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「恵菜さん」
初めて彼から、真剣な表情で名前呼びをされた恵菜は、ハッとしたように純と向き合う。
「あっ……ああ、名前呼びされるの…………嫌だったかな……」
「いえ…………全然…………大丈……夫……です……」
純におずおずと尋ねられたけど、さっきまで『相沢さん』と呼んでいた彼が、急に下の名前で呼び、少し驚いただけだ。
恵菜の喉元が、どこか擽ったい。
「来週の土曜日、恵菜さん、予定入ってるかな?」
「あ……いえ…………空いてますよ」
彼女の予定がフリーと聞いた純は、ホッとしたのか、面差しを緩めた。
「だったら、気晴らしに…………ドライブに行かない?」
突然、純から誘われた彼女は、涼しげな目元を瞠目させる。
「ここのところ、元ダンナに手を上げられそうになったり、しかも今日は、自宅の前で待ち伏せされただろ? 恵菜さん、気が滅入っているみたいだから……」
(どうしよう…………谷岡さんに、ドライブに誘われちゃったよ……)
けれど、純と二人きりになると、うまく話ができない自分と一緒にいて、いいのだろうか?
「あの…………ドライブに行く相手…………私でいいんですか?」
恵菜の質問返しに、今度は純が目を見開く。
「何で、そんな事を聞くのかな?」
「だって私…………気の利いた話ができないし、話し下手だし……すぐ黙っちゃうし……私とドライブに行って、谷岡さん、楽しいのかなって……」
恵菜は、所在なげに顔を俯かせてしまう。
好きな人からのドライブの誘いは、すごく嬉しい。
けれど、彼を知れば知るほど、恵菜の気持ちが募っていき、純との恋に嵌ってピークに達した時、奈落の底に突き落とされたら、と考えると怖いのだ。
元夫の時のように、恵菜から気持ちが離れ、他に女を作ったら……と思うと、胸の奥が苦しくなってしまう。
純は女性の友人が多そうだし、食事に行った日も、待ち合わせ直前、女性と一緒にいるのを目撃しているのだ。
もう……あんな思いは…………したくない。
純は、彼女の言葉を黙ったまま聞くと、助手席のヘッドレストに、腕を伸ばした。