「ぶふんっ」
私はポタージュを噴き出しかけ、涙目になった。
……鼻、痛った!
目をまん丸にして尊さんを見ると、彼は「悪戯成功!」みたいな顔でニヤニヤしている。
「……マジですか?」
「マジ。本気で聞くって決めたなら、嘘はつかない」
「でも、社長の息子は副社長なんじゃ……、あっ」
そこまで言って、私は《《ある事》》に気づいて声を上げた。
私は篠宮ホールディングスの商品開発部に勤めていて、尊さんはその部長。
会社の副社長は篠宮|風磨《ふうま》という男性で、確か年齢は三十五歳だ。
副社長もイケメンなのに独身で、彼を狙っている女性社員はめちゃくちゃ多い。
尊さんも優良物件だけれど、それ以上に副社長という上位互換がいる。
で、その副社長……、尊さんより年上。
「さっき言ってた〝兄貴の恋人〟って……」
「ビンゴ。副社長は俺の継兄」
「うわぁ……」
私は顔を歪め、天井を仰ぐ。
「お母様は、社長夫人で経理部長の篠宮|怜香《れいか》さん。……という事は、尊さんは副社長と兄弟で……。…………あれ? なんで速水?」
創業者一族と尊さんの苗字が違う事に気づいた私は、目を丸くする。
料理人が大きな海老や帆立、野菜を鉄板で焼き始めたけど、高級料理を楽しむどころじゃなくなってきた。
いや、お肉は絶対食べるけど。
というか、今まで頭からすっぽ抜けていたけれど、尊さんが自分の家庭環境について話していたのを思いだした。
意地悪な継母と言っていたのは社長夫人、そして尊さんの本当のお母さんは……。
「……凄く失礼な事を言いますけど、……尊さんは……、愛人の子供?」
恐る恐る言うと、彼は静かに笑って言った。
「愛人……、はどうかな」
尊さんは綺麗なカトラリー使いでふっくらと焼かれた帆立を切り、口に入れる。
私も魚料理に合わせて運ばれてきた白ワインを飲み、同様に帆立を食べた。
「継母から見たら、俺の母は憎い浮気相手になるんだろう。でも俺の母と父は、学生時代からの付き合いで、長年愛し合った恋人同士だった。父は母と結婚したいと祖父母に言ったが、前々から怜香との縁談があって反対され、両親の言いなりになった。……捨てられた形になった母は、女手一つで俺を育ててくれたよ。……でも父親は母を忘れられず、俺たち家族の前に姿を現していた。……父いわく、『深く愛し合っていたから離れられなかった』らしい」
そういう関係なら、〝浮気〟とは言えない。
尊さんのお母さんからすれば、怜香さんのほうが〝あとから現れて自分たちの関係をぶち壊した女〟になるんだろう。
「父は継母と結婚したあとも、隠れて母と会っていた。子供を作ってしまった以上、充分なほどの生活費を送っていたが、母はそれを嫌がって生活費以外は学費として貯蓄していた。……俺は兄貴が生まれた三年後に誕生し、篠宮家に存在を隠されたまま育った。父はちょくちょく家を訪れていたから、実の父だという認識はあった。ただ、母は色んな仕事を掛け持ちして苦労していたから、『どうして側にいないのか』と不満に思ってたな」
尊さんの話を聞いた私は、彼がひねくれた性格になった理由を深く理解した。
意地悪な事を言って、私の気持ちを試すような真似をするのも、そこに起因しているんだろう。
彼は愛情に飢えている。
雑に扱われる事を知っているから、試す事によって私が本当に自分を大切にしてくれるか確認しているのだ。
尊さんはとても優秀な人なのに、不器用な生き方をしている。
彼の心の底に巣くっているものを知ると同情と憐憫が湧き、「私が愛し、守ってあげたい」と思った。
(……単純だなぁ……。さっきはあんなに『喰えない男』って思っていたのに)
私はワインを一口飲み、溜め息をつく。
でも物事にはすべて理由がある。
尊さんはなるべくして、こういう性格になったんだ。
「今、お母さんは……、亡くなって……?」
尋ねると、尊さんは苦く笑って頷いた。
「俺が十歳の時に交通事故で亡くなったよ。そのあと俺は正式に篠宮家に入った。兄貴はいきなり現れた弟に驚いたみたいだけど、……優しくはしてくれた」
やっぱり問題は継母なのか。
「でも尊さんの名字、速水ですよね? どうして……」
社長の家に入ったなら、篠宮の姓を名乗っているはずだ。
コメント
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久しぶりに読みますが、やはり継母怜香の毒親ぶりは凄っ😱 尊さんだけではなく、実の息子の恋人までも....😱😱😱 そのゾクゾクするような強烈なヒールぶりにも期待しつつ....😈🦇 これから彼女と対峙していく尊さん&朱里ちゃんを応援していきたいです✊‼️
どんな話を聞いていても、高級料理を楽しむどころじゃなくなっても、絶対にお肉は食べるという朱里ちゃんが好っき〜🩷