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しばらくの時間が経って、俺たちのダンスレッスンはかなりの回数を重ねていた。
基礎的な事からじっくりと丁寧に教わる。3人同時にゼロから、とは言ったものの、やはりそれぞれに向き不向きはあるわけで。
俺は体幹に自信がある方だし、アイソレもなんだか割とできてしまって、講師の先生に才能ありますよ!なんて褒められた。
若井は根が真面目なので、キッチリと型通りに踊るという感じか。自己流に走らず、悔しいがその長い手脚をいかして、基本に忠実だがかなり見栄えがする。
問題は涼ちゃんだった。若井と同じくスタイルは良いのに、なぜだか不安げに踊るのだ。手足の伸びが悪く、如何にも自信なさげといったように見えてしまう。
でも、誰よりも先生と共に練習を重ね、壁に向かって自主練をし、一生懸命に身体にダンスをなじませようと努力している。
3人が3人ともに、新しい事に苦戦しながらも、必死にもがいていた。
ある時、レッスンを終え自宅で過ごしていると、スマホに通知が届いた。
『元貴、今日時間ある?話があるんだけど、そっち行ってもいい?』
涼ちゃんからだった。俺の心臓が不意に早くなる。話?まさか…まさか…。
『うん、大丈夫だよ。若井は?』
返信を打つ指が微かに震える。
『若井は出かけてる。多分ジムかな。俺だけだけどいい?』
『おけー』
わざと軽い返事を送った後は、涼ちゃんがチャイムを押すまでの時間、なにをするでもなくベッドに座り空を見つめていた。
「ごめんねいきなり。」
涼ちゃんが靴を脱ぎながら謝る。俺は作り笑顔で応えて、室内へと促す。
俺がお茶を出すと、ありがと、と涼ちゃんは笑顔で床のクッションに腰を据えた。
「話って?」
俺はソファーに腰掛け、お茶を啜りながら平静を装って聞く。涼ちゃんが、うん…と少し下を見ながら切り出す。
「色々あって…なにから話そうかなって感じなんだけど…。」
「うん、ゆっくりでいいよ。」
涼ちゃんは、ありがと、と微笑んだが、なんだか泣きそうな顔に見えた。
「えっとね、じゃあまずは…若井の事なんだけど。」
「うん。」
「若井がね、表にはって言うか、俺には見せないようにしてるんだけど、ちょっとしんどそうなんだよね。」
「うん。」
「元貴は気付いてるかも知れないけど。時々、その…お風呂の中で泣いてるみたいなんだ。」
涼ちゃんの目が潤み始めた。
「俺にはね、明るいところしか見せないし、弱音も吐かないし、でもふとした表情で『ほんとは元気ないのかも』って感じる事があって。それでね、昨日たまたま若井がお風呂入ってる時に洗面所の方に行ったら、…若井が…泣いてて…。」
たまらず、涼ちゃんの目から涙が溢れ出す。俺は黙ってティッシュケースを涼ちゃんの方へ置いた。
「ごめん、ありがと…。もぅ、若井がさぁ…声を押し殺して泣いてるのがわかって、もしかして今までもずっとああやって俺に見せないように1人で泣いてたのかなって思うと…自分が情けなくて…。」
ティッシュで目やら鼻やらを忙しく拭きながら、嗚咽混じりに話す涼ちゃんを、俺は両手を固く握りながら黙って見ていた。
「ごめんね、元貴が…元貴が俺に若井を…その、任せるって言い方変かもだけど、でもたぶん元貴は俺に若井を支えて欲しかったのかなって…でも、1人で泣かせちゃって…俺なんにもできてない…ごめん。」
俺はソファーから涼ちゃんの横に座り直し、背中をさする。
「涼ちゃん、俺涼ちゃん1人に背負わせる気なんかないよ。俺はね…。」
