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「いや、たまげた、タマはいったいなんなのだ?」
一連の騒動に嫌気が差したと顔に出しつつも、守孝は、タマの仕置きによる、匂いから立ち直ったようで、夜空を眺め、呟いた。
「のう、正平、いや、通晴《みちはる》だったか?確かに、タマのようなものがおれば、屋敷へも入り込みやすい。主の愛玩犬として、勧め、いや、これは、私にしか懐いておらず……などなど、理由を作り、貴族の屋敷に入り込み、お犬様の付き人として、幅をきかせる。うん、それも、ありじゃ、どうじゃの?」
「ちょっと、守孝様、何を一人で絵空事を言ってるんですか?!」
紗奈が、タマを使って悪事をはたらけとばかりに、語る守孝へ、言い寄った。
「ん?こやつ、が、悪党だと、紗奈、お前に、はっきりと、わからせるためじゃが?」
「……私に……?」
「少なからずとも、心が、動いたであろう?」
ニンマリしながら、守孝は、言った。
「残念ながら、こやつ、通晴は、唐下がりの香の、受け渡し役、だったのだ。故に、房《へや》に、おろうが、この屋敷におろうが、香に、体が馴染んでいるのか、そこは、わからぬが、なにごとも起こらぬ。でだぞ、紗奈や、何故にお前は、何ともないのだ?」
守孝は、不思議そうに紗奈を見た。
「えーと、それは……」
残念ながら、そこ、が、紗奈にもわからない。
皆が、バタバタと倒れていく中、自分だけ生き残っているような、そんな状況に居るのは、何故なのか。
「そりゃ、姉さんも、やってるからでしょ?で、ないと、香のせいだと気が付くわけがない」
いきなり、正平、否、通晴とやらは、俗な男の本性を見せた。
「ええ、おっしゃる通り、俺は、香の、売人だ。まあ、親方に、何か考えがあるのか、この屋敷で、香を炊いて、皆の正気を失くせと言われ、ここにいる」
「そして、うまい具合に、小上臈《こじょうろう》様が、香に、溺れてしまわれた。禁中の奥詰めではあるが、やはり、おなご、何かと新しい物には目がない。が、手を出した物が、まずかった」
まったく、やられたよ。私まで、売人事に使われて、と、守孝は渋りつつ、通晴を、ちらりと見た。
その反応に、通晴は、薄ら笑う。
小上臈《こじょうろう》様へも、通晴が仕切り、香を売っていたのは、誰の目にも確かだった。
「……では、小上臈《こじょうろう》様が、入内が決まった姫君であった。それは、香のせいで、正気を失われてしまって、自らが、思い込んでおられたから。お宿下がりのたびに、姫君になり、その、辻褄あわせのために、屋敷の者にも、香の力を使っていた……とは、概略であり、うーん、少し、何かが、違うな……」
常春は、今までの話が、やや、納得出来ないと、一人、唸っている。
そんな、常春のことなど、目にもくれず、通晴は、香の売人の顔を紗奈へ見せた。
「姉さん、どうだい?香は、いりようじゃあないのかい?気分がすっきりするよ?あー、それは、もう、経験済みか」
くくくくと、通晴が、嘲笑う。
都の住人は、通晴に頭を下げて、香を買うのだろう。それは、下々の者も、小上臈《こじょうろう》様のような、やんごとなき者も、同じく。通晴は、紗奈のことも、香、というモノで釣り、どこか、楽しんでいるように見えた。
「ああ、それは、結構。必要ない。妹は、鈍感なだけだから。いくら、通晴殿とやらが、香を勧めようが、香を焚こうが、何も起こらない。むしろ、あなたの方が、やられるはずだ。まあ、妹は、組香になると、惨敗どころか、区別もつかぬ。理由は、それだろう。しかしだな、これは、貴族の娘として、由々しきことで、さらに、御屋敷務めの、女房ならば、お仕えする方の、衣へ焚き染める香りが、わからぬとなると、いやはや、困ったこと。これでは、嫁のも行き場がなかろうに。どう、思う?通晴殿とやら?」
常春は、兄として、妹が心配だと、朗々と語ってくれるが、通晴にとっても、紗奈にとっても、いい加減にしてくれと叫びたいほど、はた迷惑この上ない、問いかけだった。