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ゆずき
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物語を書ける人間は、いつだって神様だ。そしてその物語で日本中に名を挙げられる人間は、人でも神でもない、超越者である。
本を読んだ時、いつもそう考える。
人気だから面白い、目立ってるから皆が好き、そんな話ではない。
物語を書けば、誰かにその面白さは伝わるのだ。
私には、大好きな作家がいた。
黒瀬未明という女性作家で、書くもの全てが彼女の感情論で始まっていた。
本名も、姿も、どんな人生なのかも分からない。正に“未明”の人間だった。
彼女の名がSNSに挙がり始めたのは、今年の6月からだった。
“人はいつだって、普通と不幸の間中を彷徨うだけであって、幸せじゃあないのさ。”
6月に出た作品の中の一文。
このたった一文に、私どころか、日本中が震えた。
書店で本を手に取る人が増え、その一言でSNSが議論を起こし始め、一時期勝手に炎上、なんていう形にもなった。
私自身、読んだ時手が震えた。
未明の彼女を、私たちばかりが覗きに行っていたと思っていた。
でもその瞬間、それは否定された。
彼女の生き方が、少しだけこちらを覗いた瞬間だった。
それから、テレビで声だけ出演が増えるようになった。透き通った、それでいてどこか濁っている感情の声だった。
テレビに出てから段々、彼女がどうしてあんな作品を書けるのか、分かるようになった。
まず一つの事実は、彼女が矛盾人間だということだ。
死にたいと思う人を助けたい、夢見て挫ける人を救いたい、でも自分は死にたい、インタビューでそう言ったのを見て、私はテレビ越しに「は?」と言ってしまった。
そして、SNSで騒動になった一文について聞かれた時、こう答えていた。
「不幸なことがあった時、いい出来事、幸せな出来事が起こるとも限らないじゃないですか。幸せなんて稀にしかなくて、人生の中に組み込まれたものじゃないんです。だから私達はいつだって、不幸と普通の間を行き来して、その中に少しだけスパイスとして混ぜられた幸せに、踊らされているだけなんです。」
この言葉を聞いた瞬間、私の神格化像が完全に崩れた気がした。この人は、物語を書くための神様じゃない、そう思った気がした。
でも、どうしてなんだろう。
何故か、私はそのインタビューから最後まで目が離せなかった。
彼女に、全てを見透かされてる気がした。私自身の人生も、悩みも苦労も、幸せも、全部。
彼女の作品は感情論で成り立っている。だからこそ好評も批判も多く飛び交う。
彼女の作品は、“弱いものを強く見せる叫び”だ。そうやって叫ぶことでしか、生きていけない人間に変わって、悪者になっているのだ。
そんな彼女の弱さが、そして強さが、私という人生を救った。
けれど彼女は、インタビューでこうも言った。
「私は、人を救いたいわけではないんです。ただ、私の弱くて愚かな部分を晒し者にして、皆に自信を与えたいだけ、ただそれだけなんです。だから、“なんだこいつの思想は”とか“馬鹿なのかこいつは”とか、それが正しいんです。それでいいんです。それを見て、自分はまともなんだって、そう思って欲しいんです。」
彼女は、神様じゃない。
汗ばんだ手から、リモコンが滑り落ちた。
番組も変えられず、電源も消せず、ただそのインタビューの言葉を反芻する。
神様になりたいんじゃなくて、皆の中の悪役になりたいのかも、しれない。
分からない。
分からない。
分からない。
何故そうまでして誰かを救いたいのか、何故そうまでして自分を下げるのか、
貴方に得なんて、ないじゃないか。
私はその時、心の中で違和感が大きく膨らんでいった。
それが破裂したのは、一月後の今日、7月25日の朝だった。
夕方の湯溜めが、ちょうど終わった音がした時だった。
『本日午前未明、作家の黒瀬未明さんが、自室で意識がない状態で発見されました。
机には遺書が残されており、自主的であったものと────』
突然、世界がひっくり返った気分だった。
神様が、死んだ。
悪役が、正義にやられた。
どちらとも取れるそのニュースの内容に、お風呂が冷めるのを気にせず立ち止まった。
ネットのトレンド第一位には、黒瀬未明が流れ続けていた。
“え、何で突然?”
“デビュー作ちょー売れ行き良かったよね?”
