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『はぁ、かったるい……早く帰りたい』
婚活パーティーが始まって、二度目の席替えが終わり、現在はデザートタイム。
湊音はトイレに行った後、飲み放題のドリンクコーナーでオレンジジュースを注ぎながら、深いため息をついた。席には戻りたくない。さっきまで座っていた席も、他の席もどこも賑やかだ。
たった二時間でこんなに仲良くなるものなのか、と湊音は周囲を見渡して嘆息した。
大島はお酒が入って上機嫌で盛り上がっている。隣の室田も大声で笑い合い、すっかり打ち解けた様子だ。
湊音がここまで憂鬱なのには理由があった。
彼が「バツイチ」だからだ。
一対一の短いトークタイムで紹介カードを渡した際、ほぼ全ての相手が真っ先に「離婚歴あり」の欄に目を通した。
そして「ああ、そうなんですか」と興味なさそうに返された。
「何年結婚してたんですか?」「お子さんはいますか?」と詰問され、子供はいないと答えると、妙に納得したような態度を取られることもあった。
『僕に生殖能力がないとでも思ったのか……んまぁ、事実ですけど』
胸の内で苦々しく呟く湊音。世間では結婚してすぐ子供を持つのが当たり前なのだろう。だが、それがすべてではない。
結婚当初、彼と元妻は「子供はもう少し落ち着いてから」と互いに話し合い、避妊を続けていた。若くして結婚した二人はまず仕事に打ち込むことを選んだのだ。
そのおかげで仕事は順調だったが、その生活にはひずみが生じていた。
6歳年上の元妻は、仕事と家事を両立しつつも、徐々に子供を欲しがるようになった。しかし、湊音は教師という激務に追われて妻を拒み続けた。気づけば、寝室は別々。家庭は崩れかけていた。
しかし、それを今回の婚活パーティーのプロフィールカードに記載することなど到底できなかった。ただの付き添いとして来たはずが、自分の過去を説明させられるだけで苦痛だった。
『僕は、もう一度恋なんてできるのか?』
そんなことを考えながら、湊音は好物のオレンジジュースをカップに注ぐ。だが、その瞬間、ふと視線の先に……。
「ねぇ、オレンジジュース好き? てか、お酒飲まないの? もっとさ」
突然声をかけられ、湊音は驚いて注いでいたオレンジジュースを少しこぼしてしまった。
「あっ、ごめんね、びっくりさせちゃった? 洋服、大丈夫?」
パーティー開始前に見かけた背の高い男性が立っていた。遠目から見たらそうに見えなかったが……。
『身長でっか……てか、香水のいい匂い……』
湊音は男の存在感に圧倒されながらも、目を合わせる。
「タイプの人、見つからなかった?」
「えっ、その……あの……」
「さっきからトイレ行ったり、ここでジュース注いだりしてたでしょ。ちょっと気になって」
まるでずっと観察されていたような口ぶりに、湊音は戸惑いながらも返事をする。
「あ、あの……槻山です」
「槻山くんね。下の名前は?」
「……湊音です」
「湊音くんか。いい名前だね。じゃあ、僕もオレンジジュースもらおうかな。お酒ばっかりだったし」
そう言って男は湊音の隣に並び、オレンジジュースを注いでゴクゴクと飲み始めた。喉仏が動くたびに、なぜか湊音の目がそこに吸い寄せられる。
『カッコいい……』
「はぁー、美味しい。じゃあ、パーティー、楽しもうよ。あ、これ、僕のお店の名刺ね」
男は黒い紙を湊音に手渡した。
『黒い名刺……ホストクラブ? いや、BARって書いてある……李仁……って名前か』
湊音が名刺を眺めていると、そこに別の女性が近づいてきた。
湊音が先ほど短い会話を交わした明里だ。湊音も背は低い方だが、彼女はさらに小柄で、可愛らしい印象を与える女性だった。
「あの……お話ししたいなと思って……ご一緒してもいいですか?」
「あ、はい……ぜひ」
明里に誘われ、湊音は席を移る。ふと先ほどの男、李仁が別のテーブルで数人に囲まれている様子が目に入った。
だが、明里の視線が湊音をしっかり捉えていて、そちらに気を取られている場合ではないと気づいた。
「よかったら、こちらで……」
明里がエスコートを促す。湊音はそのまま彼女と席に移り、二人で会話を始めた。
明里は湊音がバツイチであることを全く気にせず、終始明るく話しかけてくれた。
彼女との話は意外なほど弾み、湊音は次第に緊張を忘れていった。
お酒も勧められるまま飲み、気づけばパーティー終了の時間に。
その後、湊音は明里と二人で会場を後にし、そのままラブホテルへと向かった。すっかり大島のことは忘れていた。
久々の親密な時間。
元妻以来、しかも年下で可愛らしい明里。酒の勢いも手伝い、湊音は理性を完全に手放した。
そしてその夜、何度も彼女を抱いた。
だが、明里の寝顔を見つめながら、湊音は心の中で呟いた。
『これは恋じゃない……ただの一夜の衝動だ』
そう考えながら、湊音はため息をついた。