突然現れた七大罪に対して、三叉(さんさ)の槍の穂先に擬態していた、三匹の蛇が非難の声を上げた。
「我々七大徳の前に立つとは無礼が過ぎるぞ、俗物めがっ! 今すぐ立ち去れい、下がれ下郎がっ!」
「その通り! 卑(いや)しい人間風情の想念如(ごと)きが、恥の城の玉座の間に足を踏み入れるとは! 許されると思うなよ!」
「然り(しかり)、人の穢れ(けがれ)の集積体、掃溜め(はきだめ)の汚物どもめ、うぬ等がどれほどの不敬を犯しているか、その惨めな精神に刻まれたいか!」
蛇達の謗り(そしり)を聞くでもなく、七大罪は落ち着き払っていた。
何故か、一切の疑いも持たずに罵倒(ばとう)の声にも狼狽え(うろたえ)た素振も見せずに、明鏡止水(めいきょうしすい)の如き悟りきった表情で只々その場で無表情のまま佇んでいた。
その様子を目にしたドブネズミ、アフラ・マズダ達が肉体(?)の様な物を構成した巨人が跨(またが)った存在が重い口を開いたのであった。
「待つのだ、同胞(はらから)よ! 大罪であるこの者達が、捕らわれし階層から離れ、この場に有る事こそ異様な事、これらを人間の負の象徴、大罪だと断じてはいけない! この場に現れた以上、それなりの高みに昇りし存在として警戒すべきである! 心せよ! 我が輩(ともがら)よ!」
その言葉を受け、騒がしかった蛇たちが口を噤む(つつしむ)のを待っていたかの様に、大罪の中で最年長であろう、老婆、グローリアがアフラ・マズダの集合体ではなく、オルクス達スプラタ・マンユに向けて、丁寧に言葉を、いや、彼等彼女等の願いを宣言するのであった。
「大いなる裁きの担い手、アムシャ、いや、スプラタ・マンユに願い奉り(たてまつり)申し上げます…… 我等はヒトの犯せし罪の負い手、大罪の名を冠して参りました者共でございます…… 然し(しかし)ながら、『真なる聖女』コユキ様との邂逅(かいこう)によって、己の真実の姿を知り、ここに罷り(まかり)越しました哀れで愚昧(ぐまい)な人の子でございます…… 甚だ(はなはだ)、恐縮、そして身に余る願いと承知しつつも、遮る事出来ぬ、最早留められぬ我等が願いを聞き留めて下さりませ、裁きの担い手よ…… 我等、大罪七名の総意として願い奉る! 『審判の刻(しんぱんのとき)』、ヴァルプルギスの夜の開幕を請願いたしまする――――」
グローリアが言い終えると同時に、七人揃って片膝を地につけ頭を下げる七大罪の姿を目にした、いつも気楽なスプラタ・マンユの兄弟達に緊張の色が走った。
表情を強張らせながら、モラクスがオルクスに声を掛けるが、この間も大罪の七人は跪(ひざまず)いたままであった。
「兄者! ヴァルプルギスの要請だ! 受けるか? ど、どうする?」
オルクスは一切の戸惑いも見せず、いつもの感じで言うのであった。
「セイガン、ハ、アムシャ、スプンタ、グリゴリ、ガ、ジュダク、シタ! ハジメ、ヨ! センゲンスル! コレヨリ、サヴァト、ヲ、カイシ、 スルッ!」
拙い(つたない)言葉であった。
だが然し(しかし)、オルクスが自我を取り戻してから最も長い言葉でもあった。
オルクスの宣言を聞き、アフラ・マズダの集合体も、元大罪の七人も、それどころか、弟妹(きょうだい)の六体も揃って動きを止め、固まったように動けずにいた。
唯一動きが有った事と言えば、モラクスからは漆黒のオーラが、パズスからはオレンジのオーラ、ラマシュトゥはピンク、アジ・ダハーカは緑、シヴァからは紫の、アヴァドンからは黄金に輝くオーラが放出され、それらは一つの巨大な光りの奔流と化していった事ぐらいだろうか。
六色の輝きが混ぜ合わさって一つの巨大な塊を形成するのを待っていたかのように、純白のオーラがオルクスの体から溢れ出し、|弟妹《きょうだい》達のオーラを飲み込み、やがて、一つの形を作り上げていった。
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