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遥 ℎ𝑎𝑟𝑢𝑘𝑎
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第四十五章 その傘、今日生きて帰れる?
雨が降り始めた街を、一人の男が静かに歩いていた。
黒い傘。
長い脚。
濡れたアスファルトへ落ちる足音は、
不思議なくらい静かだった。
袖を捲りあげた長身の男は、濡れた額を袖口で拭いた。その艶っぽい仕草に、信号待ちの女が、思わず振り返る。
「え、誰あの人……モデル?」
「やばっかっこよ//俳優みたい……」
その視線にも気付かないまま、男はゆっくり顔を上げた。
鋭い視線の先。
数十メートル前を歩く、小さな背中を見つけたその目は途端に優しい目つきに変わった。
翔太💙「わっ、降ってきた!」
蓮🖤「…………」
黒い傘の下。
蓮は静かに目を細め、傘を持つ手に力が籠る。
その瞬間。
大介🩷「走るぞ」
佐久間が、翔太の肩を引き寄せる。
――ミシッ。
蓮🖤「……近ぇんだよ」
手の中で、傘の柄が悲鳴を上げた。
通りすがりのサラリーマンが、ぎょっとした顔で距離を取る。
「え、今傘鳴った?」
「怖……」
蓮🖤「……あ?」
男たちは青ざめながら去っていく。
けれど蓮の視線は、ただ一人だけを追っていた。
ポタポタと、黒い傘を濡らす雨音。
佐久間に肩を抱かれた翔太が笑うたび、胸の奥がざわつく。
本当は、その雨ごと自分の傘へ閉じ込めてしまいたい。そんな事を思ってしまうくらいには、俺はどうかしている――
蓮🖤「……クソ」
雨は、まだ止みそうになかった。
その頃。
街へ落ち始めた雨粒を避けるように一人、コンビニへ駆け込む男がいた。
亮平💚「うわ、最悪……」
小さく舌打ちしながら、亮平は濡れた前髪を掻き上げる。
店内の冷気が、熱を持った頬を撫でた。
亮平💚「……傘、傘……」
ビニール傘へ手を伸ばしかけた、その瞬間。
――ウィーン。
翔太💙「うわぁ〜!結構降ってきた!」
亮平💚「っ!?」
反射的に振り返る。
そこにいたのは、髪を濡らした翔太と、その肩を引き寄せる佐久間だった。思わず眉間に皺が寄り、掴んだビニール傘に熱が籠った。しかし、次の瞬間には陳列棚の物陰にスッと滑り込み隠れた。
一方、もう一人の男はというと、コンビニへ駆け込んだ二人を、少し離れた歩道から睨みつけていた。
ガラス越しに見える翔太は、濡れた髪をタオルで拭きながら、楽しそうに店内を歩き回っている。
濡れた毛先から落ちた雫が、白い首筋をゆっくり滑り落ちていく。
蓮🖤「……クソ」
黒い傘を閉じる。
数秒迷ったあと、蓮は何食わぬ顔でコンビニへ入った。
雑誌コーナー。
適当に一冊引き抜き、顔を隠すように開く。
視線だけは、雑誌越しに翔太を追っていた。
雨粒がコンビニの窓を滑り落ちるたび、蓮の視線だけが、獲物を逃がすまいとする獣みたいに静かに絡みついていた。
翔太💙「あっ!UNOある!」
大介🩷「は?」
翔太💙「やりましょ!久しぶりだな〜楽しみ」
大介🩷「……お前ルール知ってんの?」
翔太💙「ルール?」
きょとんと目を丸くする。
翔太💙「知らない。だってやったことないもん」
大介🩷「は???」
翔太💙「でも楽しそう!」
大介🩷「……2人でかよ」
(じゃぁ久しぶりってなんだよ……笑)
翔太💙「負けたらジュース奢りですからね!」
ケラケラ笑いながら、
翔太はUNOの箱を弄ったまま店内を歩き回る。
蓮🖤「…………」
あいつが笑うたび、世界の輪郭だけが妙に鮮明になる。
その隣が俺じゃないという事実が、ひたすらにイラつかせた。
