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スタートヽ(*^ω^*)ノ





宝が安置された部屋は、まるで要塞だった。


分厚い鉄扉。

赤外線センサー。

床一面の圧力感知装置。

そして、その中心。


宝の前に立つ青年――キヨ。


腕を組み、まっすぐ前を見据え、

「どっからでもかかってこい」

と言わんばかりの仁王立ち。


静寂。

聞こえるのは、機械の微かな稼働音と、警備員たちの息遣いだけ。


――そのとき。


カチ、カチ、カチ。


床を這う、小さな音。


キヨが目を細める。


次の瞬間、

暗がりから現れたのは――


ぜんまい仕掛けのカニのおもちゃ。

赤や青、金色に塗られた小さなカニが、

無数に、ぞろぞろと床を埋め尽くしていく。


「……は?」


警備員たちがざわめいた、その瞬間。


カニの目が、不気味に光る。


プシュッ――!


目の部分から噴き出したのは、白い霧。

怪しく、どこか甘い匂いを帯びた睡眠ガス。


「しまっ……!」


キヨが息を止めようとした時には、もう遅かった。


警備員たちは次々と崩れ落ち、

銃も、無線も、警戒も、すべてが床に転がる。


だが――


キヨだけは倒れなかった。


膝をつきながらも、必死に呼吸を抑え、

朦朧とする意識を歯を食いしばって繋ぎ止める。


「……こんな、子供だましで……!」


視界が揺れる。

光が滲む。


そのとき。


天井の通気口が、音もなく開いた。


ひらり、と。


黒いマント。

白と黒の仮面。

バッテンの目、ギザギザの笑み。


怪盗レトルトが、優雅に舞い降りた。


『こんばんは。新米探偵くん』


その声は、どこか愉しげで、どこか優しい。


キヨは必死に睨みつける。


「……お前が……レトルト……!」


仮面の奥で、怪盗は小さく笑った。


『ふふ。正解。――でも、まだ終わりじゃないよ〜』


床一面のカニたちが、くるりと向きを変える。


そして、宝の金庫の前で、ぴたりと止まった。


次の瞬間。


カチリ、とぜんまいが巻き戻る音。


重厚な金庫のロックが、まるで玩具のように外れていく。


キヨの目が大きく見開かれた。


「そんな、馬鹿な……!」


怪盗レトルトは、軽やかに宝を抱き上げる。


まるで、大切なものを優しく迎え入れるように。


『この宝はね、檻の中より、

もっと自由な場所が似合うんだよ』


そう囁く声が、なぜか胸に残る。


キヨは最後の力で手を伸ばした。


「逃がすか……!」


だが、指先が触れるより早く。


怪盗は窓辺へと飛び、

夜の闇へ溶け込むように姿を消した。


残されたのは、

床一面に転がる小さなカニと、

甘い眠りの匂い。


そして――


胸の奥に、妙な高鳴りを覚えたままの、キヨだけだった。


「……次は、必ず捕まえる」



遠ざかる意識の中、闇の向こうで、

ギザギザの笑い声が高らかと響く。





ゆっくりと、意識が浮上する。


重いまぶたを開くと、天井の白い光が滲んで見えた。

甘ったるい匂いはすでに薄れ、

ただ静まり返った部屋だけが現実を突きつけてくる。


キヨは身体を起こした。


周囲には、倒れたままの警備員たち。

床に散らばる無数のぜんまいのカニ。

そして――


宝があったはずの金庫は、空っぽだった。


「……っ!」


奥歯を強く噛みしめる。


拳を握りしめ、勢いのまま床へ叩きつけた。

鈍い音が響く。


「くそっ……!」


悔しさが胸を焼く。

自分は守る側だった。

捕まえる側だった。

それなのに、目の前で奪われ、何もできなかった。


キヨはゆっくりと立ち上がる。

揺らぐ足を踏みしめ、まっすぐ前を見る。


「次こそは……」


声は低く、震えていた。


「絶対に捕まえてやる。 怪盗レトルト……必ず、お前をこの手で….。」


闘志の炎が、瞳の奥で赤く燃え上がる。


外では、警報が遅れて鳴り響き始めていた。



嵐の中心にいるように、

静かに、確かに、決意を固めていた。



続く





怪盗レトルトと新米探偵キヨ

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