テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
七月の雨は、夜になると匂いが濃くなる。 湿ったアスファルトと、草と、古い鉄みたいな匂い。
俺は自販機の前で、ぬるくなったスポドリを握っていた。
「遅い」
声に振り向く。
街灯の下に、黒いパーカー姿の男が立っていた。
相変わらず眠そうな目。
傘は差していないくせに、ほとんど濡れていない。
「……急に呼び出したのお前だろ」
「来ないかと思った」
「来るって言ったし」
そう返すと、そいつ――榊は少しだけ目を細めた。
笑ったのかと思ったけど、多分違う。
こいつの表情はいまだによく分からない。
榊と話すようになったのは、二週間くらい前だった。
クラスでも浮いてるやつで、昼休みは大体寝たふりをしている。
友達がいるところを見たこともない。
なのに、なぜか俺には話しかけてきた。
最初の一言は今でも覚えてる。
『お前、人が落ちる瞬間見たことある?』
意味が分からなくて、「は?」って返したら、
『いや、別に』
って、榊はそれで話を終わらせた。
変なやつ。
その印象は今も変わっていない。
「で、何の用」
俺が聞くと、榊はコンビニ袋をぶら下げたまま歩き出した。
「確認」
「何を」
「お前が覚えてるかどうか」
またそれだ。
こいつは時々、こういう意味不明なことを言う。
追及しても答えないくせに、こっちが黙るとじっと見てくる。
試されてるみたいで嫌だった。
……嫌なのに。
気づけば毎日一緒に帰っていた。
榊といると、妙に息がしやすかった。
沈黙が苦じゃない。
何も喋らなくても、「今なんとなくしんどいんだろ」みたいな顔をされる。
あれが気持ち悪くて、少し安心する。
川沿いの道に出る。
雨で水位が上がっていた。
ざあざあと濁った水が流れている。
「なあ」
榊が前を向いたまま言った。
「去年、この辺で人死んだの知ってる?」
その瞬間。
喉が詰まった。
嫌な汗が背中を滑る。
「……知らない」
「ふーん」
榊はそれ以上聞かなかった。
ただ、少しだけ歩く速度を落とした。
俺に合わせるみたいに。
「でもさ」
ぽつりと榊が言う。
「お前、その時のこと思い出すと、左手いじる癖あるよ」
心臓が止まりかけた。
気づけば俺は、爪で左手の親指を引っかいていた。