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誘拐犯の黒幕は、ネフテリアの兄だった。
アリエッタを攫ったのがこの城の王子だという事を知ったパフィは……
「あ゛ぁん!?」
「ぎゃー!!」
さらに殺気を膨らませた。そんなパフィの様子を、ミューゼは少し悲しい顔で見つめている。
「あの、ミューゼオラさん……パフィちゃんが……」
「はい、アリエッタが攫われた事で、本気で怒ってますね。あたし、今夜のハンバーグは食べられそうにないです」
切なそうに言うが、言葉に含まれる意味は穏やかではない。
「もうハンバーグは決定事項ですか!? 悲しんでいる理由は食欲減退!? 止めてくださらないのですか!?」
「無理です自業自得ですあたしも怒ってます」
「………………」
慌てるフレアにジト目で短くまくし立てると、あっさり黙ってしまった。
なおも殺気を膨らませていくパフィと、それを阻止しようと必死に縋り付くネフテリア。
王族2人がかなり焦っているが、その光景を目の当たりにしている料理人達もまた、信じられない光景にざわついていた。
「なんだよアレ……王妃様も王女様も逆らえないってどういう事だよ……」
「パフィちゃんは分かる。サンディちゃんの娘だからな。だけど……」
「あの子も、もしかして凄い子なのか?」
「王女様と一緒に突っ込んできたよな?」
「……ってことは、もしかしてアレか? あの子は他国か他リージョンの王女様か何かって事か?」
「なるほどな、それならあの光景になるのも無理はないな」
王女が『パフィちゃん』に必死に懇願し続け、『知らない女の子』が王妃を睨みつける。そんな信じられない光景は、つじつまが合うように料理人達の想像を歪ませていき、誤解を生みだしていった。
そんな事には一切気づいていない当事者4人は、さらに険悪な雰囲気になっていく。
「がるるるる……」
「パフィちゃん落ち着いてっ」
「ハンバーグ作るまでは落ち着けないのよ!」
「だから駄目ですってばぁ!」
今最も危険なパフィを、ネフテリアとフレアが2人がかりで抑え込む。身軽なドレスのまま、包丁を持って走り出す気満々である。
「ミューゼさん! 何か止める方法は無いんですか!?」
「ハンバーグ作ったら──」
「それ以外で!」
「えー……」
ミューゼも怒っている為、パフィを止める気は全く無い。というか、止める方法もあまり無い。しかし一応王女の頼みという事で、解決策を考えた。
「止める事が出来るのは、アリエッタだけですね。間違いなく」
「ひぃぃ!! それ既に終着点!!」
アリエッタのいる場所には、同時にターゲットである王子もいる。どちらにしても、ハンバーグは避けられない。
犯人が王子ということもあって、アリエッタの身の安全だけは大丈夫だと、先程誘拐犯2人に教えられたミューゼは、慌てずに思考を凝らす。
「もしかしたら、ハンバーグになるの、片腕とかだけで済むかもしれない」
「結局ハンバーグは出来ちゃうのですか!?」
ミューゼは被害を最小限に抑える作戦を述べた。
「まずは王子様を見つけたら、あたしとテリア様が魔法でぶっ飛ばします」
「ぶっ飛ばすの!?」
「その隙に、王妃様がパフィを抑えます」
「この子かなり力強いんですけど……」
「アリエッタがパフィに抱き着いて、頬ずりとかチューとかしてくれれば、確実に大人しくなります」
「指示出来ないし運要素強すぎ!?」
言葉がほとんど理解出来ないアリエッタに、お願いや指示などは不可能である。これはもはや作戦ではなく希望。誰も予測出来ないアリエッタの行動次第で、王子の運命は決まるのだ。
「うぅ…そんな危ない賭けをするのは……」
「さすがに朝は我慢出来ましたけど、今回は駄目ですよ。お城に来てから、アリエッタはひどい目に合ってばかりですし」
「うぐっ……」
たった1日で心が折れたあげくに誘拐されるという、本日不幸まみれのアリエッタ。自分たちが原因という事を自覚している王族2人は、言い返す事など当然出来ない。パフィを抑えたまま顔色を悪くしている。
「私も散々弄ばれたのよ」
「……何があったの?」
ミューゼと別行動している間に、パフィは地味にストレスを抱えていた。アリエッタの誘拐を聞いて爆発したのは、これも要因の1つである。
自分もアリエッタのように着せ替えられ弄ばれた事を思い出したパフィは、爆発させたストレスを少しだけ制御した。
「王妃様、アリエッタの所に向かうのよ。いまならハンバーグじゃなくてメンチカツにしておくのよ」
「どっちにしても刻まれちゃう!? ちょっと待っててパフィちゃん! わたくしが直接行ってアリエッタちゃんを救い出してくるから!」
フレアは自分1人で向かい、パフィと王子を遭わせないように解決する方法を提案した。もはやなりふり構っていられないという、息子の身を守る為の親心である。
しかし、それを許す程、今のパフィの心に余裕は無い。
「みんなで一緒に向かうのよ。でないと……」
「で、でないと……?」
パフィは確実にアリエッタの居場所を聞き、すぐに向かう為に、奥の手を使った。
「ママに言いふらすのよ」
「こっちよ! 3人ともついてきて! 一刻も早くアリエッタちゃんを取り戻すわよ!」
「お母様!?」
奥の手『食天使サンディちゃん』は、いともたやすくフレアの親心を粉砕した。
瞬時に心を入れ替えたフレアは、悲しそうにネフテリアに告げる。
「テリア、為政者にはね…時には非情な選択をする事も大事なのよ」
「ただパフィさんのお母様に嫌われたくないだけですよね!?」
フレアは娘の言葉を無視し、キッチンを飛び出した。それに続くミューゼとパフィ、そしてネフテリア。
身勝手な焦りと怒気と殺気を漲らせながら走る3人を追うネフテリアは、叫ばずにはいられなかった。
「お兄様逃げて! 超逃げてぇぇぇ!!」
ドレス姿の恐ろしい集団がキッチンを飛び出す少し前、アリエッタはゆっくりと目を覚ました。
「ん……」(あれ? また起きた……なんか今日はよく寝るなぁ……)
不思議に思いながら身を起こそうとするが、頭に何かがそっと添えられていて、うまく動けない。
視線だけ動かすと、布団が被せられている。
(ええと、みゅーぜかぱひーかな? いつもみたいに柔らかくないけ──)
どうせ横にミューゼかパフィのどちらかがいるのだろうと思いながら、顔だけ横を向いたアリエッタは、思考が止まった。
(……誰? あれ? みゅーぜと一緒にいたお姉さん?)
