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翌週、月曜の昼休み
俺は突然、尊さんに倉庫室に呼び出された。
ノックして中に入ると、尊さんはすでに席についていた。
普段の彼からは想像もつかないほど、その表情は硬く、まるで分厚い氷で覆われているかのようだ。
「雪白、来たか」
その声は、命令のように冷たくて、俺の胸に突き刺さった。
「今日はどうしたんですか?こんなところに呼び出すって…」
「実は、ちょっと大事な話があってな」
いったい何があったんだろう?
俺が何か失敗でもしたのだろうか?
そんなことを考えていれば、尊さんは俺の目を見て言ってきた。
「お前と俺のことだ」
「え、俺と尊さんの……?なんですか?」
「………この際だから言うとな、俺がフォークということは会社では隠してたんだが、それが他の社員にバレて、しかも傍から見れば俺が雪白を襲ってるような場面を隠し撮りされてしまってな」
頭の中が真っ白になった。
写真?いつ?どこで?
信じられない言葉に、呼吸が止まる。
あの時、尊さんが俺を押し倒すようにキスしてくれた、あの瞬間か
もしそうなら、一番大切な思い出が、こんな形で晒されるなんて。
「え、だ、大丈夫なんですか…?それ」
震える声で尋ねる。尊さんを心配する気持ちと
自分にも、尊さんにも災難が降りかかるかもしれないという恐怖が入り混じっていた。
「そうじゃないから、お互いのために別れた方がいいと思っている」
その言葉が、耳の奥で何度も反響する。
別れる?どうして?
そんなに深刻なこと?
尊さんの口から聞くとは思いもしなかった別れると言う言葉に、つい狼狽える。
「わ、別れるまで行かなくても…!社内で関わるのを辞めるだけでもいいじゃないですか…?」
それでも必死に代案を口にする。
喉の奥が熱い。別れたくない。
この人と離れるなんて、考えただけで胸が張り裂けそうだ。
「雪白にも俺にも変な噂が立つ。徹底した方がお互いのためじゃないか?」
尊さんの目は揺らがず、その決意はあまりに固い。
まるで俺の懇願が全く届いていないかのように。
「そんな…!尊さんはいいんですか…?!俺と、別れるとか…!俺は…っ、尊さんと別れるなんて…嫌ですよ」
込み上げてくる涙を必死にこらえた。
こんなところで泣いたら、余計に困らせてしまうだろう。
でも、もう理性ではどうにもならなかった。
「尊さんは、俺のこと好きじゃないんですか…っ?」
最後に残った力を振り絞って、その言葉を絞り出す。
もし「好きだ」と言ってくれたら、まだやり直せるかもしれない。
そんな淡い期待が、俺の心をわずかに灯していた。
「…っ、分かってくれ、雪白」
彼の声は、これ以上ないほどに確固たる意志に満ちていた。
その顔は本当に辛そうで、俺のどうしようもない
「別れたくない」という想いは
彼の苦しそうな顔に打ち消されてしまった。
彼がそこまで言うなら、きっと俺には想像もつかない理由があるはずだ。
「もう俺たちは部下と上司だ、分かったな?」
尊さんの言葉が、俺の胸に重くのしかかる。あまりに唐突で、残酷な現実だった。
「…っ、……わかり、ました」
俺の声は震えていた。
心の中では「嫌だ、嫌だ」と叫んでいるのに
口から出る言葉はまるで操り人形のように従順だった。
会議室を出る直前、尊さんの表情に、一瞬だけ苦しそうな影が差したのを俺は見逃さなかった。
まるで、俺と同じくらい辛いと言っているような
でも、それが何を意味するのか、俺には分からなかった。
ただ、俺は一人、冷たい廊下に立ち尽くすことしかできなかった。
それからは、まるで別の世界に迷い込んだようだった。
今まで尊さんと築き上げてきた関係が、まるで夢だったかのように感じられる。
毎日のように交わしていた何気ない会話や
昼休みの定食屋での時間。
温かかったはずの記憶が、今は遠い幻のようだ。
尊さんは、本当に遠くに行ってしまった。
あれ以来、俺たちはほとんど顔を合わせることがなくなった。
時折すれ違う時はあったけれど、「お疲れ様です」と挨拶すれば普通に返事が返ってくる。
それだけだ。
毎日のように昼休みに一緒に定食屋に行っていた日課もなくなり、俺は田中と定食屋に行くことが増えた。
それでも最初の頃は良かった。
まだ気持ちが追いつかないまま日常をやり過ごしていた。
けど時間が経つにつれてどんどん気持ちが沈んでいった。
田中が楽しそうに話しかけてくれる。
笑っている時も、心の奥で尊さんのことを思い出してしまう。
定食屋の席も、いつも尊さんの向かいに座っていた席が今は虚しく空いている。
唐揚げ定食を頼んでも、尊さんが「お前今日もそれか」とからかってくれた時の声が聞こえるような気がして、味がしなかった。
◆◇◆◇
そんなある日
田中に「最近元気なくないか?」と言われた。
俺の不調は、周りにもわかるほどだったらしい。
確かにここのところずっと食欲もないし、夜もあまり眠れない日が続いていた。
初めてお泊りしてもらったときに隣で寝ていたはずの尊さんがいないベッドは
あまりに広く感じられて、寝付けないまま朝を迎えることが多かった。