「豪さんが買ってくれた腕時計、会社にしていくのが勿体ないなぁ……」
駐車場に向かって歩きながら、奈美は買ってもらった腕時計のショップ袋を見やる。
「何でだ? 俺としては、ガンガン使って欲しいところなんだけどな」
「だって、トナーで汚れちゃうから。あ、そうだ。作業場に入る時に、汚れ防止でビニール袋に入れて仕事すればいいかもっ」
奈美が遠くに視線を向けると、彼がプッと吹き出した。
「おいおい……俺が奈美に買った腕時計は、ビニール袋に入れられる運命なのかよ」
「他に思いつかないし、時間に追われる仕事だから時計は必要だし、せっかく買ってくれた時計が汚れるのは嫌だし……。でも、仕事以外の時はちゃんと腕にしますよ」
すると、豪は名案を思いついたのか、ほくそ笑む。
「……奈美も腕時計が好きっていうのが分かったし、次に探すのは、奈美の仕事用の腕時計だな。メンズの時計も興味深々で見てただろ?」
「ええぇ!?」
豪がニカっと笑うと、奈美は声が上ずってしまった。
「さっきも言っただろ? 奈美が身に付ける物を、俺が贈った物で埋め尽くしたいって」
(私の仕事用の腕時計……ですか!? この人、私が思う以上に考えてる事がすごい……)
奈美には、腕時計をシーン別に付け替えるなんて、考えもしない事だ。
腕時計が好きな人って、TPOや服装に合わせて付け替えるみたいだし、豪は、そんなに詳しくはないって言ってたけど、実はかなり詳しくて、拘りがありそう。
奈美の買い物は、下着とコーヒー以外の物を全額、彼が出してくれた。
豪の仕事での立場は、よくわからないけど、実は向陽商会の中で、すごい人なのかもしれない。
彼が彼女に言ってくれた事。
『奈美が身に付けている物を、俺が贈った物で埋め尽くしたい』
思い出すだけでも、奈美の顔が赤く染まってしまう。
彼女の表情を見て、また豪が不意に顔を近付けながら、下衆な笑みを映し出した。
「何でそんなに顔を赤くしてんだ? エッチな事でも考えてたか?」
「豪さん、今日は…………何だか意地悪……」
口ごもりながら言い返す奈美だけど、豪の余裕な感じが悔しい。
「帰ったら、たっぷり愛してやるからな?」
彼の唇が奈美の額に、そっと落とされると、前を向いて歩みを進めた。
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