無意識に、雑誌を捲る手へ力が入るのは必然だった。
次のページ。
【今、最も注目される若手俳優――佐久間を徹底解剖】
蓮🖤「は?」
見開きいっぱいの佐久間。
雨に濡れた撮り下ろし写真と、挑発的な見出し。
『人を振り回す男』
蓮🖤「そのまんまじゃねぇか」
舌打ち混じりにページを捲る。
けれど次のページにも、笑っている佐久間。
蓮🖤「……イラつく」
嫉妬なんて感情は、もっと醜く騒がしいものだと思っていた。
実際には違う。
音もなく肺を満たして、気付けば呼吸の仕方を忘れさせる――
亮平💚「……あんた尾行下手すぎ」
低い声。
蓮がゆっくり視線だけ動かすと、買い物を終えたばかりの真新しいビニール傘を手にした男が立っていた。
亮平💚「バレバレ」
蓮🖤「……おっおまっ……なんで!」
明らかに動揺する蓮。
翔太を尾行する一部始終を見られていた事実に、さすがの蓮も平静ではいられないらしい。
亮平💚「ださっ」
蓮🖤「オマエこそ……」
亮平💚「その顔で雑誌読んでたら、職質されるって」
蓮🖤「殺すぞ」
亮平💚「こわ〜」
まるで堪えていない声。
亮平は肩を揺らしながら、蓮の持つ雑誌を覗き込んだ。
【今、最も注目される若手俳優――佐久間を徹底解剖】
亮平💚「うわ、よりによってそれ読んでんの?」
『狙った獲物は離さない――俺って気に入ったものには執着しちゃうんだよね。それに、手に入らないものほど、燃えちゃう』
亮平💚「……あー」
納得したように頷く。
亮平💚「そりゃイラつくか」
蓮🖤「別に」
即答。
けれど、
雑誌の端がまたぐしゃりと歪む。
亮平💚「分かりやす」
蓮🖤「黙れ」
再びページを捲る。
インタビュー記事。
『最近のお気に入りは?』
佐久間の笑顔写真。
『訪れた病院で出会った可愛い看護師。
オレ、可愛い子に目がないんだよね』
――ピキッ。
亮平💚「うわ」
雑誌の角が、綺麗に折れ曲がった。
たぶん今、このコンビニで一番危険なのは、強盗でも不審者でもなく、この男だ。
その時だった。
UNOの箱を片手にした翔太が、ふらふらと雑誌コーナーへ近付いてくる。
亮平💚「あ」
気付いてない。
翔太は蓮の存在にまるで気付かないまま、ひょこっと肩越しから雑誌を覗き込んだ。
翔太💙「すごい佐久間さん!」
蓮🖤「!!?」
翔太💙「“全ての人を虜にするその魅力に迫る”だって。有名人みたい!」
大介🩷「みたい、じゃねぇの」
翔太💙「えっ、この看護師って誰ですか?」
佐久間へぐいっと顔を寄せる翔太。
翔太💙「うちの病院ですよね?教えてくださいよ。俺、口硬いですよ?」
大介🩷「ははっ……どうだろ」
翔太💙「え〜気になる!」
ケラケラ笑う声。
その横で。
蓮は雑誌を開いたまま、静かに俯いていた。
前髪が影を落として、表情は見えない。
ただ、雑誌を掴む指先だけが、じわりと白くなっていく。
亮平💚「……うわ」
思わず一歩引く。
佐久間はその様子を見て、吹き出しそうになるのを堪えながら、ちらりと雑誌コーナーへ視線を向けた。
大介🩷「……すいません、うちのが」
ニヤリ。
その瞬間。
――バキッ。
蓮の手の中で、雑誌の角が綺麗に折れた。
亮平💚「雑誌お買い上げ〜」
蓮🖤「黙れ」
低い声。
その時、レジの方から翔太の笑い声が響いた。
翔太💙「絶対勝ちますからね!」
大介🩷「負けたら泣くなよ?」
翔太💙「泣きません〜!」
ケラケラ笑いながら、
翔太はUNOの箱を抱えたまま、佐久間の隣へ並ぶ。
その無防備な背中を見つめていた蓮は、手元のページがペラペラと捲れている事に気付かなかった。
隣で肩を震わせ笑う亮平は、〝ここ見て見なよ〟と言って雑誌の最後のページを指差した。
5月の占いコーナー。
12位 水瓶座