“え、これまじ?”
“とんでもない天才だったのに、残念です。”
“これもしかして、計画的な他殺ってやつ?”
色々な憶測が飛び交うのを、無心でスクロールした。
SNSを閉じて、ウェブサイトの検索欄を開いた。
何故彼女がこの日付にしたのか、そこがどうしても気になって仕方がなかった。
“7月25日 歴史出来事”
そう調べて、スクロールしてみる。でも、ピンとくるものは一つもなかった。
何故なんだ。
どうしてなんだろう。
こんなにも、この日付に違和感を持つのは。
その時、不意に言葉が降りてきた。
そうだ、彼女が昔、小さな出版社の雑誌でインタビューを受けた時。
「私は、憧れている神様がいるんです。」
その為だけに、タバコを買ったそう。
その為だけに、東京に一人で行ったそう。
そうだ、彼女が表舞台に立とうと思った理由。
“7月25日 太宰治”
ウェブサイトに出てきた一番最初の言葉は、“人間失格。”彼が入水した後の7月25日、グッド・バイと合わせて一冊の本として、刊行された。
つまり、彼の遺書として語られたその作品が、一冊の形になった時。
彼女は、人としての形を、失った。
たった一度だけ語られた、“第二の太宰治になりたい”という、たった一つの目標。
彼女のファンだった私は、勿論その雑誌も買っていた。
お風呂の蓋を閉めて、机の上で雑誌を開いた。
たった片面1ページのインタビューの、片隅。
多くの作家さんの話がある中で、昔の私は彼女のインタビューだけに蛍光ペンで線を引いていた。
“貴方の目標はなんですか”
インタビュアーが聞いた時、彼女の答えがそこに書かれていた。
黒瀬「私の夢は、第二の太宰治になることです。」
記者「第二の太宰治、ですか?」
黒瀬「はい、彼みたいな孤独に愛された人間、中々居ないでしょう。女との心中は何度も繰り返したのに、その上で彼は孤独だと嘆きました。」
記者「では、何故そんな太宰治になりたいと?」
黒瀬「私が、孤独に愛されたからでしょうか。いいや、自分から愛されに行ったのかもしれません。ただ、誰かに理解されるのは恥ずかしいけど、認めて欲しい、そんな矛盾を持った作品を書きたいんです。」
記者「なるほど。ありがとうございます。」
狭い空間に書かれたそれは、最初見た時は意味が分からなかった。
“理解されるのは恥ずかしいけど、認めて欲しい”それは、最高に歪んだ矛盾だった。
ただ、太宰治になり変わるだけじゃ駄目だったのが、死んだ日付と死に方で分かる。
彼女は、彼が死んだ日ではなく彼の作品が完成した時に、自分の美を完成させた。
そして彼女は、誰も道連れにせず死んだ。
それは最後まで認めて貰えなかったという、最高の皮肉なのかもしれない。
その後、本人の要望と家族のご意向によって、彼女のプロフィールと、遺書の一部が公開された。
彼女の本名は東瀬 美来。
黒瀬未明から想像できそうな、それでいて想像できなさそうな、そんな名前だった。
性別は女性、年齢は40歳。大学には行っておらず、高卒で働きに出た。
そして、働いた後や休憩の空き時間を使って、彼女は作品を書き続けた。
6月に流行した一文が書かれた作品は、彼女が昔から書き続けていた作品を全て1000何ページにも及ぶ一冊にまとめた後、文庫本として世に売り出された。
遺書に書かれた、黒瀬未明の最後のお願いだった。
冒頭一文は自殺する人がよく書く、親への謝罪。
“先立つ不幸をお許しください”と、震えた字で書かれていた。
そして長らく、彼女の“愚かだ”という人生について語られた。
小学時代の友人との揉め事、中学でのいじめ、高校での謹慎処分。
よく読めば、いいや、よく読まなくとも、彼女の人生は愚かじゃなかった。
友人との揉め事は小学生にとってはよくある揉め事で、それにあちら側の両親が介入したことで大ごとへ発展しただけだった。
中学でのいじめは、彼女の真面目さを恨んだ奴が無視し、笑い、彼女の夢を馬鹿にした、そんな話だった。
高校での謹慎処分は、彼女の精神状態が追い込まれ自殺未遂を2回起こしたことから、通院の為に教師の判断がそうしたのだった。
