんに愛されて、大学のお金もちゃんと出して貰えて、進学できて…。全部トワのせいにしていたんだ。馬鹿だよな… 」
「そんなこと…」
「いいんだ、慰めは。…それと、透真にレインで〝おかあさんとお兄ちゃんは仲がいい〟〝愛されてる〟って言っただろう? あれも、嘘だから。現実逃避のための嘘。…いや。俺の勝手な妄想。 結局俺は、誰からも愛されてなかったんだよ」
駿はそう言って、ははっと笑った。
「違うよ!」
気がつけば、声をあげていた。
「…少なくとも僕は、駿のことが大好きだ」
そう言うと、駿は大きく目を見開く。
「たった一人の友達で、親友だ。駿はいつも、僕の隣にいてくれたんだ。僕は駿の笑顔に、何度も救われた。だから僕は…。今度は、駿を助けたいって思った。ううん、今でも思ってる。だから……そんな悲しいこと言わないでよ…っ」
気がつけば、涙が溢れ出していた。
…目の前にいる、駿も。
「なんだよそれ……」
駿は涙をごしごしと拭っているけれど、また1粒、また1粒と涙が溢れて、止まる気配はまったくなかった。
「…ねえ、駿。これからどうするの?」
僕は涙を拭いながら尋ねる。
「…自分の罪は、しっかり償うつもりだよ」
「それじゃあ…自主するんだね」
「……」
そうしたら、駿はどうなるのだろうか。
警察に連れていかれて、今回の件についてたくさん訊かれて、ニュースにも載って…。
けどそれを、駿は今乗り越えようとしている。だから僕も、前を進もう。
駿の帰りを待って。また学校で〝おはよう〟と笑えるように。
「さ、そろそろ帰りな、透真。もう遅いぞ」
「うん……」
もう一度、駿のほうを見る。
「……待ってるから」
「…あぁ、待ってて。でも絶対についてくるなよ?」
「当たり前だよ…僕だって警察はちょっと怖いもん 」
「…ははっ、透真らしいや」
「……またね、駿」
「あぁ。また逢う日まで、透真」
不思議な感覚だ。
今日起きたことは、決して良いことではなかったはずなのに。
なぜか、心は浮ついていた。
きっと、駿の知らないことをたくさん知れて、駿と初めて向き合うことが出来て、良い気になっているのだろう。
僕は駿の家を振り返る。
もう遠くて駿の部屋は見えないが、不思議と駿がこっちを見ている気がして、ふふっと笑いかけてみた。
自分のやっていることに少しだけ羞恥心を覚えて、何事も無かったかのように前を向いて歩き出す。
大丈夫。僕たちはきっとまた、会える。
たとえ長い時間待つことになっても。
僕はずっと、駿を
ドォンッ!
「っ!?」
背後からの劈くような音に、思わず肩をびくりと震わせる。
嫌な予感が渦を巻いた。
僕は呼吸を荒らげながら、ゆっくりと振り返る。
どくん、どくん、と、心臓が大きな音を立てている。冷や汗が、頬をツーっと伝う。吐きそうだった。
「あ……あ……」
…炎に包まれる駿の家が、僕の目に焼き付く。
「あああ……」
言葉にならない声を漏らす。
足に力が入らず、そのまま地面に膝をついた。
徐々に人だかりができていく。
「おい、なんだ今の爆発音は!?」
「きゃあああっ!家が燃えているわ!」
「ガソリンの匂いがすごい、きっと事故だぞ!」
「誰か!119番だ!早く!」
事故?そんなわけがないだろう…。
自殺だ……ガソリンに火をつけて、爆発させたんだ……。
どうして…?
また会う日までって
そう言ったじゃないか…
「……嘘つき…嘘つき、嘘つき…」
僕の小さなつぶやきは、周りの大きな雑音とともに掻き消されて言った。
窓の外で、蝉がジィジィと煩く鳴く。まるで、僕を急かすように。早くしろ、と、急かすように。
もしかしたら、あの蝉は…駿の魂が宿っているのかもしれない。
早く逢いたい、そう言っているのかもしれない。
そのとき、あいていた窓から1匹の蝉が僕の部屋に飛び込んできた。蝉はそのまま壁へ、天井へと勢いよくぶつかり、その度にバチッ、バチッ、と音をたてる。
しばらくすると、壁へぶつかったあと、床にすとんと落下し、そのまま動かなくなった。死んでしまったのだろう。
ああ、また先を越された。
僕はいつも、先を越されるばかりだ。
これ以上先を越されないように、はやくいこう。早く駿に会いにいってあげよう。
僕はすっとロープに首を通す。
「待ってて、駿。もうすぐ逢えるよ」
勢いよく椅子を蹴り飛ばした。
ぎゅうっとロープが首に食い込む。僕は歯を食いしばった。しんとした部屋でひとり、僕はひたすら宙を蹴り続ける。
そして、徐々に目の前の景色が歪み始める。
ああ…やっと駿に逢えるんだ。
最期に僕の目に映っていたのは、綺麗な青空だった。