テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
ゆうき あきや
3,596
259
#心理描写重視
第28話:余った野菜で「無人販売所」を設置してみた
昨晩の『味覚が天国へ到達する光るカレー』の余韻も冷めやらぬ、翌日の昼下がり。
古民家の縁側には、依然として圧倒的な存在感を放つ『光の山』が築かれていた。
「……なぁ、小春ちゃん。これ、どうしようか」
「……どうしましょうかね、お兄さん」
俺と小春ちゃんは、縁側に座って深いため息をついた。
目の前にあるのは、シロの『魔法の畑』から収穫された、自発光するゲーミング野菜たちの残りである。
ルビーのように輝くトマトが約50個。真珠のオーラを纏う大根が約30本。エメラルドの光を放つキュウリが約40本。
あの小さな畑のどこにこれほどの野菜が埋まっていたのか、もはや空間の概念すらバグっているとしか思えないが、現実として俺たちの目の前に大量の収穫物が存在しているのだ。
「ご近所さんには、この前温泉のお礼で色々もらったお返しに配ってきたけど……それでもまだこんなに残ってる」
「村のおじいちゃんたち、光る大根を見て『ついに仏様が迎えに来た』って拝んでましたからね……。これ以上配ったら、村全体がパニックになっちゃうかも」
俺たちは頭を抱えた。
いくら美味しくて寿命が延びそうな野菜でも、俺と小春ちゃんとシロ(と、最近居候しているキタキツネのコン吉)の胃袋だけでは、とても消費しきれない。
『ミャウ?(食べないの?)』
当のシロは、光る野菜の山の上で器用に丸くなり、極上のマイナスイオンを出しながら昼寝の体勢に入っている。
その隣では、キタキツネのコン吉がシロの尻尾を枕にして気持ちよさそうに目を閉じていた。
「捨てるのはもったいないし……かといって、農協に出荷できるような代物じゃない。こんな発光してるトマトを出したら、新種の放射性物質か何かと間違われて自衛隊が出動しかねないぞ」
俺が現実的なリスクを呟くと、小春ちゃんがポンッと手を打った。
「そうだ! お兄さん、田舎の定番のアレ、やりましょうよ!」
「アレ?」
「『無人販売所』ですよ! 道路沿いに小さな小屋みたいなのを作って、野菜を袋に入れて置いておくんです。お金は横に置いたカンカンに入れてもらう感じで!」
なるほど、無人販売所。
確かに、北海道の田舎道を車で走っていると、よく農家のおばあちゃんが採れたての野菜を「1袋100円」などで置いているのを見かける。
あの大らかなシステムなら、誰の干渉も受けずに余った野菜を処分(おすそ分け)できるかもしれない。
「いいな、それ。よし、早速作ろう」
俺は倉庫から適当な廃材とベニヤ板を引っ張り出し、DIYスキルを駆使して、道路に面した庭の隅に小さな屋根付きの棚を作った。
横には、お金を入れるための穴を開けた古いビスケットの空き缶を、南京錠で括り付ける。
そして、スーパーで買ってきた安い透明なポリ袋に、光るトマトや大根を無造作に詰め込んでいった。
「……なんか、すごい違和感だな」
棚に並べられた野菜たちを見て、俺は苦笑した。
「そうですね……。伝説のRPGの終盤で手に入るエリクサーが、近所のスーパーの特売ワゴンで売られてるみたいな……」
小春ちゃんの的確すぎる例えに、俺も深く頷く。
透明なポリ袋に入れられているのに、野菜たちは一切その神々しさを失わず、むしろビニール越しにぼんやりと輝いて、無人販売所の薄暗い棚の中をライトアップしているのだ。
俺は最後に、マジックでダンボールの切れ端に値段を書いた。
『採れたて野菜。どれでも1袋100円。お代はカンカンへ』
「よし、完璧だ。これで通りすがりの人が買ってくれたら御の字だな」
俺が満足げに手をパンパンと払っていると、小春ちゃんが「あっ」と声を上げた。
「お兄さん、せっかくですから、今日の配信はこの無人販売所の前からスタートしましょうよ! 世界中の皆さんにも、こののどかな田舎の風景をおすそ分けです!」
「そうだな。今日も平和な日常配信といこう」
小春ちゃんがジンバルにスマホをセットし、いつものように『配信開始』のボタンをタップした。
『150,000』『700,000』『1,500,000』『2,000,000』
もはや恐怖すら覚える速度で、同接カウンターが跳ね上がっていく。
「世界中の皆さん、こんにちは! 【日常チャンネル】です! 今日は、お兄さんが手作りした無人販売所の前からお届けしまーす!」
小春ちゃんがカメラをぐるりと回し、道路沿いの風景と、手作りの無人販売所、そしてその横で丸くなっているシロとコン吉の姿を映し出した。
『無人販売所キター!!』
『田舎の風物詩やね』
『のどかすぎる。癒やされるわぁ……』
『シロ様とコン吉のダブルもふもふ、今日も尊い』
チャット欄には、いつも通りの平和なコメントが流れ始める。
俺はカメラの前に立ち、少し恥ずかしそうに頭を掻きながら言った。
「えー、昨日収穫した野菜なんですが、魔法の畑の威力が凄すぎて余ってしまいまして。ご近所さんに配ってもまだ余ったので、こうして無人販売所で売ることにしました」