アリエッタが見たのは、ネフテリアにそっくりな綺麗な顔立ちをした人物。ただし髪は赤く短い為、違和感を感じている。
その人物はベッドに腰かけ、アリエッタの頭をそっと撫でていた。
「起きたかい? お姫様」
(ん? 男の人?)
何を言われたのかは分からなかったが、声を聴けば男だという事は理解出来た。この人物こそが、ネフテリアの兄である。兄妹で顔はそっくりだが、髪の色は違っていた。ネフテリアは父親であるガルディオの黒髪、そして王子は母親であるフレアの赤髪を受け継いでいる。
もちろんそんな事を知らないアリエッタは、どういう事かと考え始める。
(えーっと、たしかぴあーにゃと一緒に杖とか見てて、いきなり真っ白になったら……今起きた? なんで? 魔法にそういうのあるの?)
「む、まだ寝ぼけているのか? そうだな、まずは……おはよう」
「! おはよ」(おっと、起きたら挨拶だよ。これ大事)
王子の『おはよう』に反応して、アリエッタは挨拶を返した。そしてそれに満足した王子は話を続けようとする。
「目覚めたばかりで状況がよく分かっていないだろうが、君を僕の部屋に招待した。僕の名はディラン。このエインデルの王子だ」
自信満々に自己紹介をする王子ディラン。それを聞いて、アリエッタは驚愕の表情へと変わっていく。というのも……
(どうしよう……何言ってるか分からない。なんかすっごい喋ってる)
ディランのセリフに知っている単語が1つも無かったからだった。
その驚いている顔を見て、さらにディランは気をよくし、立ち上がる。
「ククク……さすがに驚いているようだな。まぁ無理も無い。一般人と王族では少々立場が違うからな。君をここに連れてきたのは僕なんだ。順を追って説明しよう」
王子であるという事に驚かれていると思っているディランは、さらに自信満々に語り続ける。
「君はテリア達と共に魔法訓練所にいただろう? その時に君を見かけてね。話をしたいと思って少々強引に招待したのだ。もちろん危害なんか加えないから安心してくれ。むしろ君を守りたいんだ」
長々と喋りながら、アリエッタを撫でて怖がらないように優しく接する。当のアリエッタはずっと茫然としている。
(ど、どうしよう……これって僕に向かって話しかけてるんだよね? 困った……みゅーぜ、ぱひー、助けて……)
優しくされているという雰囲気は分かっているが、話が分からないという方面で危機感を感じている。そしてここには頼りにするべき2人はいない。アリエッタはだんだん怖くなって、少しずつ俯いてしまう。
「む、警戒心が強いのか? 大丈夫だ。ここには僕と君の2人しかいない。よければ君の名前を教えてくれないだろうか」
(だいじょうぶ? ……なにが? うう、そこしか分からない)
ディランはアリエッタの小さな手を優しく握り、その瞳を見つめる。普通の女の子ならば堕ちるであろう優しい声と美貌のセットだが、言葉が分からず混乱中のアリエッタには通じない。おまけに中身は女の子として馴染みつつあるものの、元おっさんである。女として異性を意識するようになるには、まだまだ女の子として成長する時間が必要だった。
ただ混乱しているだけのアリエッタを見て、王子という肩書を間近に見て怯えているのだろうと推測するディラン。ここはリードしてやらねばと意気込み始める。
「怖がる必要はない。安心するまで抱きしめてあげようではないか。さぁおいで……」
アリエッタの背に手を回し、ゆっくりと身を寄せる。そして包み込むように両腕を──
バンッ!
「アリエッタ! ぶじかっ!?」
突然扉が開き、現れたのはピアーニャと料理人。決着の後、事情説明をしながらこの部屋へと向かっていたのだ。
「って、やめんかバカものぉぉぉぉぉぉ!!」
どげしっ
「どへっ!?」
突然の乱入者に驚き、途中で動きを止めたディランを、ピアーニャの『雲塊』が殴り飛ばした。