言葉に詰まる俺を、涼ちゃんが赤くなった目で見つめる。
「…俺は、どちらかと言うと、若井に涼ちゃんを任せたと言うか…。」
なんだか涼ちゃんがショックを受けたような顔をしたので、俺は慌てて話を続ける。
「違うよそういう意味じゃなくて。頼りないからとか、頼りになるからとか、そんなんじゃないよ。あのね、俺と若井はどうしても付き合いが長いでしょ。その仲に、涼ちゃんにもっと遠慮なく入ってきて欲しかったの、俺は。年上だからとか、後から知り合ったからとか気にせず。」
涼ちゃんの目が揺れる。俺は涼ちゃんを傷つけないよう、気を付けながら言葉を続けた。
「だから、若井と仲を深めてもらうのが1番だと思った。俺は涼ちゃんを連れてきた人間だから、どうしても俺より若井の方が距離はあるのかなって。でも、若井はほんとにいいやつだから。もちろん涼ちゃんも。だから、若井の『友達の友達は俺の友達』みたいな単純な、ちがう、素直なところを信じて涼ちゃんを任せたの。そういう意味ね。」
涼ちゃんはしばらく俺を見つめた後、視線を下に向けた。
「ごめん…どっかで俺、元貴と若井には俺には分からない想い出とか、絆…とかそういうのを感じちゃって…心の中で俺だけ線をひいちゃってたかもしれない…。 」
消え入るような声で涼ちゃんが呟く。
俺はため息をついて、涼ちゃんを抱きしめた。涼ちゃんの身体が一瞬震えた。
「涼ちゃん。自信持ってよ。もっと自分に自信持ってよ。」
「自信…ないかな、やっぱ…。」
「ダンス見ててもさ、涼ちゃん何でこんなに自信なさげに踊るんだろって思ってたよ、正直。」
「ダンスは…ほんとに自信ない。難しいよ、ダンス…。」
はは…と鼻を啜りながら涼ちゃんは力無く笑う。
「…じゃあ、俺が涼ちゃんに自信をあげるよ。俺はねぇ、涼ちゃんにひと目会った時から、この人だって思ったの。この人しかいないって、俺にはこの人が必要だって思ったの。」
涼ちゃんの持つティッシュがまた数を増やした。
「昔、事務所の集まりでさぁ、色んな人が繋がろうと必死にざわついてる中に、涼ちゃん壁際にポツンと立ってたでしょ?なんか俺、すごく目を惹かれちゃってさ、あ、この人好きかもって。」
「ボッチで陰キャだったから?」
涼ちゃんが鼻声で冗談めかして言う。俺はふっと笑いながら首を横に振った。
「違うよ、雰囲気がすごく柔らかくて、でもなんか儚げで…人との距離の取り方みたいなのが、少し俺と似てるのかなって思った。」
涼ちゃんが黙って頷く。
「ここまで俺が言ってんのに、まだ自信つかない?こんなに俺が、涼ちゃんしかいないって言っても、意味ない?」
今度は涼ちゃんが、激しく首を横に振った。涼ちゃんの髪のいい香りが、俺の鼻をくすぐる。
「元貴ごめ…ありがとう。」
ごめん、と言いかけてやめたという事は、少しは俺の気持ちが彼の自信につながったのかな、と安堵した。
「まぁ話がだいぶ逸れちゃったけど、若井の事はそんなに心配いらないんじゃないかな。もちろん俺もこれから気にしておくけど、俺らに弱音を吐かないのがあいつなりのプライドだろうし。でも、まぁ今度さ、また3人でゲームでもしようか。若井の元気が出るまで。」
「うん、そうだね…。それに、若井は絶対に元貴から離れないだろうし、ミセスを辞めたりはしないもんね。」
俺は心臓を掴まれたように感じて、涼ちゃんを包む腕に力がこもった。
「元貴?」
「俺、今日涼ちゃんが…『辞める』って言ってくるのかと思って…。」
怖かった、という言葉はもはや声にならず、息が漏れ出ただけのようになり、俺は涼ちゃんの肩に強く顔をうずめた。