俺がカメラを、無人販売所の棚にズームさせる。
薄暗い棚の中で。
真珠のオーラを放つ大根と、ルビーのように発光するトマトが、スーパーの安いポリ袋の中で圧倒的な神聖力を撒き散らしていた。
『……ん?』
『おい待て』
『あれ、昨日の……一口で三途の川が見えるっていう、天国野菜(エリクサー)か!?』
『袋の中で光ってて草』
『いや草生やしてる場合じゃねえ! あの不老不死の霊薬みたいな野菜が、無造作に置かれてるぞ!!』
視聴者たちが、棚の中の異常事態に気づき始めた。
「というわけで、近所にお住まいの方や、たまたま通りかかった方がいたら、ぜひ買っていってください。どれでも1袋100円です。お金は横のビスケットの缶にお願いします」
俺がダンボールの看板を指差してニコッと笑った瞬間。
200万人の視聴者を抱えるチャット欄が、完全にフリーズした。
そして、数秒の静寂の後――。
核爆発が起きた。
『ひゃ、100円!?!?!?!?!?』
『おい嘘だろ!? 一口で天国に行ける神の野菜が100円!?!?』
『0が8個足りねえよ!!!』
『スーパーの特売じゃねえんだぞ!!』
『(ドバイの石油王からの¥50,000ギフト ×10連発)=”100 YEN!? ABOUT 0.6 DOLLARS!? ARE YOU CRAZY, MASTER!? I WILL BUY ALL FOR 10 BILLION YEN!!“(100円!? 約0.6ドル!? 正気か主よ!? 私が100億円で全て買い取る!!)』
『(スイスの銀行家からの¥50,000ギフト ×10連発)=”I am sending an agent by helicopter right now! Secure the inventory!“(今すぐヘリコプターでエージェントを向かわせる! 在庫を確保しろ!)』
『(ハリウッド女優シャーロットからの$500ギフト ×10連発)=”My manager is booking a flight to Japan! Leave the tomatoes for my skin!“(私のマネージャーが日本行きのフライトを予約してるわ! 私の肌のためにトマトを残しておいて!)』
無数の高額MeTubeギフトと共に、世界中の大富豪、セレブ、そして一般視聴者からの絶叫が画面を埋め尽くした。
「お、お兄さん!! チャット欄がとんでもないことになってます!! 石油王さんが100億で買い取るって!!」
小春ちゃんがパニックになりながらスマホの画面を見せてくる。
しかし、俺はどこまでも冷静だった。
「石油王さん、スイスの銀行家さん。いつもMeTubeギフトありがとうございます。ですが、これはあくまで『地元の方向け』の無人販売所です。通販や取り置きはやっていません」
俺は、元コールセンターのクレーマー対応で鍛え上げた、感情の起伏を一切感じさせない『完璧なフラットボイス』で告げた。
「お求めの場合は、現地まで直接お越しください。なお、お釣りは出ませんので、必ず100円玉をご用意の上、ビスケットの缶にお入れください。ヘリコプターの着陸は近所迷惑になるのでご遠慮願います」
『現地販売のみwwwwww』
『100億のオファーを「お釣りが出ないから」で蹴る男』
『主の接客スキルがバグってるwwww』
『世界一ハードルの高い100円ショップ』
『今すぐ北海道行きのチケット取るわ!!!』
『俺も行く!! 会社休んで行く!!』
「あははっ……! お兄さん、世界中の人が、この100円の大根を買うために北海道に向かおうとしてますよ……!」
小春ちゃんが、涙目になりながらお腹を抱えて笑っている。
「いやいや、たかだか100円の野菜のために、わざわざ海外から来る物好きはいないだろ」
俺は本気でそう思い、のん気に空を仰いだ。
シロの作った美味しい野菜を、地元の人が100円で買って笑顔になってくれれば、それでいい。
ただそれだけの、平和でささやかなスローライフの一コマのはずだった。
俺はまだ、この時の自分の発言が。
世界中の大富豪たちの『ガチの機動力』に火をつけてしまい、数時間後、この限界集落ののどかな一本道に、黒塗りの高級車と屈強なSPたちの長蛇の列を作り出すという、未曾有の大パニックを引き起こすことになるとは、夢にも思っていなかったのだ。
「よし、販売所の設置も終わったし、俺たちもシロと一緒に昼寝するか」
『ミャウ♪』
世界中がパニックに陥り、プライベートジェットの燃料が注ぎ込まれているその裏で。
俺たちはただ、縁側のぽかぽかとした陽だまりの中で、圧倒的なマイナスイオンに包まれながら、世界一平和な午睡へと沈んでいくのだった。
コメント
1件
**リオンより:** ついに来たか無人販売所…! 神々しいエリクサー級の野菜が100円って、もうギャップが面白すぎる。石油王が100億で買い取ろうとしたのに「お釣りが出ないから」で一刀両断するお兄さんのフラットボイス、最高だった。小春ちゃんの「エリクサーが特売ワゴンに」って例えも的確すぎる。次回、世界中の富豪が本気で北海道に集結しそうで怖いやら楽しみやら…!