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〜冬に誘われ〜
冷たい風が頬を刺すように撫でる。
吐き出した息が淡く白むような真夜中。
なかなか寝付くことができずにいた若井は、ベランダの柵にもたれながら夜風にあたっていた。
だんだんと鈍くなる感覚に身を任せるように遠くを見つめる。
空は高く澄み、都心ではほとんど見ることのできないと思っていた星もまばらに光る。
ーこれが丘の上でもあったのなら、もっと眩く見えるのだろうか
そんなことを思っていると、ポケットに忍ばせていたスマホが音を立てる。
元貴からだった。
悴んだ指先を忙しなく動かし電話に出る。
「もしもし、どした?」
『………』
「ん、もとき?」
『あ、いや…』
「…ふふ、なんでも言ってみてよ」
『…うん。ねえ、うち』
「ああ、行ってもいい?」
『あ、うん…』
「ちょっと待ってて、すぐ行く」
そう言い残し電話を切る。
すっかり鈍くなっていたはずの頭は鮮明に、何かに突き動かされるようにして若井は急いで大森の家に向かった。
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思っていたより早くタクシーが捕まり、大森の住むタワマンの前まで着いた若井は、なおも急足で大森の部屋まで向かいインターホンを押す。
が、数回押すも一向に出てくれそうな気配がないので以前もらっていたスペアキーで中に入る。
「おじゃましまぁ、す……もうねちゃったのかな」
長い廊下を抜けて広いリビングに足を踏み入れる。
どの部屋も明かりはつけられておらず、あるのは整えられた部屋の家具ばかりで、全く人の気配がない。
見知ったはずの部屋も、まるで展覧会のような、どこか異質な空気を身に纏っていた。
暗闇の中を進んでいく。
いくつかの部屋を探し、ついに若井自身でもあまり入ることのない制作部屋の扉に手をかける。
ゆっくりと扉を開けると、ソファの端に小さな人影を見つける。
膝を抱え丸くなった元貴が体を預けるようにして横たわっていた。
瞳の奥はどこまでも黒く、部屋の一点をただ見つめている。
「もとき、?勝手に入ってごめん、今きたよ」
若井の声を聞いた大森の瞳にすぅっと光が差す。
「ぁ、わ、かい」
「うん、ごめん。ちょっと遅かったね」
「ぅうん、だいじょぶ」
霧のように消え入りそうな声でそう言う大森の頬に冷え切った指先を這わせる。
その温度が伝わったのか大森が軽く身震いをする。
「あ、ごめ」
ー冷たかったよね。
そう言おうとした若井に大森は頬を緩める。
「んふ、冷たぁい」
そう言い、その冷え切った若井の体温を確かめるように頬を擦り寄せた。
その瞬間、ぶわりと何かが胸の奥から沸き立つような心地が若井の感覚を震わす。
「ねぇ、となり。きて、」
大森は若井の腕をぐいっと引き寄せ、すっぽりと若井の腕の中に収まるような体制になる。
急な距離感に友達以上の何か、といえばいいのだろうか。
そんな違和感が若井の脳裏を掠める。
しかし、先ほどの不安を露ほども感じさせない、安堵と少しの期待を纏った瞳のゆらめきに、若井の頭は少しの違和感などもはやどうでもよく感じられた。
next
しばらくして若井は思い出したように大森に話しかける。
「あ、もとき。ごはんって、たべた?」
「ん、?」
「ぁ…ごはん、、いらない」
「食欲ない?」
「ぅん、」
「そっか、お風呂は?」
「……まだ」
「じゃ、一緒に入ろ。頭洗ったげる」
「ぇ、ぃや」
小さな抵抗をすり抜け大森の手首を掴むと、引き連れるようにしてお風呂場へ向かう。
若井は、大森に頼られた実感とその温もりが胸に満ち、もっと甘やかしたいという小さな欲望が沸々と湧き上がっていた。