「ごめん!ごめん元貴!」
涼ちゃんは俺の腕を振り解いて俺の肩を掴んだ。俺は泣いていたのだろう、涼ちゃんはかなり悲痛な表情を浮かべた。
「俺、もう一個の話しは、元貴の事だったんだよ。元貴、高野たちが辞めるってなった時から、顔がずっと固くて…なんていうか…。」
涼ちゃんは唇を噛んで下を向く。
「元貴が、色々抱え込んでるってわかってて、心配で、でも、なんもできなくて…。」
涼ちゃんがゆっくり顔を上げて俺を見つめる。
「…元貴、ソロの話、進めてるよね…?」
俺は驚きの表情を隠せなかった。
表立っての打ち合わせはダンスについてのみで、ソロについてのそれは彼らの前ではしていなかったはず。マネージャーにもスタッフにも、俺が2人に話すまで漏れないように気を付けてもらっていたはずなのに。
「ごめん、スタッフさんが打ち合わせてる話を部屋の外から聞いちゃった事があって…。このタイミングだったから、怖かった…。元貴は1人でなんでもできるから、もしかしたらって…。俺と若井はどうすればいいのかって…。」
俺はどう言えば誤解なく伝わるのか、頭をフル回転させていた。だけど、俺が何かいう前に、涼ちゃんが笑顔で顔を上げた。
「でもさ、今ので元貴が俺たちから離れるわけないってわかった。ミセスを無くすわけないって。俺、そこはちゃんっと自信が付いたよ。」
俺は、安堵の表情で、深く頷いた。涼ちゃんも微笑み返してくれる。
「俺、自信ついたから、大丈夫だから、だからもっと元貴も頼ってほしい。仲間が抜けて、不安定にならないわけないんだから。」
俺は、涼ちゃんのしっかりした瞳から目が離せない。肩に置かれたままの涼ちゃんの手に、自分の手を重ねる。
「俺さ…俺………やっぱりすごくショックだった…高野もあやかも…。………俺のせいだって思って…。」
「ちがうよ。」
「うん、あいつらも、絶対元貴のせいじゃないって、何回も…。でもやっぱりさ、やっぱりどうしてもそう考えちゃうじゃない、人って。」
「うん…。」
「だから、なんか俺は楽しんじゃいけないような…でも、なんでだよって怒りみたいなのもあって…自分でもよくわかんなくてメチャクチャで。」
「うん。 」
「だから、涼ちゃんとか若井にも八つ当たりみたいな態度とっちゃったりしてた、ごめん。」
「ううん、大丈夫。」
涼ちゃんは、俺のめちゃくちゃな話をひとつずつ受け入れて包んでくれるようだった。
俺は、ふぅーーー…と長めに息を吐く。
「…じゃあ、また、前みたいに、鬱陶しいくらい絡んでいい?」
「いいよ、当たり前じゃん。」
「高野にやってたイジりとか、全部涼ちゃんにやっちゃうよ。」
「ふふ、いいよ。」
俺は、鎧のように俺にまとわりついていた不安や怒りや悲しみなんかを、涼ちゃんが溶かしていってくれるような、不思議な感覚がした。肩が少し軽くなった。息もしやすくなった。
ガバッと強めに涼ちゃんの首に抱きつく。ウッと言って涼ちゃんが倒れないように片手を後ろについて踏ん張る。反対の手は、優しく俺の背中へ回してくれた。
「ありがとう…。もうこうなったらこれからちょくちょく来てもらうからね、マジで。覚悟してよ。」
「うん、いつでも来るよ。」
涼ちゃんの優しい声。目頭が熱くなる。
俺は、これは言うか言うまいか少し迷ったが、もう言葉が先に出ていた。
「涼ちゃん…WaLL FloWeRはね、涼ちゃんの曲なんだよ…。」
涼ちゃんの手が俺の背中をぽんぽんと優しく叩いた。俺は涼ちゃんの柔らかい髪に顔を寄せた。
間違いなく、これまでで1番穏やかな時間が、俺たちを包んでいた。