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伸のことが好きで好きでたまらない。本当は、自分と同じ孤独と苦しみをを抱えた伸。
伸と出会ったのは偶然ではない。きっと、傷ついた魂同士が呼び合ったのだ。
伸のすべてがほしい。伸と一緒にいたい。出来ることなら、この先もずっと。
それが許されないことだと知りながら、自分を抑えることが出来なかった。それはもちろん、伸を強く愛しているから。
いや、それだけではない。僕は、一人ぼっちになりたくなかった。
伸と出会って、ようやく愛し合う喜びを知ったのに、再び、孤独に戻りたくなかった。愛する伸と別れて、終わりのない孤独の中に居続けなくてはならないことに耐えられなかったのだ。
「行彦、ごめん。なかなか来られなくて。ずっと会いたくてたまらなかった」
そう言うなり、唇が重なる。いけないと思いながら、体の奥が熱くとろける。
一度だけ。もう一度だけ……。
久しぶりに会った行彦は、相変わらずうっとりするほど美しく、ぞくぞくするほど淫らだった。それなのに……。
ここに来るまでに体力を使い果たしてしまったのか、どうしても体が奮い立たず、事を成し遂げることが出来なかった。行彦と一つになることが出来なかったのだ。
呆然と横たわる伸の隣に座る行彦は、片手で口を覆って泣いている。
「行彦、ごめん」
行彦は、激しく首を横に振る。
「俺のせいだよ。行彦は、すごく素敵だったのに」
「違う」
行彦が、赤く泣き腫らした目で伸を見る。
「僕が悪いんだ」
「そんなこと……」
何度ぬぐっても、行彦の目から新たな涙があふれ出る。
しばし泣いた後、行彦は天を仰ぎ、深いため息をついてから、伸の顔を見て言った。
「この洋館のこと、どんなふうに聞いているの?」
先ほどまで、行彦の熱い裸体のあちこちに触れながら、ホテルに立花を訪ねたことや、体調を崩して入院していたことなど、今までの経緯を簡単に話したのだった。
「それが、全然話がかみ合わなくて。俺が何を言っても、洋館には誰も住んでいないとか、その……お墓がどうとか。
あの立花って人、ちょっとおかしいよ」
「あぁ……」
苦しげにうめき、涙に濡れた頬をぬぐいながら、行彦は言う。
「そこまで聞いているんだ」
「でも……」
起き上がろうとすると、頭がくらくらした。伸は、ぎゅっと目をつぶりながら、頭を枕に戻す。
「無理しないで」
行彦が、伸の痩せた肩に手を置く。
「でも、全部でたらめだろ。行彦がいるのに」
立花が言っていたことだ。
「伸くん……」
なおも涙を流しながら、行彦が言う。
「伸くんに、どうしても話さなくちゃいけないことがある」
「え?」
「伸くん、僕は……」
「少しは落ち着かれましたか?」
ベッドサイドの椅子に背筋を伸ばして座った芙紗子が、静かに話しかける。
「えぇ。あなたには、すっかり迷惑をかけてしまって、ごめんなさいね」
「そんな、水臭いことを。私は、響子さんのお世話をさせていただくために、おそばにいるのですから、どうぞ遠慮なさらないでください」
響子は、小さい頃から見慣れた、芙紗子の優しい笑顔を見上げる。行彦を見送るまでは、なんとか気丈にふるまっていたものの、遺骨とともに洋館に戻った直後に倒れた。
芙紗子の運転する車で病院に運ばれ、そのまま入院することになったのだ。
行彦……。最愛の息子がもういないなんて、まだ信じられない。洋館に帰って、三階の角部屋のドアを開ければ、あの子は、今も、そこにいるのではないか……。
いや。そんなはずはない。私は確かに、行彦の変わり果てた姿を見たではないか。私と芙紗子以外に参列者のいない葬儀を終え、焼き場で骨を拾いもしたではないか。
それよりも前に、行彦は、私の目の前で……!
「響子さん、大丈夫ですか? しっかりなさってください」
がくがくと震えながら嗚咽する響子に、芙紗子が声をかける。
真実を知った行彦は、心を病んでしまった。初めのうち、悪夢に怯えて泣いていた行彦は、やがて、幻覚を見るようになった。
早い段階で、医師に診てもらい、適切な治療を受けていたならば、あんなことにはならなかったかもしれない。だが、行彦は、部屋から出ることが出来なかったし、往診してもらうことも、かたくなに拒んだ。
もしもあのとき、無理にでも診察してもらっていたら、最悪の事態にはならなかったかもしれない。やはり、すべては私のせいだ。
行彦は、響子のことを志保だと思い込むようになり、拒絶するようになった。なんとかわかってもらおうと、必至に話しかけるほど、行彦は怯えて泣き叫んだ。
そしてあの日、部屋に入って行った響子から逃れようと、行彦は窓を開けて――。
「僕は、もうずっと前……」
そう言って、行彦が窓を指す。
「あそこから飛び下りて死んだんだ」
「……え? なんだって?」
言っている意味がわからず、伸は、横たわったまま行彦を見上げる。細く白い裸体の、なんとなまめかしいことか。
行彦が、窓を指していた手を、伸の肩に置いて言う。
「僕はもう、死んでいるんだよ」