その頃、裏庭では、すっかり出来上がった、関羽、張飛、そして何故か、童子がいた。
「おおー、こりゃー、うまいっ」
「張飛、何食ってんだっ、そりゃー、草だぞ!」
「うるせぇ!童子、お前には、目がついてねぇのか?こりゃー、韮《にら》じゃわい!」
張飛は、杯を片手に、傍らに生えている草を引きちぎると、口に放り込んだ。
「なーんだ、韮かあー、そんなら、塩をかけないと、均さまー!塩ですー!」
はいはい、と、調理場から声がする。
「いやー、皆様、お待たせしました、茹で鶏《とり》に、瓜の漬け物の追加、きび団子も、どうぞ」
いよっ!待ってました!と、張飛は、喜び、関羽は、列べられた料理を、フムフムと眺めている。
「あー、張飛、干し肉、全部食ったのか?あれ、楊《よう》さんのものだったんだぞー!」
「んなもの、楊さんとやらの、ものなら、楊さんに、聞け!」
まあまあ、と、均がとりなしながら
「おい、童子、お前、何を飲んだ?!えらく酔っぱらっているじゃないかっ!もしや!」
二人に酒を無理強いされたのではないかと、関羽と、張飛を見る。
その関羽は、鶏肉にかぶり付きながら、酒壺を抱え込み、壺ごと酒を飲んでいる。かたや、張飛は、まだ、側に生えている草を引きちぎってむしゃむしゃと、食《は》んでいる。
野人か、こいつら。
さすがの均も、言葉が出ないが、童子が座り込んでいる脇に、小さな壺が転がっていた。
「あーー!童子や!これは、もしかして、マタタビ酒!!兄上に、精を付けてもらうと、義姉《あね》上が、持ち帰ったものらしい、それを、開けてしまったかっ!と、いうより、お前、大丈夫か?!」
「へ?!甘酒じゃなかったんですかー?甘かったから、てっきり。あたいだって、たまには、羽を伸ばしたいですー、でも、こんな、むさ苦しい髭面の野人と、だなんてー、乙女心もなんも、あったもんじゃねーやー」
ああ、わかったから、水を飲みなさいと、均は、出来上がってしまっている、童子を、家の中へ連れて入ろうとするが、
「やだよー!もっと、いるっ!あたいだって、鶏肉食べたいよ!あー、関羽が、一人でたべちゃったー!張飛!なんとか、しろっ!」
なんとかしないといけないのは、童子、お前もだろと、思いつつ、いいから、いいから、と、均は、童子を場から離そうと試みる。
「ふふふ、均様、無理ですわよ。好きにさせておきなさい。そのうち、酔いがまわるから、眠ってしまうでしょう」
突然現れた月英へ、皆、羨望の眼差しを送った。
関羽は、どこか、頬が緩み、張飛は、待ってました!と、拍手喝采。均は、救世主現れると、泣き顔になった。
「まあまあ、童子一人で飲んでしまったの?!」
転がる小壺に、月英も呆れていた。
「そうねー、お前も、そろそろ、お年頃、近々、旦那様と、街へ移ることになるでしょうから、その時は、御屋敷持ちのはずだし、お前も、女の子に、戻りなさいな」
「ほおー、童子、は、女童子だったのかー、そりゃー、綺麗なべべも、着てみたいわなあー」
張飛が、月英の言葉に相づちを打つごとで励ましの言葉を童子にかけてやるが、言った側から、えええーーー!と、落雷のような声を上げた。
「うっせーよー!この、虎髭がっ!」
耳に両手を当てて、月英が、眉をしかめきり、張飛へ悪態をつく。
「あ、すまん、侍女よ、まあ、機嫌を直して、一杯どうじゃ?」
余りの勢いに、張飛も、すぐ大人しくなり、月英のご機嫌を伺った。
その様を見て、均は、思う。
兄といい、張飛といい、そういえば、劉備も……、義姉の前では、大人しくなる。月英という女人、まるで猛獣使いではないか──。
それよりも、確か、さっき……。
「あ、あの、義姉上?何か、童子の事を言っておりませんでしたか?」
「ええ、この子は、童子だけど、女童子なの」
「いや!待たれい!!」
何故か、関羽が、酒壺を脇に置き、均を睨み付けてくる。
「お主、何故、侍女の事を義姉《あね》上と呼ぶ?」
「あ、義姉、ですから、そう呼ぶでしょ?」
ん?!と、関羽も張飛も、首をひねっている。
「あー、もう、こちらは、兄の、奥方、黄夫人。侍女なんかじゃありませんよ!!それよりも、童子は?!」
「はい、童子は、女の子。そして、私は、諸葛亮の妻ですが、何か?」
皆の疑問に、一瞬にして答えた月英は、ほほほと、袖を口元に当てて、いかにも奥方風に、笑っている。
その言葉に、
えええーーー!
と、一同はそれぞれ驚きの声を上げた。