雨の降る日、要注意
【今日のラッキーアイテム:透明傘】
蓮🖤「……は?」
亮平💚「あんた今日もう手遅れだろ」
右手に持つ黒い傘を亮平へ差し出した蓮。
蓮🖤「お前の寄越せよ」
二人を横目に、歩き出した佐久間と翔太。
軽く会釈をして通り過ぎた佐久間を他所に慌てて背中を向けた二人。翔太は〝知り合いなの?〟と不思議そうに小首を傾げた。
蓮🖤「……行くぞ」
亮平💚「え、普通に共闘なの?」
蓮🖤「見失ったら殺す」
亮平💚「怖」
自動ドアが開く。
夜風と一緒に、雨音が街へ広がった。
透明傘。
黒い傘。
色の違う二本が、無言のまま並ぶ。
数メートル先。
蓮🖤「……チッ」
亮平💚「舌打ち多すぎ」
蓮🖤「うるせぇ」
即答。
けれど視線だけは、ずっと翔太を追っている。
亮平は思わず笑った。
亮平💚「あんたさ」
蓮🖤「あ?」
亮平💚「思ったより重症だね」
蓮🖤「殺すぞ」
亮平💚「そのセリフ今日何回目?」
雨粒が透明傘を叩く。
数メートル先では、翔太が佐久間の傘へ半分入りながら、何かを喋って、また楽しそうに笑っていた。
あの無防備な笑顔を見るたび、胸の奥で何かが軋む。
嫉妬なのか、独占欲なのか、もう蓮自身にも分からない。
ただ一つ確かなのは、あの笑顔を他の誰かへ向けられるたび、理性の形が少しずつ壊れていくということだった。
翔太💙「あっ」
突然、翔太が立ち止まる。
大介🩷「ん?」
雨は弱まる気配もなく、街灯の光を滲ませながら、静かに迫り来る夜を濡らしていた。透明傘へ落ちた雫が、一定のリズムで音を刻む。
数メートル先。
佐久間の傘へ半分身体を預けるみたいに歩く翔太は、雨に濡れたせいか、いつもより少しだけ無防備に見えた。
その背中を追う二つの影は、もはや尾行というより、帰る場所を失った野良犬に近い。
翔太💙「……なんか、いい匂いする」
蓮🖤「!」
亮平💚「!」
数メートル後ろ。
ぴたりと止まる二本の傘。
翔太💙「なんだろ。すごい落ち着く匂い〜」
大介🩷「俺の香水じゃね?」
翔太💙「んー……」
佐久間へ顔を寄せ、くんくんと匂いを嗅ぐ翔太。
その瞬間。
後方で、
――ミシッ。
亮平💚「やめろってその嗅ぎ方」
蓮🖤「近ぇ」
大介🩷「ははっ」
翔太💙「でも違うかも」
大介🩷「は?」
翔太💙「なんか……もっとこう……安心する匂い」
蓮🖤「…………」
亮平💚「…………」
翔太💙「大好きな人の匂いに似てる」
――ポッ。
数メートル後方。
黒い傘と透明傘の下で、男二人が同時に固まった。
蓮🖤(……俺だろ)
亮平💚(いや絶対俺じゃん)
大介🩷「オマエ俺の香水好きだもんな〜?かっこいいし?」
翔太💙「佐久間さんナルシストすぎません?」
大介🩷「事実♡」
翔太💙「うわっムカつく!」
ケラケラ笑いながら、再び歩き出す二人。
その背中を見つめながら、
亮平はふと、以前の会話を思い出していた。
〝亮平くんの匂い、安心する〟
そう言って笑った翔太の顔が、雨音の向こうで、不意に蘇る。
笑っている翔太を見ると、どうしても安心してしまう。
その笑顔が自分へ向けられたものじゃなくても、目で追ってしまうくらいには。
ま、本人には絶対言ってあげない////
そんな事を思いながら、本当、素直じゃないなと亮平は思わずクスッと笑ってしまった。
蓮🖤「……俺だろ」
亮平💚「は?」
蓮🖤「どう考えても」
亮平💚「いやいやいや、俺だし。それに言われたことあるから!〝亮平くんの匂い安心する♡〟ってお前あるのかよ⁈」
蓮🖤「殺すぞ」
亮平💚「情緒どうなってんの?」
亮平💚「……ねぇ」
蓮🖤「なんだ」
亮平💚「その傘、今日生きて帰れる?」
コメント
5件
鈍ちんの翔太とそれに振り回される🖤💚がとてつもなく可愛い💕
