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頭が重い。私はいったい何をしていたのだったか。


「目が覚めたか、ユウヒ嬢」


この声は……そうだ、たしかシンセロ侯爵だ。状況的に私はどうやら眠ってしまっていたらしい。

まだ重たい瞼をどうにか開くとまず天井が見え、視線を動かして薄暗い部屋の中を見回すとこちらを覗き込む彼の顔が見えた。


「シンセロ侯爵? ……ッ!」


その瞬間、私は全てを思い出した。

――私はこの人に睡眠薬か何かを盛られたんだ。

なぜそのようなことをしたのか、真意は定かではないが健全な理由であるはずもない。

一刻も早く彼から逃れなくてはならない。


「な……これ……ッ!?」


寝かされているベッドから起き上がるために手足を動かそうとしたのだが、拘束具によって両手が頭の上にあるベッドの手摺と繋がれてしまっている。

足は特に拘束されてはいないが、これでは辛うじて暴れることはできるといった具合だ。


「すまない。あなたを拘束させてもらっている」


無情にも手摺と拘束具がぶつかり合う音が部屋の中に響く。

加えて、この拘束具のせいか魔力の循環が阻害されてしまい、《ストレージ》も使えなかった。

実力行使ではどうにもできない。


「何が目的ですか」

「ユウヒ嬢、あなたには――僕の妻になっていただきたい」

「はぁ!?」


意味が分からない。

私のことを拘束しておいてそんなことを言うなど、正気の沙汰ではない。


「本当はこんな強引な手段を取りたくはない。男として最低な行為だとも理解している。だがあなたを絶対に愛してみせる。幸せにしてみせる」


全くと言っていいほどに嬉しくなかった。愛してくれると言われてこれほど嬉しくないと感じたのは初めてだろう。

考えればそれも当然だと思う。こんな一方的に押し付けるような愛情は私の求める愛情とは全く以て異なるものなのだ。


「お断りします。早く私を解放してください。今なら表沙汰にはしません、聖教団にも報告しませんから」


この人が正気ではないというのはこういうことだ。

私に危害が加えられると、流石の聖教団も黙っていられないだろう。


「その要求は呑めない。僕にも貴族として果たすべき責任がある。……ずっと考えた末に見つけた希望があなただった。最早あなたの力を借りるしか、道はないんだ」

「それって……」


まさかこの人の目的は最初から何も変わっていないとでもいうのか。これはそのための手段だと。


「あなたには3週間後、王都で開かれる建国を祝うパーティに僕と一緒に出席していただきたい。そこで出席者たちにあなたとの仲をアピールし、その後婚約を発表します」

「それを私が素直に認めると思いますか?」

「ならば、今日この場所で僕と深い繋がりを築いていただく。だが……本当はあなたが自らの意思で受け入れてほしかった」


――ゾッとした。

今からやろうとしていることはそういうことなのか。この拘束はそういう意味だったのか。

ここに来て初めて私が何をされようとしているのかを理解したのだ。

私の顔から血の気が引いていくのが分かる。


それに先程までは気付かなかったが、自分の体に視線を下ろしていくと私の装いは大きく変わってしまっていた。

何やら簡単に脱がせられそうな生地の薄い服を着せられている。


「最低っ……見たんですか、私の裸」

「見てはいない。あなたを着替えさせたのはメイドだ、安心してほしい。いや……安心などできるはずがないことは理解しているが……」


この期に及んで本当に何を言っているんだ、この人は。

少しずつ近づいてくる彼だが、どうにも彼の様子を見ていると私の中の危機感が少しずつ薄れていく感覚を覚える。


「……どうして、私が眠っている間に済ませなかったんですか」


私が目覚めるまでには十分に時間があっただろう。だというのに、この人は私の目覚めを待っていた。

彼の目的だけを考えるなら、私に意識がなかろうと問題はなかったはずなのだ。


「それはあなたへの誠意に欠けている」

「こんなことをしておいて、今さら誠意とかふざけないでください」

「……返す言葉もないな」


本当にこの人は真面目で、不器用で……バカだ。もうこの頭の固さには呆れて何も言えない。

だからと言ってこのまま彼の行為を黙って見ているわけにもいかない。私は微塵たりとも彼を求めてはいないのだ。

――私はあの子たちがそばにいてくれれば、それでいい。


「先に言っておきますけど、私があなたを愛することはありえません。それに無理矢理何かされたとしても、結ばれるつもりはありませんから。あなたたち貴族と私のような一般人の価値観を混同しないでください」

