エトワール様は、本当に好奇心旺盛な方だと思う。だが、それ以上に無知で、危険な香りがする。エトワール様自体が、というよりかは、エトワール様が、死の近くにいる……そんな感じだ。
書斎で、本を探しているエトワール様に声をかければ、返ってきた言葉に、驚く以外の反応が出来なかった。
「何を探しているのですか。エトワール様」
「うーんと、禁忌の魔法?」
「禁忌の……」
エトワール様は、ハッとしたようなかおをしたあと、調べなければ、という顔に変わったため、これはまずいな、と俺は止めようとした。
禁忌の魔法は一般常識ではあるが、何かと、抜けているエトワール様は、それを知らない。だから、知らないなら、知らないままの方が良いと思った。だが、知らずに使われてしまっては、まずいとも思う。
「知らない方が良いと思います」
「何で?」
「エトワール様、まさかと思いますが、使いませんよね。禁忌の魔法」
「え?そりゃ、まあ、使わないわよ。でも、どんなものか知りたいなあって思って。知っておいて損はないんじゃない?」
「……それは、確かにそうですが」
「グランツは、どんなものか知ってるの?禁忌の魔法」
「はい。有名な……というか、魔法を使うものに限らず、一応常識的なものですから」
「あ、ああ、そう」
エトワール様は、俺が教えてくれないのではないか、見たいな顔をして見つめてきた。本当に、好奇心の強い人だなあと思う。先ほど思ったが、無知も危険だとは思うし、教えなければと思った。それに、エトワール様が、俺を頼ってくれているのだから。
「その、常識を知らない、私に教えてくれたりって……」
「勿論、エトワール様が望むなら、何でもお教えしますよ」
「ありがとう、グランツ」
「エトワール様?」
「うわっ、何?」
「急に黙られたので、驚きました。いえ、書斎で静かであることは、何も可笑しくないですし、それが正しいんですけど……」
「あ、あはは……」
やはり何かある。そうは思っても、俺は聞けなかった。あまり、踏み込んでなさそうなかおをしていたから。俺も、踏み込んで欲しくないところがあった、まあ、そこにエトワール様は、土足で入ってきたのだが……
(……どうして、エトワール様は)
禁忌の魔法に興味を持つ人間が、どうなってきたか見てきた。元々、成功率の低い魔法であるから、成功例を見たことなど無かった。見たことがあっても、大体は成功すれば、魂がなくなってしまうから、成功したかなんて分からない。一つを除いては。
俺は、そわそわと、落ち着かないエトワール様を見ながら考えた。彼女は何か思い詰めているのでは無いかと思ってしまったから。だったら、力になりたいと。でも、俺なんかが力になれるのかとも思ってしまう。
(俺じゃあ、彼女を助けられない)
「ごめん、グランツ。教えてくれる?」
「はい。謝られるようなこと、された覚えはないのですが……ええと、禁忌の魔法についてでしたよね」
「うん」
エトワール様に促される形で、俺はエトワール様に、禁忌の魔法について教えた。
三つあること。そのうちの二つを。そして、エトワール様は二つ目の禁忌の魔法を話したとき、顔色を変えた。元々、エトワール様は、禁忌の魔法の片方である、死者蘇生の魔法は知っていたようだ。誰に聞いたかは、大体予想が出来たが、そこは、触れないでおこう。
だが、何故時を操る魔法に?
(……トワイライト様と、関係ある?それとも……エトワール様自体に何か?)