それでも彼女は、こう綴った。
“私が悪いんです。私が、愚かで判断能力がなくて、周りを不幸にする天才だから。
ごめんなさい、迷惑をかけた皆様、そして、そんな判断を下さざるを得なくなった先生方。本当に申し訳ございません。”
それは、彼女なりの優しさだったのだろうか。それとも、自分自身を認められない愚かさだったのだろうか。彼女が死んだ今、その真相は分からない。
彼女の自殺理由も、そこに書かれてあった。
自分は、一度でも作品が流行りに乗って、自分の名前がどこででも出るようになったら、死ぬつもりだったと。
そうなるまで、自分と同じような人を救えなかったから、と。だからわざと感情論が多くなる、そんな作品を書いた、と。
自分の作品を読んで、こんな愚かな人間も居たもんだ、と思って欲しい、そしてどうか、生きる力を保って欲しい。
それは、恐らく彼女なりの罪滅ぼしだった。
そして、最後に公開された内容に、私は目を惹かれた。
“私の作家人生の中で、名も知らない誰かの中に、感謝したい人がいます。
その人は、本屋さんで、輝かしい目で私の作品を眺めていました。
希望を含んだ、そしてどこか、絶望を知っている目をしていました。
最初の文庫本以外を手に取り、必死に財布の中のお金をレジに取り出すあの姿は、今でも忘れられません。
あの日、私は神様を見たんです。
私の感情が、思いが、愚かな人生が、あの子の手によって、捲られて、暴かれていく。
あれが、私の人生に散りばめられた、幸せでした。
きっと彼女は、私の人生の愚かさを、誰よりも知っていて、尚「貴方はそんな人じゃない」って言うかもしれません。
……おそらく、私と同じ、死にたがりの心を持っているんだと思います。
でも私は、願っています。
私の物語を丸裸にしたその子が、いつか大きな事を成し遂げて、誰かを救い上げてくれる事。
そして、救われなかった私の人生を、浄化してくれる事。”
公開された遺書は、そこまでだった。
でも私はそこで、手が震えた。
私は、ある時、生気のない目で本屋さんを彷徨っていた。
その時見つけた、一冊の本。大量に入荷されている訳でもなく、文庫本の隅に、ひっそりと佇んでいた。
それが、私が見つけた黒瀬未明の最初の文庫本だった。
その本を読み終わったら、首を吊ろう。
最初の感情は、とっても愚かだった。
でも彼女の作品を読んだ時、私は止まった。自分の人生が、白昼の下晒し上げられた気分だった。
吊り下げられてあったロープが、霞んで見えた。泣いているのに気づいたのは、その時だった。
その後、貯金箱のお札を財布に入れて、それを握りしめて、本屋さんを沢山調べて、彼女の出版した本が全て売られている場所に電車で向かった。
日帰り旅行の戦利品は、沢山の本。
もたつきながら、お会計をしたあの日。
……見られていた?
まさか、そんな事ないと思った。でも……。
黒瀬未明、貴方は、誰を見たの?
答えは、返ってこない。
ネットでは、“自分がその本人だ”と嘘をつく奴もいた。その本人が誰なのか探ろうとする奴もいた。
でもきっと、嘘をつく奴は黒瀬未明の何も知らない。
本当に彼女が好きなら、“前には出られない性格”だからだ。
ホームセンターで買ったロープが、まだ床に転がっていた。
それを乱暴に持ち上げて、ゴミ箱に入れた。
要らない、もう、私にはやる事ができた。
ノートを開いて、題名を綴る。
“黒瀬未明の人生と、その作品の繋がり”
物語を書ける人間は、いつだって神様だ。
そしてその物語で日本中に名を挙げられる人間は、人でも神でもない、超越者である。
だから私たち読者は、その神様を超越者にするために、活動をする必要がある。
推し活、というものだろうか。そんなジャンルに入れてもらえるだろうか。
私は、神様じゃない。
だけど、救いたいたった一人の少女がいる。
泣いて泣いて、何度も悔やんで、それでも死を選んだ、幼き心の少女を。
手を引いて、“愚かなんかじゃない”って、言ってあげなきゃいけない。
私はそれを、知っている。
ノートに、最初の一文を書き始めた。