「なら、どうにか受け入れてもらえるように努力しよう」

「……本気で蹴りますから」

「あなたにはその権利がある。甘んじて受けよう」


何なんだ、この人。最低なのに誠実なんて意味が分からない。本気で抵抗しようにも、できることなんてたかが知れている。

どれだけ必死に抵抗したとしても、この状況ではそう長く拒むこともできないだろう。

――嫌だなぁ。


その時、不意に廊下から凄まじい物音と振動が鳴り響き、部屋全体が大きく揺れる。

これには彼も立ち止まり、怪訝そうな顔つきでこの部屋の入口であろう扉へと振り返っていた。


「なん――ッ!?」


彼が何かを口走ったかと思えば押し破られるような勢いで扉が開き、外の光が部屋の中に差しこんできた。

それと同時に凄まじい勢いで飛び込んできた何かが、彼の体へと吸い込まれるように衝突し、次の瞬間には彼の体は調度品を巻き込みながら床に這いつくばっていた。


そうして私は差し込んでくる光の奥へと目を遣る。

その瞬間――心底ほっとした。


「マスターを返してもらいます」


蹴り出した足をゆっくりと下ろすコウカと、杖を持った腕を部屋の中に向けてまっすぐ伸ばすシズク。

そして彼女たちだけではなく、その周りにいた他の子たちも皆同様に険しい視線を、びしょ濡れの状態で床に倒れ込んでいるシンセロ侯爵へと向けていた。




◇◇◇




時はユウヒが目覚める少し前まで遡る。


彼女たちは1つの部屋に集まるような形でシンセロ家が用意した甘味を食しながらユウヒの帰りを待っていた。


「うん、こっちのもおいしい!」

「……ん」


先程までは全員で甘味を食べていた彼女たちだが、今では姉妹で言うと末の2名だけが手を付けているような形だった。

部屋の中にはそのうちの1名であるダンゴの喜ぶ声が響き渡っている。

それではいったい彼女たちの姉が何をしているかと言うと、やや深刻さを浮かべた顔を突き合わせるような形で話し合いをしていた。


「いくら何でも、遅すぎはしませんか」

「同感よ、もう2時間以上は待ってる。少し待っててって言ったあの子が、こんなに待たせるはずがないもの」


小声でそう話すヒバナはやや確信めいたものを持っている様子だった。


「そ、そもそも、あたしたちをこんなに離れた部屋に連れてくるのだっておかしい。いくら情報漏洩を恐れているって言っても……こんなの……」

「さっきの人の様子だと~……完全にウソでは~ないみたいでしたけど~……」


部屋のすぐ外ではシンセロ侯爵家の使用人が控えており、呼べばすぐに要望に応えてもらえるようになっている。

そのため先ほど、追加の甘味を注文した時に彼女たちはユウヒとシンセロ侯爵が行っているという話し合いの内容について問い掛けていたのだ。


「話し合いをしているというのは定かだけど何か思惑があるっていうことよね、きっと」

「ここは信用ならない場所です。もう我慢できません、わたしが――もがっ!?」

「ちょっと、大きい声を出したら外の人間に気付かれるから駄目だって言ったでしょ」


突如として立ち上がり、声を張り上げようとしたコウカの口を、冷静さを保っているヒバナが抑える。


「も、もう少し冷静に……これであたしたちの思い過ごしだったら、ユウヒちゃんに迷惑がかかっちゃうし……」

「騒ぎも~起こっていませんし~お姉さまとの繋がりも~無事ですから~……」


シズクとノドカも穏健な姿勢を崩そうとはしない。それには2つの理由があった。

1点目はこの場所が一国の上流階級の屋敷であるために、安易に動いてしまえば取り返しのつかないことになってしまいかねないということ。

2点目は現時点において、ユウヒが無事であることは確認できていると言っていいためだ。


危害が加えられそうになった場合、ユウヒは全力で抵抗することが予想できるため、少なくとも騒ぎは起こるはずなのだ。

それがノドカの探知魔法でも感知できていない。ユウヒのいる部屋までは探知できないが、騒ぐ声を拾うことはそう難しくないはずである。

そして何より依然として彼女たちとユウヒの魔力経路は健在であり、魔力を使った形跡もなかった。


「今が無事でも……数秒後は分からないじゃないですか……!」


ヒバナの手から解放されたコウカがポスン、とソファに腰を降ろし、やや抑え気味に声を発した。


「それは~……わたくしだって~わかっていますけど~……」

「そ、そうだよね……うん、あたしだって……いい加減、我慢の限界だし。見てきてもらおうか、アンヤちゃんに」

「アンヤに……?」


シズクがある方向へと顔を向け、全員がそれに倣うように首を動かす。


「ちょっとくらい貰ってもいいだろ?」

「……だめ、これはもうアンヤの」

「自分で買ったんじゃないんだからいいじゃん、ちょっとくらい!」

「……アンヤが買ったのも……いつも勝手に食べてる」


そこには、何やら姉とチョコレートの争奪戦をしている末妹の姿があった。

そんな妹たちの様子を見て、ヒバナが額を手で押さえる。

そしてその横で苦笑いを浮かべているコウカが、妹たちが繰り広げている光景を横目にシズクへと問い掛ける。


「どうしてアンヤなんですか?」

「そ、それは……アンヤちゃんの影魔法だったら、誰にもバレずに様子を見てくることができるからだよ。それなら、もし何もなかったとしても何食わぬ顔で戻ってくればいいだけだから」

「なるほど」


納得するように頷いたコウカが立ち上がる。


「なら、さっそく――むがっ!?」

「まだシズが話したがっているでしょ。最後まで聞きなさい」


アンヤの元へと向かおうとしたコウカであったが、またもやヒバナによって横から抑えつけられる。


「シズ、話していいわよ」

「あ、うん。さっき言ったように疑問を持たれないというのが大事だから……できれば、ダンゴちゃんにもアンヤちゃんが部屋から出たことに気付いてほしくはないかな」

「まあ……今私たちがこうして普通に話せているのも、あの子が騒いでくれているおかげだしね。あの子って取り繕うのが下手だから、不意に静かになったことで外の人間に疑問を持たれても困るし」

「そういうこと。だから、できればアンヤちゃんだけにこっそり知らせたいんだ」


そう言われてしまえば、コウカはそれ以上動くことはできなかった。彼女はバツが悪そうにソファに腰を降ろす。

それとは反対に、動き出したのはノドカだ。


「だったらわたくしが~ダンゴちゃんと~遊んできます~」

「ありがとう、ノドカちゃん。あたしたちはその間にアンヤちゃんを」


率先して動くノドカは、何とかしてアンヤのテリトリーからチョコレートを奪おうとするダンゴへと近づいていき、横からその体を掻っ攫うような形でダンゴが座っていたソファへと倒れ込む。


