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休日の朝、真平はいつもより遅く起きてきた。
寝癖をそのままに、目をこすりながらソファへ近づいてくる。
「……おはよ」
寝ぼけた声が、妙に柔らかく胸に響く。
「おう。珍しく寝坊だな」
「今日も腰痛でさ……寝返りうつのに時間かかってた」
言いながら、ぐだりとソファに倒れ込む。
その仕草すら、どこか子どもっぽくて、見ていて息がゆるむ。
しばらくして、真平がスマホをいじりながら言った。
「なぁ、映画行かね? 観たいのあったんだよ」
「いいよ」
「よっしゃ」
嬉しそうに立ち上がり、身支度をはじめる。
その背中を見ながら、昨夜感じた“違和感”が小さく疼いた。
スマホの振動。
一瞬の怯え。
けれど、その理由を訊くことはできなかった
準備を急いで終わらせると、二人で近くの映画館へ向かった。
彼は昨日のことなんて気にも留めていないように、いつも通り話していた。
それがあまりに自然だから、俺もつい、何でもなかったふりをした
休日の午後、映画館へ辿り着いたものの――
観たかった作品のタイトルが、どこにもない。
「……ないな」
真平が掲示板を見上げたまま呟いた。
「今日だと思ってたんだけど……」
「予告だけ先行してたパターンかもな」
肩を落とす真平を見ていると、帰るという選択肢が自然に思えた。
けれど彼はすぐに顔を上げる。
「……せっかくだし、なんか観て帰ろうぜ」
「え? 名前も知らねぇ映画?」
「知らねぇからこそ面白いかもしれんだろ」
らしいと言えばらしい。
俺がためらっていると、真平は上映予定の端にある、
見慣れないタイトルを指差した。
「ほら。あと十五分で始まるやつ。
ジャンルもよく分かんねぇし、観客も少なそう」
「ほんとに知らん映画だな……」
「じゃあこれで」
言い切るようにチケットを買い、振り返って笑う。
それが妙に嬉しそうで、断れなかった。
劇場内は驚くほど静かで、
座席の半分以上が空いていた。
予告も流れず、薄暗いまま本編が始まる。
冒頭にタイトルが出たが、読んでもさっぱり分からない。
画面には、
人間関係の距離感を淡々と描くような映像が続いていた。
登場人物は二人の高校生――
だが、BLでもなく、恋愛とも限らない。
ただ、
ふたりの間の“言葉にしない感情”だけが、妙に強調されている。
親友とも他人ともつかない距離で揺れている登場人物たち。
どちらかが歩み寄れば、もう片方が少しだけ身を引く。
その繰り返しが映像全体に滲み、
音楽もほとんどなく、ただ静かに世界が流れていく。
「……なんか、不思議な映画だな」
真平が小さく呟いた。
その声はスクリーンの青白い光に溶けていく。
俺は返事をせず、ただ横顔を見つめた。
映画の中の二人が、
“名前を呼ぶだけで揺れる距離”を保っているのが、
自分たちと少しだけ重なって見えた。
画面の中で少年が言った。
『離れたいんじゃない。ただ……近いのが怖いだけなんだ』
胸が痛んだ。
映画は結局、恋愛にも事件にも踏み込まず、
曖昧なまま終わった。
だけど、
その曖昧さが妙に心に残る。
エンドロールが流れ出すと、真平が小さく伸びをした。
「……よく分かんなかったけど、
なんか……すげぇ映画だったな」
「そうだな」
うまく言葉にできないまま劇場を出ると、
空気がひんやり感じられた。
映画の余韻が、
二人の間に残ったまま歩く。
真平は、さっきの映画のセリフを思い出すように呟いた。
「……近いのが怖い、か」
その言葉に返事をしようとした瞬間――
「あ……見つけた」
冷たい声が背中に落ちてきた。