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昼下がりの草原の道は、春の匂いで満ちていた。
そよぐ風がミラの金髪を揺らし、草の海が遠くまで続く。のどかな空気の中、ミラが突然くるりと振り返った。
「ダリウスが四十歳、エドガーが四十五歳、オットーが四十三歳、そして私が十六歳……」
ミラは瞬きを連打してから、勝ち誇るみたいに胸を張った。
「平均値三十六……完璧だね」
「ん?どういうことだ?」
オットーが腹をぽりぽり掻きながら振り返る。
ダリウスは額を指でこすり、声だけ落として言った。
「いや、ミラが言うには……パーティーの平均が三十五歳以上なら全員入れるんじゃないかって」
「バカなんですか?」
エドガーはローブの襟を直し、冷たく言い切った。
「そんな規則、あるわけないでしょう」
しかしミラは静かに自信満々だった。
空を見上げ、得意げに胸を張る。
「ふふっ……私の計算は完璧だったわ」
「……頭が痛くなってきました」
エドガーは視線を前に固定し、歩く速度だけを上げた。
ところがミラの表情が急に陰った。
「それよりも、みんな……もっと深刻な話があるの」
ダリウスは足を止めかけ、ミラを覗き込んだ。
「どうしたんだ?」
「ちょっと言いづらいんだけど……オットーとエドガーのことで……」
「ん? 俺らか?」
オットーがあっけらかんと首をかしげる。
「何ですか?」
エドガーは首を少し傾け、黙って耳を澄ませた。
ミラはさらに表情を固くし、声を潜める。
「……呼ばれてたんだよね? 二人とも。あの通り名で……」
ダリウスは頷いた。
「エドガーが“原書写しの魔法使い”、オットーが“巨人の城壁”って呼ばれてたな」
「み……みんなに?」
ミラが恐る恐る尋ねる。
「まぁ、冒険者界隈じゃその通り名で呼ばれていたな」
オットーは腕を組み、少し照れ気味に頬を掻く。
「えぇ。私たちは、なかなかの有名人でして」
エドガーも胸を張った。言い切った後、喉が一度だけ鳴る。
ミラは真顔のまま言った。
「……あのさ。
なんて言うか……むずむずするって言うか……」
エドガーの喉が鳴って止まり、オットーの手が宙で固まった。
「ダサいし、恥ずかしいと思うの」
空気が裂けた。
「なっ……!」
「うそだろ……」
二人が同時に崩れ落ちる。草道の上に膝がつき、肩が落ちた。
さっきまでの散歩道が、急に重くなる。
「え、えぇぇ……?」
ミラは両手を振りながら必死に説明する。
「だってそうでしょ!?
いい大人がさ……なんて言うのか……
カッコ良すぎる名前で……
逆に カッコ悪いわ!」
プライドを撃ち抜かれた二人は、へなへなと地面に沈んだ。
「原書写し……そんなに……」
「巨人の……城壁……俺の……誇りが……」
呻きが漏れる。息が浅く、言葉が途切れ途切れになる。
「お、おい二人とも! 元気出せ!」
ダリウスが慌てて二人を慰める。
エドガーは地面にめり込む勢いで落ち込み、オットーは三段腹を震わせながら肩を落としていた。
ミラは頭を抱える。
「えっ、ダメ? 何か言い方間違えた!? ごめんってば!」
草原に、いい歳の大人たちの泣き声とため息が混ざる。風が抜け、髪と草が揺れた。
ミラの不用意なひと言で二人が倒れてから数分。
ようやく涙が止まりかけた頃、ダリウスが声をかけた。
「ミラ。通り名ってのはな、冒険者の世界で最高の名誉なんだ。
それを悪く言っちゃいけないよ」
ミラはしゅんと肩を落とした。
「ごめんなさい……」
オットーが三段腹を揺らしながら立ち上がった。
「まぁ、いいってことよ。深く気にしてねぇさ」
エドガーもローブをはたきながら立ち直る。
「他人が勝手に呼び出したものですしね。私の価値は私が決めますから」
ミラはほっとしつつ、突然問いを投げた。
「ねぇダリウスには通り名ないの?」
沈黙。
草原を渡る風の音だけが聞こえた。
「ま、まぁ……通り名が全てではありませんしね……」
エドガーは目を逸らす。
「あ、あぁ……ダリウスは気が回るしな! 通り名がなくても問題ねぇよ!」
オットーは変に焦って声が裏返りかけた。
ダリウスは肩の力を抜いて言った。
「フォローしなくていいよ。ミラ、俺には通り名とか、そういうのはないんだ。
俺はただのダリウスさ」
「でもどうして? そんな弱っちいダリウスが、
オットーとエドガーと一緒に冒険者やってたの?」
その問いに、二人のおっさんが即座に反応した。
オットーは昔を思い出すように言う。声が真面目になる。
「言っただろ? こいつは優しいんだよ。
みんなが嫌がる仕事を率先して引き受けてくれたんだ」
エドガーも頷く。
「誰かが落ち込んだ時、つまづいた時……
その度に寄り添って、気づけば立ち上がらせてくれました」
「戦闘でもな」
オットーが指を折りながら続ける。
「戦闘の指示、応戦か撤退の判断、前衛のバックアップ、後衛の護衛、ポーションの受け渡し、数の管理。
……全部ひとりでやってた」
エドガーの表情は穏やかだった。
「派手さはありませんがね……リーダーとして信頼されていたんですよ」
「リーダー!? そうだったの!? 知らなかった!」
ミラの目がまん丸になる。
ダリウスは笑い、ミラの頭を軽く撫でた。
「まぁ、言いふらすものでもないだろ?」
ミラは無邪気に言った。
「ダリウス……そっか。よかったね!」
そして。
「恥ずかしい呼ばれ方しなくて!」
空気がまた裂ける。
「ぐっ……」
「おいおい……またか……」
オットーとエドガーは膝から崩れ落ちた。
今度は立ち直るまでの時間が早いが、それでも顔が赤い。
「こ、こらミラ、言い方!」
ダリウスは慌てて二人の背中を擦る。
四人の笑い声が重なり、草の揺れる音に混ざった。
*
「……見えてきたな」
ダリウスが足を止め、遠くを指さした。
草原の向こうに、一本の塔がそびえている。まだ小さく、指先ほどの大きさだが、確かにそこにある。
「いよいよですね」
エドガーがローブを押さえながら呟く。呼吸が一拍速くなり、言葉がその後を追いかけた。
「任せろよ。俺が守ってやる。安心しな」
オットーは胸を叩き、腹が三段分ふるふる揺れた。
「私の計算通りなら——」
ミラが得意げに言いかけた瞬間、三人が同時に振り向いて無言で見る。
ミラは口をへの字に曲げ、むすっとした。
風が草を撫で、四人の肩を軽く押す。日差しは暖かく、影は長く伸びていた。
ダリウスは遠くを見たまま、短く頷いた。
「……こんな日があっても、悪くないな」
エドガーもオットーも、どこか照れた顔で頷く。
ミラは金髪を風にさらし、眩しさに目を細めて前を見た。
四人の影が草原に並び、老齢の塔に向かって足音を刻む。
冒険者としては遅い再出発。
けれど仲間としては、ちゃんと揃った始まりだった。
風は吹き続けていた。
月咲やまな
#赤ずきん