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#探偵
橘靖竜
5,493
七月の雨は、夜になると匂いが濃くなる。 湿ったアスファルトと、草と、古い鉄みたいな匂い。
俺は自販機の前で、ぬるくなったスポドリを握っていた。
「遅い」
声に振り向く。
街灯の下に、黒いパーカー姿の男が立っていた。
相変わらず眠そうな目。
傘は差していないくせに、ほとんど濡れていない。
「……急に呼び出したのお前だろ」
「来ないかと思った」
「来るって言ったし」
そう返すと、そいつ――榊は少しだけ目を細めた。
笑ったのかと思ったけど、多分違う。
こいつの表情はいまだによく分からない。
榊と話すようになったのは、二週間くらい前だった。
クラスでも浮いてるやつで、昼休みは大体寝たふりをしている。
友達がいるところを見たこともない。
なのに、なぜか俺には話しかけてきた。
最初の一言は今でも覚えてる。
『お前、人が落ちる瞬間見たことある?』
意味が分からなくて、「は?」って返したら、
『いや、別に』
って、榊はそれで話を終わらせた。
変なやつ。
その印象は今も変わっていない。
「で、何の用」
俺が聞くと、榊はコンビニ袋をぶら下げたまま歩き出した。
「確認」
「何を」
「お前が覚えてるかどうか」
またそれだ。
こいつは時々、こういう意味不明なことを言う。
追及しても答えないくせに、こっちが黙るとじっと見てくる。
試されてるみたいで嫌だった。
……嫌なのに。
気づけば毎日一緒に帰っていた。
榊といると、妙に息がしやすかった。
沈黙が苦じゃない。
何も喋らなくても、「今なんとなくしんどいんだろ」みたいな顔をされる。
あれが気持ち悪くて、少し安心する。
川沿いの道に出る。
雨で水位が上がっていた。
ざあざあと濁った水が流れている。
「なあ」
榊が前を向いたまま言った。
「去年、この辺で人死んだの知ってる?」
その瞬間。
喉が詰まった。
嫌な汗が背中を滑る。
「……知らない」
「ふーん」
榊はそれ以上聞かなかった。
ただ、少しだけ歩く速度を落とした。
俺に合わせるみたいに。
「でもさ」
ぽつりと榊が言う。
「お前、その時のこと思い出すと、左手いじる癖あるよ」
心臓が止まりかけた。
気づけば俺は、爪で左手の親指を引っかいていた。
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