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桜城
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第四章 黄金の太陽
第四話 再会 後編
「こちらへ」
アクセルに導かれ、一行は城内へ足を踏み入れる。
白い大理石の床。
高い天井。
陽光を映す巨大なステンドグラス。
帝国の城は、どこまでも光に満ちていた。
ラスタは思わず辺りを見回す。
「……えげつな」
小さく漏れた声に、隣のオルレアンが肘で軽く小突く。
「静かにしろ」
「はーい」
そう言いながらも、その目は好奇心で輝いていた。
旅芸人として数え切れない国を巡ってきた。
それでもなお、この城は圧倒的だった。
一方、クロードは静かに前だけを見て歩いている。
その横顔を、アクセルはちらりと見た。
噂は聞いていた。
母を失ってからのことも。
誰より魔物を討ち続けていることも。
ーー氷晶の王子。
人々はそう呼ぶ。
けれどアクセルの記憶にいるクロードは違った。
どこか儚いほど優しい子どもだった。
今の彼からは、その面影がほとんど感じられない。
それに少し胸が痛んだ。
やがて巨大な扉の前で、近衛騎士たちが立ち止まる。
「陛下。
フィルディア第一王子クロード殿下、並びにスカーレット・キャラバン商団一行をお連れ致しました」
重々しい声が響く。
ゆっくりと扉が開かれた。
謁見の間。
天井へ届きそうな白亜の柱。
赤い絨毯。
黄金の装飾。
その最奥。
玉座へ座る男。
ソレイユ帝国皇帝
ーーレグルス・ソレイユ。
鋭い威厳を纏いながらも、どこか静かな温かさを感じさせる人物だった。
その隣には皇后ルミナが座っている。
穏やかな微笑み。
凛とした気品。
まるで柔らかな陽光のような女性だった。
「面を上げよ」
レグルスの低い声が響く。
一同がゆっくり顔を上げた。
まずクロードが前へ進み出る。
「フィルディア第一王子、クロード・フィルディアにございます」
「此度はお招き頂き、深く感謝申し上げます」
完璧な所作。
王族として非の打ち所がない。
レグルスは静かに頷いた。
「久しいな、クロード」
その声音には、形式だけではない親しみがあった。
「父君には若い頃から世話になった」
「北の国は変わりないか」
クロードは僅かに目を伏せる。
「皆、健やかに過ごしております」
「そうか」
レグルスは頷く。
「近年は各地で魔物の出没も増えていると聞く。特に北方は厳しい環境だ。苦労も多いだろう」
その言葉に、クロードは僅かに目を見開いた。
同情でも、探りでもない。
ただ純粋な気遣いだった。
「……お気遣い、感謝致します」
短く答える。
レグルスはそれ以上深くは聞かなかった。
ただ静かに頷くだけだった。
やがて視線が商団へ向く。
「こちらが、スカーレット・キャラバンか」
オルレアンが一歩前へ出る。
「スカーレット・キャラバン商団団長、オルレアンと申します」
「此度も帝国との良き縁を賜れましたこと、光栄に存じます」
レグルスは静かに頷いた。
「お前達の名は帝国にも届いている。
商人は物を運ぶだけではない。世界の声を運ぶ者でもある」
黄金の瞳が細められる。
「各地を巡るお前達だからこそ、見えるものもあるだろう。後ほど、旅の話を聞かせてもらいたい」
オルレアンは落ち着いた笑みを浮かべた。
「喜んで」
そのやり取りを見ながら、ラスタは内心感心していた。
皇帝というから、もっと威圧的な人物かと思っていた。
だが違う。
この男は、人の話を聞く王だ。
だからこそ、この巨大な帝国を治められるのだろう。
「こちらが息子のラスタです」
オルレアンに促され、ラスタが前へ出る。
そして丁寧に頭を下げた。
「初めまして、レグルス皇帝陛下。旅芸人兼、商団の手伝いをしております」
アクセルは少し目を細めた。
赤い髪。
真紅の瞳。
異国の風を纏ったような青年。
初対面なのに、どこか壁を感じさせない。
不思議な男だった。
「旅芸人か」
レグルスが微笑む。
「帝国でも君たちの評判は聞いている」
「本当ですか?」
「特に皇后が楽しみにしていた」
その言葉に、ルミナがくすりと笑う。
「ぜひ今度、演奏を聞かせてくださいね」
「もちろんです!」
シラスタが笑顔で答える。
そのやり取りを見ていたアクセルは、ふとクロードへ視線を向けた。
すると気付く。
ほんの僅かだが、クロード空気が、この赤髪の青年へ向く時だけ柔らかい。
張り詰めた氷のような雰囲気が、少しだけ緩むのだ。
変わったんだな。
アクセルは静かに思う。
何があったのかは分からない。
けれど、この青年が、クロードを外の世界へ連れ出した存在なのだろう。
そんな気がした。
その後、皇帝レグルスと皇后ルミナ、そしてオルレアンは側近たちを伴い別室へ向かうこととなった。
謁見の間を出る直前、ルミナがふと振り返る。
「アクセル」
穏やかな声。
「お客様をきちんともてなして差し上げなさい」
アクセルが柔らかく笑った。
「はい、母上」
やがて扉が閉まり、広い廊下へ静寂が戻る。
ラスタが大きく息を吐いた。
「……めちゃくちゃ緊張した」
「お前でもするんだな」
クロードが静かに言う。
ラスタは苦笑した。
「そらするやろ。相手、大陸の頂点やで?」
すると、前を歩いていたアクセルがくすりと笑った。
「そんなに気を張らなくていい」
振り返る。
そこにいたのは、先ほどまでの”帝国第一皇子”ではなかった。
もっと自然な、昔のままのアクセルだった。
「少し中庭を案内しようか。帝国の城は広いからな」
その言葉に、ラスタの目が輝く。
「行きます!」
即答だった。
クロードが小さく息を吐く。
「……お前は遠慮を知らないのか」
「知ってるけど今はええやろ?」
悪びれもなく笑ラスタ。
アクセルが思わず吹き出した。
その笑い声に、張り詰めていた空気が、少しだけほどけた。
そして三人は、長い回廊を歩き始めた。
窓から差し込む陽光に照らされた、三つの影が交わる。
これが、世界の運命を大きく変える出会いなのだと、まだ誰も知らなかった。
コメント
1件
ラスタの「めちゃくちゃ緊張した」からの「行きます!」がもう、らしさ全開で思わず笑顔になりました。皇帝レグルスがただの威厳ある存在じゃなくて、「人の話を聞く王」として描かれているのがすごく好きです。クロードの氷が、ラスタに向くときだけほんの少し溶ける――その距離感の描き方に、作者さんの繊細さが滲んでいます。三人が並んで歩くラストシーン、胸が温かくなりました☺️