「ダンゴちゃん~!」

「わわっ!? ノドカ姉様!?」

「えへへ~ぎゅぅ~」

「あははっ! どうしちゃったの?」

「こしょこしょ~」

「ひゃあ!? あはははははははっ、もうっ! やったなぁ!」


じゃれ合い始めたノドカとダンゴ。

アンヤの視線は唐突に始まった目の前の光景によって釘付けにされ、体も完全に固まってしまっている。

それを見たコウカからゴーサインが出る。


「今です、シズク!」

「いや、どうしてコウカねぇが仕切ってるのよ」


そんなこんなで少し緩い雰囲気の中、シズクがゆっくりアンヤへと近付いていく。

近付いてくる姉の存在に気付いた彼女は、机の上に広がるチョコレートを小さな体で覆い隠すような動作をする。


「アンヤちゃん……あのね、お願いがあるの」

「……だめ、あげない」

「……チョコレートはいいよ、全部食べちゃって」


苦笑するシズクがチョコレート目当てに近寄ってきたわけではないと理解したアンヤが今度は首を傾げながら、目の前にあるチョコレートを1つ口に含んで咀嚼している。


「そのままでいいから聞いてね。実は――」


シズクは逐一ダンゴの様子を確認しながら、現在抱いているユウヒに関する懸念と4人で話し合ったことによる決定をアンヤへと告げる。

チョコレートを食べながら、その話を黙って聞いていたアンヤは姉からの要望に対して首を縦に振った。


「……わかった。たしかに、心配」

「アンヤちゃん。ユウヒちゃんのこと、お願いするね」

「……任せて」


そう言って、アンヤは自分の影へと溶け込むように消えていった……かと思えば再び影の中から現れ、机の上に手を伸ばす。

すると、机の上に置いてあったチョコレートたちが瞬く間に消えていく。否、アンヤの《ストレージ》に収納されていっているのだ。


「……………………」

「……今度こそ、行ってくる」

「あ、うん。気を付けてね」


全てのチョコレートを《ストレージ》に収納し終えたアンヤは再度影の中へと消えていった。

それを確認したシズクは振り返り、様子を窺っていたコウカとヒバナに対して頷く。


それから待つこと数分後、影の中からアンヤが再び姿を現した。

そして彼女は困惑と焦りを滲ませた声を発する。


「ますたーが……捕まってる」


その言葉を聞いた瞬間、コウカたち3人の目の色が変わる。


「場所は?」

「案内する……急いで」


その問い掛けが契機となり、3人に対して縋りつくような目を向けていたアンヤが部屋の出口へ向かって駆けだすと、コウカたちもその後に続く。

すると当然のようにじゃれ合っていた2人もその騒々しさに気付いた。


「な、なになに!? 姉様たち、どうしたの!?」

「ユウヒが捕まってるの! あんたたちも急いで!」

「――ッ!」


表情を引き締めたダンゴは跳び上がり、ノドカを連れて姉たちの後へと続いていく。


「な、なんです!?」


彼女たちが待機させられていた部屋の外には警護のため、2人の人員が配置されていた。

彼らは突然、部屋の中から飛び出してきたアンヤにひどく驚いていたがすぐに正気を取り戻すと、その後に続く少女たちの行く手を阻むように立ちはだかった。


「止ま――ぐあっ!?」

「邪魔」


男の鳩尾には杖の先端部分がめり込んでいた。それはシズクが左手に持つ霊器“フィデス”だ。

さらにそのすぐ近くではコウカの回し蹴りが炸裂し、もう1人の男が壁に打ち付けられていた。