何も分からない。
エトワール様は、それまでも奇妙な動きをしていたと聞いたし、疑心暗鬼になられていたとかも耳にした。だが、決定的に変わったのは、毒が中和され、起きてからだ。トワイライト様を探しに行ったあと……
「グランツは……」
「はい」
「その、時を止めるユニーク魔法を持った魔道士に会ったことがあると?」
「いえ、聞いた話です。ですが、代償があまりにも大きいと」
「……そう」
実際にあったことがあるのか、という話しに対し、俺は聞いた話、ですませた。だが、実際、あったことはないが、ラジエルダ王国を訪れていたことは知っていた。性別も勿論知っている。どんな顔なのかは知らないが。
(ただ、良い噂を聞かないからな……)
だから、エトワール様が食いつきそうな情報は与えなかった。彼女には無縁でいて欲しい。これは、俺のエゴではあるが。
問題はそこではなくて、時を操る魔法の危険性だ。
俺は、エトワール様の意図が分からず、じっと彼女を観察していたが、何一つ分からなかった。頼ってくれているとは分かっているし、信じているが、距離を感じてしまう。まあ、それは、俺がまず裏切ったからだろうが。
それから、質問攻めにあってしまい、俺は、これまで苦手としていたことをエトワール様に暴露する。
「すみません……実は、説明するのが、苦手なんです」
ポッと顔を赤くして、エトワール様は、そうなの? みたいな、嬉しそうなかおをしていた。俺が、説明するの苦手なのがエトワール様にとって、何のメリットになるのだと、思ったが、彼女のツボにはまったらしい。
俺は、元々、話すのが苦手だった。
それは、ラジエルダ王国にいた頃からだ。活発で、人望の厚い兄を持ったからか、俺は消極的だった。辛い教育を受けても、苦しい事があっても、顔に出さずに、やってきた。だから、俺は、いつも一人だった。兄があまりにも話すのが上手かったから、俺は、自信が持てなかったのかも知れない。エトワール様にも言われるが、俺は顔に出ないらしい。でも、分からないわけではないのだとか。
感情を押し殺しきたせいで、こうなったのだが、感情がないわけではない。
「それで、話……続けた方が良いですか?」
「え、ああ、うん。楽しみにしてたから」
「楽しみ……」
「あっ、ごめん、そうじゃなくて。えっと、禁忌の魔法は知っておかない取って思ったし、悪魔って、聞き慣れないなあ、と思ったから」
「まあ、そうでしょうね」
本当に、楽しみって、どんな神経をしているのか……俺では、考えられない思考をしているのだな、とスルーしながら、俺は改めて、考え直してみる。
悪魔の召喚についても、目を輝かせていたし……
(……そういえば、俺は)
ふと、思い出したことがあった。悪魔の召喚についてではなく、一つ、禁忌の魔法になり得るが、実際には含まれていない魔法について引っかかることがあったのだ。
あの紅蓮に俺は、憎悪を抱いているわけだが、一つだけ、解せぬものがある。
「エトワール様?捜し物はもう良いのですか?」
「え、ああ、うん。禁忌の魔法について聞けたし。でも、まだ少し調べたいから、ここにいてイイ?」
「はい、大丈夫です。俺は、貴方を見守っているだけなので」
エトワール様を見守りながら、俺は、深く思い出す。
時を操る魔法は、確かに強力だ。けれど、かいくぐって禁忌からはずれた魔法があるのだ。
(記憶を書き換える魔法……)
違和感があったのだ。少しだけ、昔の記憶に。
記憶を書き換える魔法は、時を操る魔法の下位互換に当たるものでもある。あの禁忌魔法の派生の魔法である。誰かが、生み出した魔法。一応は、闇魔法が使う魔法とされているが、実際は……光魔法も使える。
「…………」
「グランツ?」
「何でしょうか、エトワール様」
「え、いや。大丈夫かなあって思って。ぼうっとしてた?」
「いえ……」
エトワール様に名前を呼ばれ顔を上げる。いつの間にか考え込んで、下を向いていたらしい。
(まさか、そんなこと……ないはず)
そんなことを思いながら、俺はエトワール様に向かって一歩を踏み出す。
だったら、俺は何のために生かされているのか分からなくなる……から。
俺は、考えないようにして、スッと高まった感情をそぎ落とした。
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