テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
マリア像と百合の花で飾られた祭壇。ステンドグラスから差し込む色鮮やかな光が、神々しく洸平を照らしていた。白いタキシード姿の彼は、いつも以上に凛々しく見えた。
大塚浩太郎の目尻には涙が滲み、妻の敏子が白いハンカチをそっと手渡す。
「お父さん、泣くのはまだ早いですよ」
「分かっとる……」
大塚夫妻は、長男の晴れ舞台をただ嬉しそうに見つめていた。女児に縁のなかった大塚家にとって、夏帆は待望の「可愛い花嫁」だった。
パイプオルガンがワーグナーの結婚行進曲を奏で始める。チャペルの扉が重厚な音を立てて開き、逆光の中に夏帆と修造の姿が浮かび上がった。
深紅のバージンロードを、一歩、また一歩と歩む夏帆。
洸平の心臓が激しく脈打った。
(夏帆……)
夏帆は完璧な花嫁の笑みを浮かべていた。色白の頬、黒曜石のような瞳、紅に彩られた唇。すべてが美しく、すべてが優しく見えた。夏帆は心の中で、冷たく繰り返していた。
(笑顔を崩すな。お祖父様の前で。みんなの前で。私は今、この瞬間も「幸せな花嫁」でいなければならない)
修造の杖が床を突く音が響くたび、洸平は自分が叱られているような錯覚に陥った。
神父の声が厳かに響く。
「汝、大塚洸平は、この女、高田夏帆を妻とし、良き時も悪き時も、病める時も健やかなる時も、共に歩み、他の者に依らず、死が二人を分つまで、愛を誓い、妻のみに添うことを、神聖なる婚姻の契約のもとに、誓いますか?」
「ち、誓います」
洸平の声はかすかに震えていた。
(どうしてあの時、断らなかった……)
「汝、高田夏帆は、この男、大塚洸平を夫とし……」
「誓います」
夏帆の声は澄んでいて、迷いなど微塵も感じさせなかった。
彼女は微笑みながら、洸平の目を見つめていた。
(この男を、地獄に落としてやる)
指輪の交換のとき、洸平の人差し指がサテンリボンに絡まり、指輪が危うく落ちそうになった。指先が小刻みに震える。夏帆は優しく微笑み、洸平の手をそっと支えた。
「大丈夫ですよ、洸平さん」
その声は甘く、愛おしげだった。
参列者から「かわいい……」という小さなため息が漏れる。
(この手、触れたくない。でも今は、完璧に演じ切らなければならない)
「誓いの口付けを」
夏帆のベールを上げる指先は、誰の目にも優しく震えているように見えた。実際は、怒りと冷たい決意で震えていた。洸平は夏帆の黒曜石のような瞳を直視できず、視線を足元に落とした。唇が触れ合う瞬間、夏帆は心の中で呟いた。
(このキスが、あなたの終わりのはじまり)
誓いのキスが終わると、二人は腕を組んで参列者に向き直り、深々とお辞儀をした。拍手が沸き起こる。笑顔の波が教会を埋め尽くす。その瞬間、洸平の表情が凍りついた。
チャペルの一番後ろの席。漆黒のワンピースに黒いチュールレースのトーク帽で顔を隠した女が、じっとこちらを見つめていた。
真紅の唇が、ゆっくりと歪む。舐めるような視線が、洸平と夏帆を同時に捉えて離さない。
背筋に冷たいものが伝い落ちた。
(頼む……もう解放してくれ……)
洸平は神の御前で一生の愛を誓いながら、同時に一生取り返しのつかない罪と罰を懺悔していた。
式が終わり、披露宴会場へと移動する廊下で、夏帆は洸平の腕に軽く寄りかかった。参列者の視線が優しく二人を包む。
「洸平さん、緊張してましたね」
「……ああ、少しな」
夏帆は愛しげに微笑みながら、洸平の耳元で小さく囁いた。
「これから、ずっと一緒にいられるんですね。嬉しいです」
その声は甘く、誰もが羨む花嫁の声だった。しかし夏帆の瞳の奥には、冷たい炎が静かに燃えていた。
(まずは、笑顔であなたを包み込んで……その後で、ゆっくりと壊してあげる)
披露宴会場では、シャンパンタワーが輝き、笑い声が響き始めていた。
夏帆は祖父の修造に抱きつき、幸せそうに頰を寄せた。
「ありがとう、お祖父様。私、すごく幸せです」
修造は満足げに頷いた。夏帆は心の中で、もう一度誓った。
(この結婚は、私の復讐のためにある)
そして、彼女は完璧な笑顔のまま、新たな夫へと視線を戻した。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
#裏切り
#モテテク