TellerNovel

テラーノベル

アプリでサクサク楽しめる

テラーノベル(Teller Novel)

タイトル、作家名、タグで検索

ストーリーを書く

シェアするシェアする
報告する


転んだはずみで、巾着を落としたのだろうか。


そんなことは、と、思いながら、訳もわからず月子は、地べたに座りこんだまま、辺りを見回した。


靴、草履、下駄……人の足元しか見えない。


ひょっとしたら、ぶつかった時に、巾着は……。


あの、ハンチング帽の男かもしれない。


たちまち、月子は青ざめた。


巾着の中には、月子の全財産、と、言っても子供の小遣い程度の額だが──、そして、これから、必要になる、釣り書が入っている。


困ったを越えた状況に、月子は動揺しきり、立ち上がることすら出来なかった。


そんな、座り込んだままの、月子の頭上で、男の声が響いた。


「巡査を呼ばれたいのか?!」


威厳のある大声の後に、痛てぇー、と、抗う若い男の声が続く。


「……君の物ではないのか?」


月子の前に巾着が差し出された。


「ちょっと!旦那!離してくだせぇよ!俺が、何したって言うんですっ!」


ハンチング帽を被った若い男が、叫んでいる。


その声に、辺りにいる者達が、何事かと視線をよこした。


「こいつが、人様の巾着を引ったくった。誰か、巡査を呼んでくれ!」


中折れ帽を被り、立派な口髭を蓄え、仕立ての良い洋服をまとう、大柄な男が、周囲を巻き込む勢いで声をあげた。


ひったくり、という響きに、たちまち、皆ざわつき始める。


「ち、ちょっと、待てよ!お、俺は、何もしてねぇよ!落ちていた巾着を拾っただけで、持ち主を探そうとしていただけだっ!」


状況に負けたのか、大柄な男に腕を掴まれているハンチング帽の男は、顔をひきつらせながら、言い訳の様なことを口走っている。


「それならば、持ち主に返しても良いのだな?!」


「あ、ああ、当たり前だろっ!」


男二人の言い争いに、何事かと、更に、人だかりが出来始めた。


「旦那!離してくれよ!お、俺は関係ないっ!」


ハンチング帽の男は、必死に掴まれている腕を振り払うと、出来ている人だかりを、潜り抜けるように駆けだして行った。


「……逃げられたか。まあ、いいだろう」


言って、大柄な男は、月子へ巾着を突きつけて来た。


何が起こったのか、わからないまま、月子は、恐る恐る、差し出されている巾着を受け取った。


「君も、引ったくられたなら、しっかり、声をあげなさい!ぼやぼやしていると、何もかも、巻き上げられてしまうぞ!」


説教じみた口調で畳み掛けられた月子は、ますます、混乱する。


「ああ、見世物ではない!さっさと、退いてくれ!」


その間も、大柄な男は、人だかりに声をかけ、蹴散らそうとしている。


月子は、そんな男の行いを、戻って来た巾着を握りしめ、黙って見ているのが精一杯だった。


集まっていた人々は、男の紳士ぜんとした振る舞いに押されてか、立ち去り始める。


そこで、月子も、やっと落ちつきを取り戻し、礼を言わねばと、立ち上がろうとしたが……。


足首に痛みが走り、顔を歪めた。


押されて転んだ時に、挫《くじ》いたようだ。


「どうした、立てないのか?」


月子の様子を見て、大柄な男は、心配そうに声をかけてくるが、体格もがっしりしていれば、声も、先ほどと変わらず、大きい。


月子は、その迫力に驚いて、礼を言うどころか、コクンと頷くしかできなかった。

麗しの君に。大正イノセント・ストーリー

作品ページ作品ページ
次の話を読む

この作品はいかがでしたか?

27

コメント

0

👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!

チャット小説はテラーノベルアプリをインストール
テラーノベルのスクリーンショット
テラーノベル

電車の中でも寝る前のベッドの中でもサクサク快適に。
もっと読みたい!がどんどんみつかる。
「読んで」「書いて」毎日が楽しくなる小説アプリをダウンロードしよう。

Apple StoreGoogle Play Store
本棚

ホーム

本棚

検索

ストーリーを書く
本棚

通知

本棚

本棚