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青、は何の象徴?

第二十一章 鍵の向こう側
マンションの鍵がなかなか刺さらない。
おまけに、エレベーターにまで嫌われた。
「おーい俺ここに居るよ?」
エレベーターの無機質な扉に向かって、そう呟いた。返事はない。
涼太はマンションの前まで俺を送ると、「今日はこれから亮平とデートなんだ」と言って緩んだ顔を見せた。「はいはい、ご馳走様」なんて言って手をひらひらさせ、歩き出そうとした時にはもうすでにそこにタクシーは居なかった。
「冷たいやつだね……全く」
部屋の扉の鍵穴に両手で鍵を握りしめ、慎重に刺した。
ふんっ俺の家だ。拒むんじゃないよ……
回し始めて、ドアごと体が前のめりに持って行かれる。
目眩にも似た浮遊感があって、
やばい……倒れる――
「おかえり翔太くん――
ふふっ//大丈夫?」
懐かしい香り。優しく低い声。
長い腕に引き寄せられ、蓮の胸に体ごと捉えられゴツゴツした長い指が頰を撫でる。
「また泣いてるの?すぐ泣けるの、もはや才能だね?」
「っ……どうして?夢?俺死んだ?」
「ふふっ夢じゃないし、死んでないよ?ほらよく触って?ナマモノです。」
「バカぁ」
勢いよく蓮にしがみ付くと、玄関ホールに扉が閉まる音が響いた。二人同時に床に転げ落ちると、蓮の胸の上に抱き付いたまま離れなかった。
両手で頰を掴んだ。
温かい――
指先に、淡い青が戻ってくるみたいだった。
顔を埋めて匂いを嗅いだ。
いつもの蓮だ――
俺の手に触れた蓮の指に――お揃いの指輪が、まだあった。
「いつ……消えても構わない――蓮が覚えててくれるなら」
「オーバーだな//……キスしたいんだけど、
ちゃんとここにいるうちに――なんてね」
蓮が体を支え直し、腕の中のままゆっくり立ち上がる。掬い上げられた体が床から離れた。「ご飯食べてる?」「少し痩せたろ?」そんな事を言いながらリビングのソファーに下されると、再び軽々と持ち上げられて、蓮の膝の上に向かい合わせに座った。
「ちゃんと顔を見せて?」
「本当に蓮?瞬間移動できるの?」
「ふふっ可愛い事言わないで?どこでもドア持ってる」
「本当?」
「な訳ないでしょ//翔太くんしっかりして?詐欺にでも合いそうで心配だよ?」
クスクス笑って蓮は楽しそうだ。撮影が巻いて少しだけ時間が出来たらしい。
「巻いて巻いて巻けばいいのにって、もう一つ願い事叶っちゃった」
「ふふっどんだけ巻くのよ?」
付き合う前の頃のように「翔太くん」と呼ぶ蓮の唇に、そっと押し付けた俺の唇が、リップ音を鳴らして離れた。触れているあいだだけ、世界の輪郭がはっきりした。
カーテンの隙間から覗いた窓の外。
夕陽に染まる空に、青を探した。
群青の空が、そこにあった。
青は、そこにいるだけでよかった。
蓮 side
俺の膝の上にちょこんと乗った翔太くんは、可愛らしい。
腰を掴む手を背中に這わした。
すごく痩せた。
指先で背中の骨をなぞり、ここにいる形を確かめる。
鍛えていたはずの体はやわらかく、ひとまわり小さく見えた。顔色も、いいとは言えない。
僅かな時間でも帰ってこられてよかった。
「お腹空いてるだろ?何か作るよ」
そう言ってキッチンに立った翔太くんは、冷蔵庫を開けるなり、固まっている。
覗き込むと、水だけが入った冷蔵庫に、なぜか溶けたアイスが一人分。
「あらっ空っぽだね……出前取ろう」
「うん……ごめんね。手作り食べて欲しかったな」
「明日の朝ごはん作ってよ?ご飯食べたらアイスも買いに行こう。間違わないように俺が冷凍庫に仕舞うから」
「意地悪」
少しだけ頰を赤く染めた翔太くんは、踵を上げて背伸びすると、唇にもう一度キスをした。
「おかえり、蓮……まだ言ってなかったでしょ?」
「夕飯前に君を食べちゃいたい」
「バカぁ////」
熱々のピザを頬張る俺を、頬杖をついて見守る翔太は、やっぱり「お腹空かない」と言って食べるのを拒んだ。
「流石にひとりじゃ食べ切らないよ?」
と言うと、渋々小さな口を開けた。
「んっ……食べさせて」
「お膝くる?」
「うん」
膝の上に感じた重みが愛おしい。
翔太くんは、小さく噛んで、少しの水で流し込んでいる。
時折ゴホゴホとむせ返っては、涙目で「もう要らない」と言った。
「お粥さん作ろうか?」
「平気。俺のエネル源は蓮だから」
翔太 side
蓮が立ち上がると、ソファーの背に掛けていた上着を手に取った。
「翔太くんアイス、買いに行こう?」
「……覚えてたんだ」
「忘れるわけないでしょ」
そう言って、何でもないみたいに俺の肩に上着を掛ける。袖が少し長くて、手が隠れた。
「溶けるから、あんまりゆっくりできないよ?」
「走らせないでね」
「善処します」
玄関に向かう途中、蓮が鍵を手に取る。
それを見て、なぜか胸の奥がきゅっとした。
寒空の中、夜の風が頰を撫でていく。
「もう少しこっち来て」
肩を掴まれ、胸がキュンと鳴る。
「寒くない?」
顔に息がかかる距離。自然と頰が熱くなる。
「蓮がいるから平気」
「顔真っ赤にして言わないで?今すぐ食べちゃいたい」
「まだ言う……////」
「トナカイさんみたい」
楽しそうに鼻を人差し指で弾く蓮の腕にしがみ付くと〝歩きにくい〟と言いながらも、コンビニまでの道を二人で歩いた。