そうして彼女たちは打ち倒した彼らに視線を向けることなく、そのまま妹に続いて廊下を駆けて行った。


騒ぎを聞きつけた屋敷の人間が彼女たちを何とか止めようとするが、簡単に蹴散らされていく。

そして遂にユウヒとシンセロがいる部屋の前まで辿り着いた。

走ってきた勢いのままコウカが扉を蹴り破り、その隣に並んだシズクが即座にフィデスを部屋の中へ向け、瞬間的に構築した術式から水魔法を行使する。


「なん――ッ!?」


部屋の中からはシンセロが調度品を巻き込みながら吹き飛ばされたことによるけたたましい物音が鳴り響いている。

その様子を冷ややかな目で見ていたコウカが告げる。


「マスターを返してもらいます」







みんなの手によって拘束が解かれ、服も着替え直した私は未だにシンセロ侯爵の屋敷内に留まっていた。


ソファに座る私たち。

そして机を挟んだ向こう側にはシンセロ侯爵の姿もある。


「閣下……いえ、坊ちゃん! このような馬鹿げた行い、このセバスティアンは一言も聞いておりませぬ! ご自分が何をしでかしたのか、理解しておいでか!」


どうやら今回の件、シンセロ侯爵は侍従であるセバスティアンさんには相談せずに実行したそうだ。

それもタチの悪いことに屋敷の人間には協力させ、彼にだけは情報が漏れないようにしていたのだとか。


「セバスティアン……言えば、あなたは反対するだろう」

「何を当たり前のことを! 聖教団との関係のことだけではない、人として最低の行為であるという自覚はおありか!」

「しかし、救世主の話が耳に入った時、これしかないと思ったのだ」

「なら何故相談してくださらないのです!」

「言えば……反対されることは目に見えていた」

「何故その自覚がありながら……!」


シンセロ侯爵の主張はなにも変わらない。

これにはセバスティアンさんも怒りを堪えきれない様子だった。


「少しでも早く、国を取り巻くこの間違った風潮を変えたかったのだ」


どこまでも正直でバカな人だ。猪突猛進という言葉はこのような人の為にあるのかもしれない。

私としてはこれ以上関わる義理もない。

むしろ私は未遂とはいえ被害者で、この事実を教団に報告することもできる。

でも彼のそのまっすぐなまでの想いを知ってしまえば、何もしないということもできないのもまた事実だった。

つい、大きなため息が漏れてしまう。


「たしか3週間後でしたよね」


彼は3週間後に開かれるパーティで私との婚約を発表すると言っていたはずだ。


「仲をアピールするだけなら友人としてでもいいでしょうし、この子たちと相談して、救世主として出席する以上は教団にもちゃんと許可を貰ってからなら一緒に出てもいいですよ、そのパーティ」


彼が望んだ結果となるかどうかは分からないが、これが私の示せる精一杯の譲歩だ。

そしてこれには説教を受けていたシンセロ侯爵も弾かれるように食い付いてきた。


「それはまことか!」

「坊ちゃん!」


すぐさまセバスティアンさんから制止されるが、彼の表情は変わらない。


まだ出席すると決まったわけではないが、この場においてシンセロ侯爵からは深く感謝され、セバスティアンさんからは何度も謝罪と礼を告げられることとなるのであった。

七重のハーモニクス ~異世界で救世主のスライムマスターになりました~

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