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「そんな感じでさー、マジでアイツってば最悪なんだよ?!」
昼時の教室、友達の|三上 美羽《みかみ みう》と弁当を食べながら、五木に対する愚痴を零していた。
「でもあの五木くんも最初からそんな酷いいじめっ子って訳じゃなかったんでしょ?」
「そりゃあ…まあ。小学生の頃までは優しかったし、私が犬に吠えられて泣いてたら前に出て守ってくれるような男の子だったんだよ!!」
「えー全然想像つかないんだけど…!」
購買で買ったパンケーキをリスの一口サイズみたいに小さくつまみながら、ケラケラと笑う美羽。
「てかイツキってより、アイツはゴキだから!五木って書いて|五木《ゴキ》よ!ゴキブリ!」
「ぷっ…!G扱いはウケるわ……て、ね、ねえ雫!う、うしろ……っ!」
「へ?」
私は硬直したまま、ゆっくりと振り返った。
そこには、まるでタイミングを狙ったかのように立っている五木がいた。
「……おい、誰がゴキブリだって?」
低く大きい声が、まるで空気が一瞬で凍りついたような感覚だった。
「げっ、ゴキ!!」
私はつい飛び跳ねるように立ち上がり、後ずさりしてしまう。
「お前ぇまだ言うか?!」
五木がずんずんと私に近づいてくる。
「ほ、本当のことじゃん。」
必死に平静を装ってそう言い返すけど、声が少し震えてしまったのが自分でも分かった。
「だって事実じゃん!いつも急に現れるキモイやつ!」
「お前なぁ……それ、完全に喧嘩売ってんだろ!」
五木の顔がさらに近づいてきて、私は咄嗟に右手を突き出して距離を取ろうとする。
「ちょ、近いってば! 人のパーソナルスペースってものを学べ!」
「うるせぇ! まず俺に謝れ!」
「はぁ? なんで私が謝んなきゃいけないのよ! そっちがいつも私のことバカにしてくるから悪いんでしょ!」
五木の顔が一瞬ポカンとした表情になり、その後すぐにムスッとした顔に変わる。
「お前がバカだからだろ。なんだよ、この間の数学の点数! 31点って赤点ギリギリじゃねぇか!」
「な、なんで知ってんのよ! てか今関係ないじゃん?!」
お互いに言い合いをしているうちに、周囲のクラスメイトが笑いをこらえきれなくなり、小さなクスクスが教室中に広がる。
「ねえ、雫たちって本当に仲いいよね~!」
その一言で我に返り、私は五木から目を逸らし、美羽に向かって言い張る。
「「誰がこんなやつと!」」
五木も即座にそう言い返してきて、声が重なった。
「ほら、やっぱり息ピッタリだもん。」
美羽のからかいが止まらない。
私は白けて、テーブルに座り直した。
「はぁ、もういい。アンタなんかに構ってる暇ないんだから!」
「そりゃこっちのセリフだ!」
五木はそう吐き捨てると、1人の男子が五木に言う。
『犬神って、いっつもそんな感じだけど桧山への照れ隠しだったりしてな?』
「あぁ?馬鹿言うんじゃねえ!こんな女と付き合う男の気が知れねぇわ!」
「なっ…ゴキブリみたいなそっちの方が彼女できないでしょ!!」
その日の放課後、美羽が部活があるということで、1人で下駄箱に向かう階段をおりていた。
すると、女子たちの話し声が聞こえてきて、無意識に階段を降りる足を止め、そちらに意識を向ける。
「桧山さんって犬神くんのこと好きだったりしてね?」
「えぇ?そのパターンある?」
「でも仲良いし、アレでどっちか惚れてるとかだったらウケるんだけど!」
2人の笑い声が、私の耳にこだました。
「……っ」
私は唇を強く噛み締める。
『お前みたいな女と付き合う男の気が知れねぇわ!』
五木の言葉が頭の中で何度も繰り返されて、私は思わずその場から動けずにいた。
「それな~!てか犬神くんって口は悪いけどイケメンだし、先週も一年の可愛い子に告白されてたってウワサだよ~?!」
「マジ!? えー、じゃあもう彼女いるのかな……」
「いや、それがさー」
なんであんな奴が人気なんだか…
私は心の中で悪態をつきながら、ずっと五木の話をする彼女たちに対し、早くどこか行ってくれないかな、なんて思っていると
横を聞き覚えのある足音が通り過ぎて行った。
「なあ、邪魔なんだけど」
『え?いっ犬神くん?!ご、ごめん』
五木が女子の後ろから不機嫌そうに声を掛けると、彼女たちは気まずそうにその場から走り去っていった。
正直、助かった。
もしかして、助けてくれた……?
いや…ないか。
翌日、放課後────
私は教室で日直の仕事をこなしていた。
今日は学年1の優等生で有名な、菅野太陽くんと一緒の日直で
日誌を書き終えたところで、丁度
一緒に教材の山を運ぼうとしているところだった。
教材の山を両手に抱え、太陽くんと廊下に出ると
「桧山さん、かして?これくらい僕が持つよ。」
太陽くんがそう言って、私が抱えていた教材をひょいと受け取る。
「え、でも…」
「大丈夫、桧山さんには日誌を頼むね。」
そう言って軽めの日誌だけを渡して、にっこり微笑む彼。
まるでマンガの王子様みたいなその笑顔に、私は思わず「あ、ありがとう」と小さく呟き、頬が緩むのを感じた。