テラーノベル
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夕食に招かれたレイラは、長いテーブルの端に座っていた。向かいにはハーロルト。蝋燭の火がゆらめき、互いの影が壁に映る。しかし、言葉はひとつも交わされなかった。銀の器に注がれたスープが、音もなく冷めていく。
わずかに視線を上げると、ハーロルトがこちらを見ていた。表情は変わらない。けれど、その瞳の奥に、何かが沈んでいる気がした。深い湖の底に落とされた石のように、決して触れられない何かが。
ハーロルトは視線をすぐに皿へと戻した。ナイフとフォークの触れる音が、広い食堂の空気を切り裂くように響く。レイラはスプーンをそっと置き、姿勢を正した。彼の沈黙が、ただの無関心ではないような気がした。沈黙の中には、何かを守ろうとするものがある。言葉を交わせば壊れてしまうものが、彼の中にあるのだと。それでもレイラは、ほんの少し勇気を出して口を開いた。
「そばにある湖は、とても美しいですね。」
ハーロルトの手が、一瞬止まった。
「ああ。」
彼は短く答える。それ以上会話は続かず、再び食器の音だけが響いた。
食事が終わると、使用人が食器を片付けていった。ハーロルトは立ち上がり、食堂を出ていく。レイラはその背中を目で追いながら、ふと息をついた。
レイラはしばらく席に座ったまま、食卓に残った灯りを見つめていた。揺らめく炎が、彼女の瞳の奥で小さく震える。
「……ご馳走さまでした。」
誰にともなく呟いて、彼女もゆっくりと立ち上がった。足音が長い廊下に吸い込まれていく。レイラは部屋に戻り、窓の外を見た。湖が星明かりを映している。昼間とは違い、鏡のように静かで、ひとつの波も立たない。
そんな静寂を遮るように、廊下で大きな物音がする。恐る恐る廊下を覗くと、ハーロルトが地面に倒れていた。階段を駆け上がってきた使用人がハーロルトに近付く。
「ハーロルト様!ご無事ですか?」
額には汗が滲み、呼吸は荒い。レイラは駆け寄ろうとしたが、使用人の手が彼女を止めた。
「離れててください。今、レイラ様が近付くのはハーロルト様にとって危険です。」
使用人は冷静にハーロルトを抱き起こした。肩を支え、背中を軽く叩きながら呼吸を整える。額の汗をそっと拭い、彼を壁に寄りかからせる。
「大丈夫です、落ち着いてください。ゆっくり深呼吸を。」
ハーロルトは荒い息を吐きながら、わずかに肩を揺らす。少し開いた瞳は、レイラの姿をまっすぐに捉えた。まるで敵兵を見るかのように鋭い眼光。レイラは一瞬、体の奥から緊張が走るのを感じた。彼の目は自分を拒絶しているのか、あるいはただ周囲を警戒しているのか判断がつかない。レイラはゆっくりと息を整えた。使用人の背中越しに、ハーロルトの荒い呼吸を見つめる。彼の胸の上下が、言葉では語れない苦しみを物語っていた。何かを抱え込み、押し殺そうとしている。それを見て、レイラは小さく唇を噛む。
やがて、ハーロルトはわずかに目を開けた。瞳はまだ冷たく澄んでいるが、先ほどの鋭さは少し和らいでいた。目が合った瞬間、レイラは小さく頭を下げる。それに応えるように、彼は短く息を吐き、目をそらした。
コメント
6件
ハーロルトさん…!? 小月ちゃんの物語って、終盤で一気に伏線が回収されていくから、 こういう細かいところも見逃せないんすよ~!メガネクイッ
どったのハーちゃん!!?? 突然の展開にレイラ様もビックリだよ ついでに私も驚いたよ
これからの2人の距離が気になるね